第7話 私がここに入れた理由



 月乃庭まで到着し、竜崎さんと荷物を下ろす。玄関を開けたところで、私たちが帰ってきたことに気づいた祐樹さんが、リビングからひょこっと顔を出した。


「あ、荷物取りに行ってたんですか」


「そう。ついでに仕事の話もしつつね」


「言ってくれれば俺も荷物持ちになったのに」


「荷物持ちっていうか、浄化の手伝いが必要だったね。花音の部屋に入り込んでてね……それで、この子ちょっと油断するとすぐに引きずり込まれるタイプだから、祐樹も覚えといて」


「あ、はい。そんなに? あーでも、最近見え始めたっつーならなかなか慣れないかあ。まあうちにいれば大丈夫だから」


 祐樹さんはそう私に言いながら、荷物の一つをひょいっと持ってくれる。私は頭を下げて二人にお礼を言いながら、自室へみんなで運び込んだ。


 とりあえず着替えなどは揃ったし、布団はネットで買うとして、届くまでちょっと困るけどマットレスがあるし何とかなるだろう。バスタオルでも体に巻いておけば寝れる。


 全て運び入れた後で、竜崎さんが思い出したように私に言う。


「あ、そうだ。規約を渡したいからちょっと来て」


「はい」


 私は素直にそう返事をしたのだが、なぜかそれを見て祐樹さんがちらちらとこちらを心配そうに見ていることに気が付いた。ただ規約を貰いに行くだけなのに、何でそんなに落ち着かない様子なのだろう?


 不思議に思ったが追及することもなく、私は一旦部屋から出て、ピンク色のプレートがかかった部屋の前に行く。竜崎さんががちゃっとその扉を開け、中に入って行く。


 覗くつもりはないけれど、開いている扉の前まで移動すれば自然と中の様子が見えてしまう。そこで、私は予想外の物を見てぎょっとした。


「えっ……こ、これは……」


「えーと確かここに……これこれ」


 広さは私と変わらない洋室。シンプルなベッドに、シンプルな机があってそこは非常に竜崎さんらしいと思った。


 だが、壁に……ベッド側の壁には。


 アイドルのポスターがどんと貼られていたのだ。


 唖然としてそれを見てしまった。私は知らないアイドルグループのようで、十代と思しき女の子たちが笑顔で五人、笑っている。右下にはグループ名なのか、『ルナテスラ』と可愛らしい字体で書かれている。


 それだけではなく、竜崎さんが漁っていた机の上には、ルナテスラたちのアクリルスタンドとマグカップが置いてあった。


……まさかのドルオタ?


 ちょっと待ってほしい、ついていけない。この時代、推しを作るのは珍しいことではないし、アイドルや声優、俳優に女優など、みんなそれぞれ推しはいるだろう。私はそれ自体はいいことだと思っているし、私だって好きな芸能人の一人や二人はいる。


 だが今驚いているのは、竜崎さんというキャラからドルオタがあまりに結びつかないからだ。だってどう見ても彼は、『芸能人なんか興味ありません』っていうキャラじゃないか。


「これ、規約ね」


 ぽかんとしている私に、竜崎さんが紙を差し出してくる。それを受け取りながら、私はつい聞いてしまった。


「……お好きなんですか? あのアイドルたち……」


「え? ああ、まあね。知ってる?」


「す、すみません、私は存じ上げておらず……」


「ルナテスラは五人組のアイドルなんだ。それぞれ名前が茉莉、美月、香苗、紬、花音と言って、まだまだ駆け出しだけど頑張ってる子たちで」


「花音?」


「え? ああ、あの一番右の子ね」


 ポスターの右端の子は、花音という名前らしい。


 それを聞いてもしや、と思い当たることがあり、私は恐る恐る竜崎さんに尋ねた。


「……もしかして……私の名前を聞いた途端、入居を許可したのって……」


 彼はあっけらかんと返事をする。


「いい名前だよね。その名前を聞いたら邪険に扱えなくて」


 推しと同じ名前だったからですか……!


 私はがくりと項垂れるが、竜崎さんは気づいていないようで、規約について簡単に説明をしてくれた。もはや脱力して、彼の説明が何も耳に入ってこない。私は簡単に返事をすると、ようやく竜崎さんの部屋の扉を閉めた。


 げんなりしている私を、廊下で祐樹さんが生温かい目で見ている。私は彼に言う。


「……この名前のおかげで、私はここに入れたんですね……」


「まあ、竜崎さんの一番大事なグループだし……」


「いいんですけど。いいんですけどね? なんか、複雑な気持ちになります……! あれ、もしかして竜崎さんの私物にピンクが多いのって」


「グループの中でも最推しの、美月のイメージカラー。グッズがそういう色」


「……なるほど」


 ようやく合点がいった。竜崎さんがピンクって不思議だなと思っていたのだ。あれも全部アイドルから来ているものだったのだ。


 祐樹さんは苦笑いをしながら私に言う。


「まあ、入居のきっかけは確かに複雑かもしんねーけど、竜崎さんにもいろいろあるからさ。前向きに考えとけよ」


「……そうですね。この名前でよかったです」


 ここに入ることが出来たので、身の安全は確保されたのだから、私にとってはメリットしかなかった。なので、祐樹さんの言う通り前向きに考えよう。


 花音という名前じゃなかったら多分受け入れられていない……なんて、考えなくていいよね。



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