第2話「キャプテン翼II」
深夜24時、GEOの自動ドアが開くたびに、夜の湿った空気が入り込む。棚の一角、レトロゲームのコーナーには、かつて子供たちが情熱という名のバッテリーを使い果たしたカセットが、沈黙を守り並んでいる。
私は、その中の一本に目を留める。テクモ版『キャプテン翼II』。それは、原作の模倣であることをやめ、自らが「正史」となることを選んだ、異様なまでの野心作だ。
1. 「シミュレーション」という名の運命論
このゲームの最大の特徴は、アクションを排除したコマンド選択式にある。
ピッチの上で、私たちは翼や日向を直接操るのではない。彼らの「意志」を選択し、その結果を、天の采配を待つように祈りながら見守るのだ。これはもはやスポーツゲームではない。
画面を横切る「ガッツ」という名の精神的エネルギー。それが尽きれば、たとえ天才であろうとも何もできなくなる。このシステムは、私たちに残酷な真実を突きつける。――努力や才能ですら、有限の資源に過ぎないということを。
深夜のGEOでこのカセットを眺めていると、私たちの人生もまた、見えないガッツを削りながら、選択肢を選び続けるだけのシミュレーションではないかと思えてくる。
2. 越境する「正史」の重圧
この作品が「正史」とまで称される理由は、原作がまだ描いていなかった未来を、あまりに鮮やかに、そして予言的に描いてしまったからだ。
サンパウロFCでの翼の苦闘、ブラジル代表という巨大な壁。そこで語られる物語は、原作者の筆を待たずして、読者の心の中に「これこそが真実の続きだ」という確信を植え付けてしまった。
創作物が、生みの親の手を離れ、受け手の中で独立した宇宙を形成する。それは、芸術における一つの完成形だ。私は、このゲームの厚みの中に、誰かの二次創作が本物を凌駕し、人々の集団的無意識を書き換えてしまった「知性のテロリズム」を見る。
3. 絶望的なまでに美しい「敵」の影
そして、この哲学を完成させるのは、最強のライバル・コインブラの存在だ。
彼は原作には存在しない。しかし、彼がピッチを切り裂き、異次元のシュートを放つとき、私たちは真の絶望を知る。
世の中には、どれほど努力を重ねても、どれほど「友情」や「勝利」を信じても、決して届かない場所がある。テクモがこのゲームに込めたのは、少年漫画的な甘い夢だけではない。むしろ、その裏側にある「圧倒的な才能による蹂躙」という冷徹な世界観だ。
深夜、人気のない店内で私は立ち尽くす。
この110円で買えるチップの中に、かつての私たちが夢見た栄光と、それを打ち砕いた現実のすべてが凝縮されていることに、めまいを覚える。
4. 鳴り止まないBGMの果てに
店を出ると、街は深く眠りについていた。
私の耳の奥では、今もあの勇壮で、どこか悲しげな8ビットの旋律が鳴り響いている。
『キャプテン翼II』が私たちに教えたのは、シュートの打ち方ではない。「物語は、語り手によって書き換えられる」という自由と、同時に「運命はガッツという名の精神力でしか抗えない」という孤独な闘争の形だ。
本を読まない私が、深夜のGEOでレトロゲームの背表紙に哲学を見る。
それは、完成された物語を享受するだけの観客でいることをやめ、自分だけの「正史」を生きようとする、ささやかな反逆なのかもしれない。
夜風に吹かれながら、私は歩き出す。
明日の私のガッツが、どれほど残っているかはわからない。それでも、まだ選択肢を選び続ける意志だけは、この暗闇の中に捨てずに持っておこうと思う。
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