性欲を捨てると誓った日

陽女 月男(ひのめ つきお)

性欲を捨てると誓った日

(挿入を失ったとき、私たちは何を失い、何を残せるのか。性欲を失えば、愛は純粋になると信じた。)


更年期を迎え、挿入を痛がり拒む奈緒。付き合って九年が経ち、いつか来るだろうと思っていたその時が、ついにやってきたのだ。彼女とはもう、挿入を伴うセックスを生涯することはないのだろう。

その事実を目の当たりにしても、来るべき時を迎えたのだと、軽く考えていた。挿入なんてセックスのほんの一部で、それが欠けても大した問題ではない、と。

数日後、私はとてつもない性欲に襲われた。正確には、性欲を伴う未来への不安感、だろうか。

私はもう一生、女性と合体することはない。この現実に、強烈に抗う性欲。女体の温もり、内部の暖かさ、一体感、安心感。言い表せない、あの幸福感。それを彼女と感じることは、もう一生ないのだ。

私の性欲は健在だ。まだまだ、女性と合体したい。セフレでもいい、金でなんとかするのでもいい。

だめだった。

二人とした。出会い系アプリを利用して知り合った。二人とも金を要求した。それには応じたが、私の欲求を満たすには程遠いものだった。

機械的に、ただ入れるだけ。セックスで射精することがほとんどない私にとって、こんなセックスは苦痛なだけだった。挿入後十分も経たずに、「もういいよ。ありがとう」と告げ、行為を切り上げた。虚しさが募るだけだった。彼女とのセックスには、ほど遠い。その代わりには、まったくならなかった。

性欲に支配され、女の体を求める自分が、とてつもなく穢らわしく思えた。奈緒を愛しているのに、性欲に囚われてこんなことをしてしまった自分を、許せなかった。私の性欲は、害悪そのものだと強く思った。

それでも、その思いに反し、性欲――いや、挿入欲は収まらない。勃起不全を起こし、男性機能を減少・消失させる効果がある女性ホルモン薬。これに頼ろう。

もともと、ゆっくりとした女性化を目論んでいる私は、毎日女性ホルモン薬を服用しているし、薬の知識もそこそこある。男性ホルモンの生成を抑制する効果の高い女性ホルモン薬と、男性ホルモンを抑制する薬の二種類を、個人輸入で発注した。

パートナーを裏切り

自分を苦しめる

無用な性欲――いや、挿入欲は

取り去ろう。

そう誓った。

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性欲を捨てると誓った日 陽女 月男(ひのめ つきお) @hinome-tsuki

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