コミック書評:『秒針の地平(ホライゾン)』(1000夜連続26夜目)

sue1000

『秒針の地平(ホライゾン)』

――0.00001秒を競う極小のスポーツ


「時計造りってのはな、マラソンだ。たった0.00001秒を削るために、何年でも走り続けるんだよ。」


『秒針の地平(ホライゾン)』は、時計という極小の世界を舞台にしながら、読後に晴れ晴れとした爽快感を残す不思議な作品だ。主人公の天野蓮司は元ヤンキーで、仲間思いで明るい青年。ある日、機械式時計の「正確さ」に心を撃ち抜かれ、「世界で最も狂いのない時計を作る」という大きな夢に取り憑かれる。

この物語は彼の「精度という極限の地平」を目指す青春マンガだ。


この作品の独特な点のひとつは、他の登場人物たちの設定だ。蓮司と同じ時計職人として立ちはだかるのは、寡黙で精密さを武器とする職人・真壁隼人くらいで、他の主要な登場人物は時計職人ではない。旧知のバー店主や、新聞記者、近所のパン屋など、誰もが一見「普通の人」なのだが、彼らの営みにもまた、自分の仕事を極限まで突き詰めようとする姿がサイドストーリーとしてさりげなく描かれる。蓮司の明るさに引き寄せられながら、彼らがそれぞれの道を追求していく様子をゆるやかに交差させていくストーリー構成が、どの職業も等しく「個であり、また全である」という世界観を感じさせ、それが翻って時計の「パーツ:全体」として蓮司の物語へとフィードバックされていくのだ。


時計作りの場面は、読んでいて息を詰めたくなる微細な描写が素晴らしい。ルーペ越しに歯車を削り出す指先、温度差によってわずかに膨張する金属を読み切る感覚、秒針の揺らぎを耳で確かめる緊張感。だが、そうした描写が続くと本来は息苦しくなるはずところを、蓮司のキャラクターによって空気がぐっと軽くなり、結果、爽やかなカタルシスへの収束していく。まるでスポーツのワンプレーを見届けるように、読者はその瞬間をエンターテイメントとして楽しめるのだ。


また、本作には「時計=アート」という視点もある。蓮司が組み上げる時計は、ただ時間を刻む道具ではなく、彼自身の人生や情熱の結晶として、実用を超えた"表現"として立ち現れる。つまり、日々の仕事を徹底して突き詰めた先に生まれるものは“芸術”なのだという視点も、ヒューマンドラマになりがちな、かつての時計職人モチーフのコミックと一線を画している。


『秒針の地平(ホライゾン)』は、狂気の果てに精度を求める職人の物語でありながら、仲間たちと日々切磋琢磨し続ける市井のひとびとの長距離走を描いたマンガだ。


時計の秒針が進むたび、読者は自分自身の道を重ね合わせ、また明日への糧を得ることになるだろう。アニメ主題歌の「彩り」をBGMに是非読んでもらいたい。











というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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