第3話 竜種出現

 討伐依頼が回ってきたのは、朝のことだった。

 領主からの使いが詰め所の掲示板に依頼書を貼り付け、何も言わずに帰っていく。

 内容は単純だ。

 村の近く、森の入口付近で魔獣が目撃されたという。

 本来、魔獣が森の奥にいる分には問題はない。だが、入口付近となれば話は別だ。村に下りてくる可能性が高い。


「……魔物、来ちゃいますよね」

 掲示板を見上げながらセオがつぶやく。

「しかも竜だな、これ。まぁ幼体だろうし、どうにかなるだろ」

 隣でサマヤが腕を組み、どこか嬉しそうに言う。

 貼られた絵には、ずんぐりとしたT-REXのような体躯を持つ“竜種の幼体”が描かれていた。翼は退化しているが、発達した脚部で高速移動が可能。額から後頭部へ伸びる一本角が特徴的だ。

「幼体のわりに共鳴器官がやけに発達してますね」

「まったく紙ペラ一枚で簡単に言ってくれるよ」

 工具箱を閉じながらサマヤがセオに応える。

「放っとくと地面を焦がすぞ。封印士を呼ぶほどじゃねぇが、村に近づけば畑がやられる。」

 

 そこへ団長、副団長、修道士が揃ってやってきた。

 三人は冷や汗をかきながら、討伐依頼書を見つめている。

「これは困りましたなぁ」

 副団長の言葉に大きくうなずいた団長はとサマヤに語りかける。

「工房長、できれば竜種の方には森の奥へお帰りいただくわけには……」

「明日にはこっちに来るだろうな」

「倒すの、大変ですよね。幼体とはいえ竜種ですし」

「瓶騎が五体もあれば十分だろ。王都へ献上すれば褒賞は出るだろうがな」

 サマヤはめんどくさそうに答える。

「規則では、竜を狩った場合、その遺骸は丸ごと王都へ献上することになっております。幼体とはいえ竜種ですから、運搬のためにキャラバンを編成しなければ……」

 副団長が書類をめくりながら言う。

「キャラバンですと! ただでさえ姫様の静養で財政が火の車なのに、どこから予算を……。亡骸を腐らせないために氷結魔法の術者を雇うか、魔法具を借りる必要も……。褒賞が出ても赤字ですよ!」

 修道士が悲鳴を上げた。


「いやはや……」

 団長は額に汗を浮かべている。

「倒せるかどうかもわかんねぇのに、倒した後の心配かよ」

「騎士団が倒したら規則に従う必要がありますけど、騎士団員じゃない僕が倒したら関係ないんじゃないですか」

 セオの言葉に、団長の顔がぱっと明るくなる。

「そうだ、それなら仕方ない! どうなんだ?」

 副団長が規則を確認する。

「市井の者が竜種を倒した場合、討伐部位のみを証として納めればよい、とあります」

「ということは、部位だけ献上して、残りは献上の必要なしと」

「竜種の素材分は丸儲けですな! しかも詰め所の瓶騎の消耗はゼロ!」

 三人が同時にサマヤを見る。

「オレたちは持ち込まれたもんを解体するだけだ。金に換えたらそっちにも切り身は回すから安心しろ」

「助かります……最近は出費ばかりでして」

 そんなやり取りを見ながら、セオは「たくましいなぁ」と感心する。

 規範を守りつつ、黒でも白でもない灰色をどこまで使うか――辺境では、それが生きる知恵だ。

 「おめぇさんのヨリドは置いてけ。朝までに調整しておく。明日は13番の瓶が必要だな」

「ありがとうございます。13番を使うとなると、装備はアレですね」

「おめえさんのヨリドには荷が重い相手だからな」


 気づけば団長たちは出陣準備で慌ただしい。

 セオは詰め所を後にし、家へ向かった。


 自宅へ戻ったセオは、棚の上に置かれた木箱へ向き直った。


「そんなわけで、竜種を討伐しに行くことになりました」


 木箱の中から、くぐもった声が返ってくる。


「ほう……竜種とな。瓶騎士にとっては誉れ高い相手じゃ。日々の研鑽を試すまたとない機会よ。じゃが――ヨリドでは少々、荷が重いかもしれんのぉ」


「そのあたりはサマヤさんが何とかしてくれるみたいです。十三番の瓶を持ってこいって言われましたし」


「ふむ。十三番か。ならば三十五番も持っていくとよいぞ」


「三十五番……ですか?」


「古の瓶騎士はな、常に想定外に備えて腹案を携えて戦場に赴いたものじゃ。あれは、わしがまだ瓶騎士になって間もない頃――」


 師匠の声が語り始めると、セオは自然と身体の力が抜けていく。

 師匠の昔話は、いつも役に立つ。

 そして何より――よく眠れる。


 木箱の中の声は、戦場の風景や瓶の扱いの難しさを語り続ける。

 セオはその声を子守歌のように聞きながら、深い眠りの沼へと沈んでいった。


――朝靄の中を隊列を組んで進む詰め所の瓶騎士。

 森の入り口付近に止まると陣を作る。

 詰め所に配備されている瓶騎は二個小隊。ひとつの小隊は三騎で編成されるので、六騎の瓶騎が出陣している。地方の詰め所としては、異例の数といえる。しかも配備されているのは、第五世代と呼ばれるシングルタイプだ。世代としては瓶騎の完成形といわれるものであるが、ナンバーズと呼ばれる王国騎士団の最新型に比べるとかなり型遅れで見劣りしてしまう。

 

 ここで瓶騎の名前の由来となった瓶について触れておこう。

 このレクシアと呼ばれる世界において重要なアイテムのひとつが「瓶」である。

 便宜上、瓶と呼ばれているこのアイテムは「魂と世界を接続することのできる人工器官」となっている。

 この器官は、魔力を溜め込むための容器でも、呪文を保存する箱でもない。

 瓶とは本来、魂が世界へ干渉するための“接点”そのものだ。

 言い換えれば、人の意思が世界に触れるための唯一の窓口である。

 生身の魂は世界に直接触れることができないが、瓶を介することで初めて、物質や空間、エネルギーの状態に影響を与えられるようになる。


 その影響は無制限ではない。魂がどのように、どこまで世界を書き換えられるかは、瓶の内部に刻まれた記述規則――数進法によって厳密に制御されている。数進法とは計算のための道具ではなく、世界に干渉するための文法であり、同時に安全装置でもあった。

 だが、この文法に過剰な効果を書き込みすぎれば、瓶は負荷に耐えきれず、事故や暴走を引き起こす。かつて用途ごとに複数の瓶が使い分けられていたのは、その危険を分散するためだった。


 瓶騎とは、この人工の共鳴器官を中核に据え、人の魂と機構とを無理やり結びつけた存在である。

 騎士が鎧を纏うのではない。瓶を通して世界に触れるために、人そのものが装置の一部になる――それが瓶騎という兵器の本質だった。

 そして、セオの乗るその機体もまた、そんな歪な思想の延長線上に存在している。

 古い設計と新しい部品を継ぎ接ぎにしたその瓶騎は、完成品とは呼べない。だが、だからこそ今もなお、人の意思が入り込む余地を残していた。

 だが、この理解が共有されているわけではない。

 こうした説明はあくまで学者や研究者の理屈に過ぎない。

 実際のところ、レクシアの民にとって瓶とは、「魔力を溜め込むための容器」や「呪文を保存する箱」として理解されている。瓶があれば魔法が使え、制御でき、危険な現象を閉じ込められる――それ以上でも以下でもない。

 そんな言い方を魔術師の前で口にすれば、顔を真っ赤にして怒鳴られるだろう。

「瓶は単なる器にあらず。魂と世界をつなぐ精密な器官なのだ」と。

  だが民にとっては、理屈より結果のほうが大切だった。瓶が動くか、動かないか。魔法が出るか、出ないか。それだけで十分なのである。

 結果として、瓶は「よく分からないが便利なもの」――つまり、制御されたブラックボックスとして社会に受け入れられていった。

 瓶騎もまた同じだ。内部で何が起きているかを理解している者はほとんどいない。ただ、乗れば戦える。命令すれば動く。それだけで兵器としては成立してしまった。

 だが、だからこそ忘れられがちな事実がある。

 瓶は道具ではない。

 そこには常に、人の魂が触れ、世界に干渉しているという現実が横たわっているのだ。


 話を元にもどそう。


 ヨリドの起動準備が始まる。

 サマヤたちによって改装を施されたヨリドは、大きくその姿を変えている。

 ヨリドはフレームに魔獣の革を被せることで、軽量化と機動性を確保していたが、今のヨリドは胸、肩、脛に当たる部分に他の瓶騎が使わなくなった甲冑を装備している。新装備にも関わらず、装甲がぼこぼこに凹んでいるのに加え、軽量化のために無数の穴が明けられており、何とも異様な姿である。さらには普段は使わない大型の盾を持っている。盾とは名ばかりで、屋敷の門に使われていた格子状の鉄扉を改造したものだ。

「やっぱり全体的に重いよね。鎧以外にもくっつけちゃってるから」

 古い瓶騎特有の、少し遅れて返ってくる反応。

 セオは操縦槽に収まり、瓶受けに刺さっている三本の瓶に触れて呼吸を合わせた。

「今日は大変かもだけど頼むよ」

 瓶は応えない。

 だが、遅れて、確かに“乗った”感触が返ってくる。

 ヨリドが工房の入口から外に踏み出す。

「なんとも凄い姿だな」

 詰め所の出口では、自らの瓶騎に乗ったアーヴィンが声をかける。

 その横にはライナの乗る瓶騎が立っている。

「あれ、今日は草原の視察はいかないって話でしたよね?」

「私はたまたまアーヴィンを伴って、草原の視察に向かいます。その先にたまたまセオの瓶騎がいたのです。奇遇ですね。これで何か問題はありますか?」

 困惑したセオはアーヴィンに目を向ける。

 仕方あるまい。説得はしたのだ……。アーヴィンの目が訴えている。

「今回は、魔物、それも竜種が相手なので、かなり危険です」

「竜種? それは素敵ですね。魔物狩りは何度か経験していますが、竜種ははじめてです。ぜひこの目で見たいものです」

 笑みを浮かべて穏やかに語る姫の言葉には有無を言わせない圧があった。

「僕は魔物の相手で精一杯です。アーヴィンさん、お任せしてよろしいですか?」

「それも騎士の務め。安心しろ。姫様には近づけさせん」

「あら、騎士団をはじめとするみなさんは、私が魔物に襲われた方が、むしろ都合がよろしいのでは?」

 そんなライナとアーヴィンのやりとりを後目にセオはヨリドの歩を進める。


「なんだい、結果的に森には入んねぇのか」

 森の入り口に陣取り、動く気配のない騎士団を眺めながら野次馬がつぶやく。

「わかっちゃいるけどねぇ」

 そんな野次馬の嘆きを他所に団長は詰め所からやってくるセオを待ちわびていた。

「遅いじゃないですか。どうなっているのです」

 焦れる団長に遠眼鏡を覗く副団長が応える。

「そろそろだと思います。あっ来ました! って、えっ!? なんで!? どぉして!?」


 予定では改装したセオのヨリドが単身で任務に当たることになっていた。

 しかし、陣地にやって来たのは三騎の瓶騎であった。

 たじろぐ副団長の驚きは、三騎が近づくにつれて騎士団全体に伝わっていく。


「すいません、なんかこんなことになっちゃって」

 セオが操縦槽から顔出し、苦笑いしながら団長に手を振り、そのまま騎士団の間を抜けて森の中に消えていく。


「お勤めご苦労様です。私のことはお気になさらず」

「そういうことで、委細承知していただきたい」

 ライナとアーヴィンの瓶騎もセオの後を追って森の中へと進んでいく。


「副団長……」

「どうしました?」

「胃が痛くなってきたんだけど、良い薬師を知らないかなぁ」

「お薬ならここに」

 修道士が薬袋を差し出しながら、話しかける。

「解せませんな。狩りにも姫が魔物狩りに行くというのに、随伴の瓶騎は一騎だけですか」

「アーヴィン様以外の姫様のお付きの騎士たちは、詰め所で待機ですか……」


 もやもやとした気持ちを抱きながら三人は森の中に消える三騎を見送るしかなかった。

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瓶騎戦記(ボトルナイツウォー) 玉塚四郎 @macrofundes

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