第4話 6月12日 (木) 午前6時50分 鈴木亜樹斗
「い、いちまん、えん?」
僕は、頭に浮かんだ馬鹿げた妄想を打ち払う様、独り言つ。
「………はは、そんな………まさかね………」
そして………不安や疑問より空腹が勝った。
昨日の昼から何も食べていない僕は、無性に腹が減っていた。
机に置いてあった、昨日の夕飯をぺろりとたいらげる。
「………さぁどうする!学校行きたくないけど………高山、広田に全裸写真撮られてる………うーん………」
………まぁ考えたって仕方ない!僕馬鹿だし………。
あと、これ以上家族を心配させると面倒だ!ただでさえ年がら年中ゲームしていて心配されているはず!
学校サボるのはあんまりよろしくない。………よし、取り敢えず学校行って、ヤバそうなら保健室に隠れていよう!
取り敢えず学校に行くという思いきった決断。
陰キャの僕がこんなにポジティブなのには実は理由がある。昨日の夢のおかげだ。
夢の中で、あれだけ二人をボコボコにしたし、高山の無様に泣きつく顔も見れた。そのおかげで二人に対する恐怖がだいぶ消えていたのだ。
「僕って意外と度胸あるのかも!」
そう呟きながら、身支度を始めた。
「おはよう」
キッチンで朝食の準備をしている母さんや父さんと瞳に声をかけたところ、すぐに母さんが駆け寄ってきた。
「おはよう、亜樹斗。昨日体調悪いって言ってたけど………」
「う、うん、もう大丈夫みたい」
なるべく母親に心配をかけたくないので嘘を言ったが、母は怪しそうに俺を見つめてくる。
「うーん、確かに顔色は悪く無いけど………」
なおも心配する母さんの言葉を遮るように、瞳が口を挟んできた。
「だから大丈夫って言っただろ。母さん心配しすぎ。馬鹿は風邪引かないんだから」
「あら、瞳ちゃんだって、さっきまでずっとお兄ちゃん心配してソワソワしてたじゃない」
そう言われ瞳は顔を真っ赤にして激昂した。
「変な事言わないでよ!私がバカ兄貴の心配なんかするわけないでしょ!」
そこで父さんが呑気に空気の読めない発言をする。
「ははは!ホント、うちの兄妹は仲がいいなぁ」
その後、僕は瞳にずっと睨まれ散々だったが、これのおかげで体調不良の件は有耶無耶になってくれた。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って家を出たものの………あああああ!!やっぱり学校行きたくねぇぇぇぇ!
学校に行く道中は流石に鼓動が早くなった。
高山と広田への恐怖が無くなったって言ったけど、あれ嘘!学校行ったら校舎裏に呼び出されまたボコボコにされるんじゃないのか!?
自然と背中が丸くなっていき、歩みも遅くなっていく。
「はぁ〜〜〜」
と深いため息をついた所で、いきなり肩をポンと叩かれた。
「おはようございます!師匠!」
そう言って、ポンと僕の背中を叩いたのは檜山だった。
「びっくりした。檜山君、おはよう」
「檜山君とか、そんな呼び方寂しいっすよ師匠!克樹とか、かっちゃんとか、そう呼んで下さい!」
昨日断ったのにも関わらず、檜山は僕を師匠と呼ぶのをやめようとしない。
「………師匠ってのやめてって言ったよね、檜山君」
「えー!でも、マスターランクのお方をなんてお呼びすればいいのか。ちなみに師匠って、マスターランクのどの辺りですか?あ、あとストファイ初めてどのくらいか教えてほしいです!」
「え?ああ、えっと、ランクはマスターの上位3%辺りをウロウロ。ストファイ歴は、7が出てからだから………多分1年ちょいかな?」
「ええ!やば!神じゃん!師匠じゃなくて神じゃん!俺、ストファイ5の時からやってるのにダイヤモンドクラスですよ!やっぱり神か師匠としか呼べないっすよ!いや、むしろ神寄り?」
冗談じゃない!クラス1の人気者で、イケメン、ハイスペに神何て呼ばれてみろ!せっかくコソコソ生きてきたのに悪目だちが過ぎる!
「だ、だめ、神はもっとダメ」
「えー!そんなー、師匠!俺いったいどうすればいいんすか!」
「普通に鈴木って呼べば?」
「えー!友達なのに苗字呼び捨てってそれは………」
………友達………数年ぶりに言われたその肩書にちょっぴりゾクリとした。
「………もう学校着いたし、この話は終わり」
「オッケー、じゃあ今度は教室でストファイの話しましょう!」
う、鬱陶しい!檜山ってこんなヤツだったのかよ!
「ぼ、僕は教室入ったらホームルームまで寝てるって決めてるんだ!ストファイの話は今度!」
「えー」
檜山は渋々ながらも解放してくれた。僕は自分の机に着くと、すぐに寝たフリを開始した。
そうそう。孤独な陰キャはホームルーム前、寝たフリしてるもんなですよ。まして今日は朝から高山広田に話しかけられたくないし、これが一番。
こんな僕とは対照的に、檜山が席につくと早速、檜山に女子クラスの女子が話しかけに来た。流石イケメン陽キャ。
「ひーやーま、おはよう」
「おお!星野、おはよう」
星野、ってことは、クラスカースト1軍でギャルの星野琴子(ほしのことこ)だ!寝たふりしてて良かった!
僕ギャルって苦手なんだよ。おそらく星野はガチで檜山を狙っている。話しかけにくる頻度もそうだし、他の女子に対して、檜山は私のもんだ、と牽制しているようなところがある。
「珍しいね、檜山が朝からテンション高いの。いつも眠そうにしてるのに」
「ああ、そうかも。今日は亜樹斗と一緒に話しながら来たから」
僕は寝たふりをしながら思った。おい!馬鹿!檜山!やめろ!僕の名前を出すな!
「亜樹斗って誰?」
「えっ!?鈴木亜樹斗!隣で寝てる!同じクラスじゃん」
「あ、ああ鈴木って亜樹斗って名前だったん。へー、2人仲良かったんだ、意外」
「うん、昨日めっちゃ仲良くなった」
「それよりさ、今度の休みグラウンド使えないんでしょ?サッカー部ないっしょ?どっか遊び行こうよ!」
「ああ、実は予定あって」
「うっそ、檜山いつも休みは出かけないって言ってたじゃん」
「いや、休みの日は、亜樹斗と遊ぶ予定だから」
「はぁ?」
はぁ?
僕もはぁですよ檜山!聞いてないよ、そんな事!
それに可愛い1軍女子のデートの誘い断って、クラスカースト最下位の陰キャと遊ぶってどういう事だよ、空気読めよ檜山!
………分かる。顔を上げなくても………分かる。星野がキレている………。
「おい、鈴木。ちょっと起きなよ」
僕は恐る恐る顔を上げる。
「は、はい、何でしょう」
「檜山が休みの日お前と遊ぶって言ってるけど本当?」
「い、いや、そんな約束した覚えないかなぁ………何て」
「ああ、まだしてなかったよね。次の休みの日、一緒に遊ぼうぜ!ゲーセンとか行こうぜ!」
檜山とゲーセン、意外と楽しそうだがそんな事はどうでもいい。今これを断らないと俺はやばいことになる。
星野が断れと、目で言っている。
「ああ、なんか休みの日は予定あったような………」
僕がそう言うと、檜山は捨てられた子犬が如く、しゅんとしてしている。
「ええーめっちゃ楽しみにしてたのに」
「ああ、やっぱ予定ないかも」
「はぁ!?」
「マジ!やった!」
や、やば!自分でも驚いた、檜山が落ち込んでるのを見た途端、OK出してる自分がいた!何を言っているか分からないと思うが言っている僕も訳が分からないよ!
何て恐ろしいイケメン。
檜山がニコニコしているので、まぁ休日遊ぶくらいいいか、と思っていると………殺意の波動が身体から溢れ出している星野が、僕を睨んでいた。
「鈴木、後で話しあっから」
「ら、ラジャー」
終わった、今日は終わった。星野に目をつけられたし、高山広田からもきっと呼び出される!散々な1日になるぞ。
「何で落ち込んでるの、亜樹斗」
無邪気に聞く檜山に何を言っても無駄だろう。
「何でもない」
そう言うと同時に、担任が教室に入ってきた。もうホームルームの時間か。
そういや、高山、広田は?と思って高山と広田の席を見るが、どちらもいない。あれ、サボりか?だとしたらラッキーと思っていると、担任の江頭先生が言った。
「ええ、まず初めに言っとくことがある。高山と広田が怪我をして、暫くお休みすることになった」
クラスがどよめく。しかしそのどよめき以上に僕の心臓がバクんと跳ね上がった。
怪我?ま、まさかね。
「静かに、静かに」
「先生!二人は何で怪我したんですか?」
そう聞かれると、江頭先生は、困ったなと言うふうに頭を掻いた。
「まぁ、学校の連絡網でも流すから、いずれバレるし言うが………話を聞くと深夜のコンビニで変なやつに絡まれたらしい」
そういった途端教室は一層ざわめいた。
僕は冷や汗が止まらなかった。
深夜のコンビニで絡まれた?それって昨日の夢の通り………。
「おら、静かにしろ。いいか、お前らはくれぐれも深夜に外出なんてするんじゃねぇぞ」
「先生!その絡まれたやつの特徴教えてください!恐いんで」
「ん、ああ。いきなりだからよく覚えてないらしいが、なんか普通で、特徴の無い顔のやつだったとか言ってたらしい」
「それじゃあ全然分かりません」
「しょうがないだろ、それしか覚えてないらしいし。とりあえず夜中出歩くな!」
「せめて絡まれたコンビニがどこか教えてください」
「ん、ああ、3丁目のフェミニンマートらしい」
そう言われ僕の鼓動は最高潮に暴れ回った。あれは………夢なんかじゃなかった!?
学校が終わった瞬間ファミマまで猛ダッシュした。
だがもちろんそこには何の痕跡も残されていない。
「そう………だよな、ここに来たって何か分かるわけじゃないし」
そこにオロナミンCのボトルが転がって足に当たり、心がざわりとした。
「は、ははは、ままさかね………」
6月12日 (木) 午後8時50分 鈴木亜樹斗
「………」
………今日はゲームに身が入らない。
………気になってどうしょうもないのだ。昨日の夜、高山と広田をボコボコにしたのが、夢なのか現実なのか。
それを検証するには取り敢えず………。
「寝る………しかないか」
いつも寝る時間より大分早かったが、僕はベッドに潜り込んだ。
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