第2話 クズな彼女は自分を売ってみる
委員長こと、
成績優秀で運動神経も悪くなく、人当たりの良さや誰にでも振りまく
「一方で君という男の子、
いつもクラスの片隅で本を読んでいて、人を寄せ付けない威圧感を出している。
触ったら痛い目を見そうな、刺々しい目つき。クラスカーストのトップに居る男子たちからは怖がられ、最下層の内気な集団からも弾かれている。
「孤独と言うよりは孤高。野良犬と言うよりは狼。華の高校生活を早速、半年近く無駄にしてしまった姿にはある種の尊敬すら覚えるね」
「……あの。勝手に自己紹介と他己紹介を始めたことを、突っ込んでもいいのか?」
名雲さんが押しかけて来た、翌日の放課後。
隣を歩く彼女は、校門からずっと無視を決め込んでいる俺に構うことなく、下校の道中で勝手に一人語りを始めていたのだ。
自分のことを優等生と自称出来る自惚れは、大したものだと思うが。
「親しくなるにはまず、互いを知るのが大事だろう? 君は私のことをあまりにも知らなさすぎるよ。そもそもこんな美少女を引き連れて、真っ直ぐに帰宅出来る君は何なんだ? 性欲とか優越感は無いのかな、空見君?」
「引き連れてないだろ。名雲さんがピクミンみたいに勝手に付いてきているだけだ」
「ナグモピクミンは心が強いからね。あと爆弾も持てるし毒も吐くよ」
「現代日本において最悪の生物すぎる。ついでに黄色と白の役割を奪うな」
「そもそも、私はちゃんと下駄箱で聞いたじゃないか。タオルを返しに行きたいから、家に行ってもいいかな、って!」
「いいよ! って言ってないし、ちゃんと無視したんだけどな……おかしいな?」
「まあまあ、いいじゃないか。私の家は君の家から近いし。それとも、教室で返した方が良かった? 私が空見君と軽率に話そうものなら、クラス中の視線を集めることになっていたと思うけど? 美女と野獣の組み合わせは、絶好の見世物だからね」
「自分を美女と言う厚かましさと、他人を野獣扱いする無神経さは見逃すとしても、まあ……言われてみれば、確かにそうなるだろうけど」
「私に感謝すべきだよ? だって君、注目を浴びるのが嫌だろう?」
横から顔を覗き込まれて、腹の底に留めていた苦さが浮かび上がる。
やっぱりこいつ、俺が触れられたくないことを知っているのか……?
「そんな怖い顔をしないでよ。私と君は、これからお互いにとって有益な関係を築きあげるんだからさ。あはは!」
「楽しそうに笑うな。俺はアンタが怖くて仕方ないよ」
「むっ。また『アンタ』って言ったね? 女子はそういうので簡単に傷付くんだよ?」
名雲さんは不満そうに目を細めて、俺に反省を促してくるけど。
「そんな繊細な神経しているようには見えないけどな」
「繊細だとも。麻婆豆腐を作る時に投入する絹豆腐くらいは崩れやすい。そして熱も通りやすいし、冷めやすい。肌も白くてスベスベ。つまり女子は実質豆腐だね!」
「思春期女子は簡単な衝撃で崩れやすい、豆腐メンタルの生き物だとは思うけど……でも、麻婆豆腐って作る時に神経使うのはちょっと分かる」
「おっ、空見君は自炊出来るんだね。女子にモテるためかい?」
「そんな不純な理由じゃなくて、純粋に自活するための努力だが?」
「やれやれ。思春期男子は急にギターを始めたり、ヘアサロンに通ったり、料理をしたり実に分かりやすい生き物だね。涙ぐましい努力だ」
「……もしかして、さっきの意趣返しだったりする?」
思春期女子の生態を決めつけた俺に、名雲さんは皮肉っぽく笑い返す。
「さて、ね? ちなみに思春期女子の本当の生態を教えてあげるけど、そういう努力よりも顔や社会的なステータスの方がよっぽど魅力的に見えるんだよ。雑にダンス動画を上げればバズるようなイケメンや、タワマン住まいのお金持ちだとかね」
「なるほど。俺はどっちも持ち合わせていないから対象外か」
「そうでもないだろう? 君はちゃんと、女子にモテる条件を備えているじゃないか」
やっぱり。名雲さんは俺の秘密を知っているみたいだ。
あるいは、それを引き出そうとしている。
だけど軽率に話すわけにはいかない。人間、語らなくていいことは山ほどある。
「ところで名雲さんの家はどの辺りだ? 俺はもうアパートに着いたから、君とはここでさようならしたいんだけど」
「うーん。家の場所を教えるには、まだ関係値が浅くないかな? だからそれはお預けするとして、もっとお互いを知り合う時間を作らない?」
名雲さんは俺のズボンのポケットに手を突っ込んで、そこから部屋の鍵を引き抜く。
そして目の前にある俺の住むアパートを見上げて、意地の悪い笑顔を浮かべた。
「だから今日も私を拾ってくれるかな? 君の秘密を教えてよ、空見君」
鍵を人質に取られた俺にとって、その言葉は脅迫でしかなかった。
そんな俺の気持ちを無視して、名雲夏菜はただ笑う。
まるで自分が無害な女子かのように、年相応の笑顔を偽装して。
その笑顔に気圧されて、俺は彼女を再び部屋に招くしかなかった。
***
「空見君のお父さんって、駅前の家電量販店で働いているでしょ?」
ワンルームのアパート。
座卓の前に腰を下ろしながら、名雲さんはお茶を待たずに早速話を始めた。
「何で知っているんだ? 友達に話したこと無かったのに」
「あれ? 空見君って友達居るんだっけ?」
「……他人に、話したこと無かったのに」
強調するように訂正してやると、名雲さんは満足そうに頷き返す。
クラスメイトに見せてやりたいな、この腹立つドヤ顔。
「実は私の母も、あのお店で販売員として働いていてね。お父さんから聞いたこと無かったかな?」
「そうなのか。父とは仕事に関する話をしなかったし、そもそも俺の同級生の苗字なんて知らないと思う」
「ふむふむ。私も偶然、母から聞いてね。空見君のお父さんは店舗でも偉い人なんだろう? 母にとっての上司だから、接する機会が多かったみたいでさ」
俺が未開封のペットボトルのジャスミン茶を渡すと、名雲さんはそれを開けながら話を続ける。俺も同じように烏龍茶を開けて口に含みながら、話を聞いた。
「あれは去年の年末だったかな。職場の忘年会から帰ってきた母が、酔った様子で照れくさそうに話をしてくれたんだ。『ねえねえ、夏菜! お母さん、年上の男性に口説かれちゃったぁ! 空見さんって言う男性でね!』ってさ」
「ぶっふぉあ!」
自分の知らぬところで、父が不倫を試みていた。
そりゃ烏龍茶も口から飛び出すわ。
しかも相手は同級生の母。嫌すぎる、親の爛れた色恋話!
「安心するといい、空見君。うちの母は独り身だよ」
「うちの父は既婚者だけど!?」
「残念。ありがちなラブコメみたいに、親同士が結婚して義理の
「お前がお姉ちゃんなの? いや、妹でも嫌だけど……しかし、不倫か。確かに父と母の関係が良くなかったのは確かだけど」
「それも言っていたよ。君のお父さん、よっぽど酔った状態で母を口説いていたみたいだね。その先の言わなくていいことまで、しっかりと漏らしていたようだし」
名雲さんが話を続けるまでもなく、話のオチが見えてしまった。
それでも彼女の口は、止まらない。
「自分が宝くじで六億円を当てたことと、数年後には妻と別れて仕事を辞めることをね。だから新しい奥さんが欲しいんだ……ってね」
本当に、我が父ながら愚かで仕方ない。
酒の席で泥酔して、我が家最大の秘密と恥を晒すなんて。
しかも偶然とはいえ、同級生の母相手にだ。
目の前に居たら思いっきりぶん殴ってやりたいくらいに腹が立つ。
「結局、ウチの母は『顔が嫌い』ってことで断ったみたいだけどね。ほらね? 女子はいくつになっても、結局そこが大事な生き物なんだよ。あはは」
「……バカみたいだろ、俺の父親。ただの職場の同僚に、言わなくていいことをベラベラと喋りやがって」
知られたなら、仕方ない。せめて少しだけでも弁明したかった。
「俺の両親は、もう十年くらいずっと不仲でさ。不倫とか喧嘩とか、決定的なことがあったわけじゃなく、お見合いで半ば無理やり結婚を決めたこともあって、俺が産まれても互いに愛情みたいなものが持てなかったそうだ」
「でも別れなかったんだろう? 最後の情みたいなものはあったんじゃない?」
「いや、世間体とかの方が大きいかな。俺が高校を卒業するまでは夫婦をやっていこうって決めていたらしい。俺も俺で、そんな両親とは一歩引いたような関係で家庭は冷めきっていたと思う。そんなある日、父が……気まぐれに買った宝くじで変化が起きた」
二年前、中学二年の冬のことだった。
外出していた父が今までに見たことのない顔で帰ってきて、俺と母に興奮した様子で何かを喚き散らかして。異常なテンションにちょっと引いたくらいだった。
冷静になってから話をすると、宝くじを当てたことを教えてくれた。
その時ばかりは母も久しぶりに喜びの感情を露わにしたし、俺も夢で胸がいっぱいになった。
でも、父が言い放った言葉は衝撃的なものだった。
『一人あたり二億円だ! この金で家族全員、新しい人生を生きられるな!』
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