クズな彼女は拾われたい!

月見秋水

クズな彼女と出会った日

第1話 クズな彼女は(勝手に)拾われる


「私を拾ってくれたお礼に、好きなことをしてもいいんだよ?」


 夏の終わりを予感させる、九月初旬の夜。

 玄関先に立つ彼女は、頭からつま先までびしょ濡れなのに。

 むしろそんな姿が、蠱惑こわく的で美しかった。

 息を呑む。肩まで伸びた青みがかった黒髪から、一滴の雫が床に零れる。


「いや……そんなこと、急に言われても」


「怖気づいたのかな? アパートの廊下で体育座りをしていた私を、部屋に招いてくれたのは君じゃないか。私にそういうことを期待して……そういう気持ちを、向けたのに?」


「そうじゃなくて」


「軽率な優しさを見せて、私に恩を売って、その先を期待していたんじゃないのかな? ふふっ、聞かなくても分かるよ。だってそんな怖い目を女子に向けていたら……ねぇ?」


「いや、だからんだが!?」


「ぇへ?」


 まるで俺が豪雨に打たれて雨宿りしていた彼女を、なし崩し的に助けたような言い方をしているけど。


「俺は廊下で座っているアンタを一瞥して、そのまま部屋に入っただけだし。で、鍵を閉めようとした瞬間にドアの隙間に足をねじ込んできて、無理やり突入してきただけだろ」


「……ふふふ。でも拾っちゃったのは事実じゃないかな? それにこんなにびしょ濡れなんだから、シャワーくらいは貸してくれてもいいと思うけど?」


「そもそも今日、めちゃくちゃ快晴だが? そんな日に同級生がアパートの廊下でびしょ濡れで座っていたら普通に怖いだろ。ホラー小説の導入かと思ったぞ」


 そりゃ息を呑むわ。悲鳴を上げなかった自分を褒めたいくらいだ。

 仮にその相手が友達なら、事情を聞かずにシャワーを貸してあげたかもしれないけど。


「そもそも俺とアンタは、友達でもない。ただのクラスメイトだ。会話したことあったか? 連絡先も知らないぞ」


「え? そうだっけ? じゃあSNSの裏垢を教えてくれればフォローしておくよ。多少はえげつないエロアカウントをフォローしていても目をつむってあげるから」


「裏表のない人間は魅力的だと思うけど、隠した方がいい事って必ずあるからな? そもそも裏垢も、えげつないフェチも持ってないが」


「隠さなくてもいいのに。君がミステリアスで胸の大きいびしょ濡れになったクラス委員長がフェチに刺さっていても、私は受け入れてあげるよ。拾ってくれたお礼として、五分くらい私の指の間の水かきを鑑賞する時間をあげてもいい」


「レッドリストに入っていそうな特殊性癖を押し付けてくるな。確かにすごくミステリアスだけどな、晴れの日にびしょ濡れになっている女は。残念だけど胸の大きいクラス委員長は特に刺さらないんだ」


 自分の特徴を列挙して、『君、こんな女が好きでしょう?』って言える謎の自信だけは嫌いじゃないけど。


「……まあ、アンタが濡れている理由は興味無いしもういいとして」


「ん? 今のはセクハラじゃないかな?」


「言葉狩りのプロやってる? しかも思春期男子専門の。それはさておき、まだ夜は暑いけど風邪を引くかもしれないから、タオルくらいは貸してやるよ」


 俺は玄関から入ってすぐにある脱衣所から、洗い立てのバスタオルを持ってきて委員長に貸してやった。

 彼女は驚いた様子だったけど、すぐに目を細めて嬉しそうに笑う。


「ありがとう、君はイイ奴だね」


「不法侵入を成功させたアンタは悪い奴だけどな。家は近いのか? 体育で使うジャージくらいは貸してあげられるけど」


「ああ、大丈夫だよ。タオルで頭をフキフキしながら帰っても、髪が乾く前には家に着くくらいさ」


 委員長は頭からタオルを被るようにして、束になった髪を拭く。

 その姿を見ながら、結局俺は彼女に尋ねてしまった。


「……満杯のバケツに足を引っかけて、ずぶ濡れになったのか?」


「ん、やっと興味を持ってくれたね? 君に嫌われているのかと思っちゃったよ」


「だけど確実に好印象は持ってないな」


 悪戯っぽく笑い返す委員長に、やっぱり聞かなきゃ良かったと思ったけど。


「私は君という人間を良く知っているからね。こうすれば、と思ったのさ。そして君は、予想通り私を部屋に招いてくれた」


 委員長は肩に掛けた通学鞄から、ペットボトルを取り出す。ラベルを見るに、天然水が入っていたはずの物だけど、既に中身は一滴も残っていない。

 やったな、こいつ……。


「いや、何で? どうしてそんな奇行をしようと思ったんだ、アンタは。それに俺の事を知っているって言うけど、今までも本当に一度も話したことなんて」


「つまり君に拾われたかったんだよ、私は」


 遮るように言われた、その言葉の意味するところはやっぱり何も分からなかったけど。

 委員長の思い通りの行動をしてしまった自分に腹が立つし、恥ずかしかった。


「あはは。その何とも言えない顔、やっぱり嫌いじゃないよ。今日はこれで帰るけど、また来るね。あ、でも……最後に一つだけいいかな?」


「何だよ、性悪委員長め」


「酷い言い方だなぁ。まぁ、否定はしないけど。せっかく親交を深めることが出来たのに。そしてこれからも仲良くなるために、最後はもう少し親しげに呼び合わない?」


 今日でアンタとの関係は終わりだよ、と突っぱねたかったけど。

 それはそれで滞在時間を伸ばされそうだし、素直に従うことにしよう。


「分かったよ、委員長……いや、名雲さん」


「またね、空見君。今度はもう少し楽しくお話をしよう」


 名雲夏菜。俺にとって、ただのクラスメイト委員長の女子。

 空見冬斗。彼女にとって、ただのクラスメイトの日陰者。


 本来なら接点が生まれないような、真逆の存在なのに。


 名雲さんは俺に『』と、意味深な言葉を残して去って行った。

 構ってもらうために、わざわざびしょ濡れになって可哀想な自分を演出してまで。


 まあ……ほぼ完璧に無視したのに、玄関を強行突破されたのは驚いたけど。


「ていうか、またって何だよ。まさか明日も部屋に来るのか……?」


 タオルくらいは返さなくていいから、このまま生まれた接点が消滅して欲しい。

 そもそも現実は、妄想を詰め込んだ漫画や小説のように都合良くは行かない。


 そして、何よりも。


 俺には他人と関係を築くには、とても都合の悪いことがあるのだから。



  


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