第2話 東岸の夕暮れと西岸の夜明け
この日の出来事を、俺はまだ、知る由もない。
[メモリー再生:44TD5O5]
———転生直前2046年8月31日ボストン———
今日は非番で、ゆっくり過ごせると思ったのに。
なんで、こいつらは…
エミリーは大丈夫か?
俺は妻の手を取りどこへ向かうでもなく走った。
あちこちで銃声と悲鳴が鳴り響く。
「あああぁぁ!!お願い命だけはた…」
ドロイドは無慈悲に人間を撃ち殺し、死体を踏み歩く。
朝まで普通だった風景はなく、夕暮れが終わりを告げる。
どこに行く?
船に乗って逃げようとしたが、沿岸は包囲されている。
内陸にも逃げる場所がない。
お手上げだ。
俺は妻の手を強く握った。
不意にサイレンの音が鳴った。
これは、毎日聞いた音だ。
「おい、ベン!後ろに乗れ!早く!急げ!」
そう声をかけたのは同僚のデボンだ。
妻の手を取りパトカーに乗る。
「どこに向かってるんだ?」
「サウス駅だ。地下鉄から逃げる」
橋を越え、猛スピードで走る。
俺は妻の大きく膨らんだお腹に手を当てた。
温かく、わずかに動く。
これを『希望』と呼ぶのだろう。
[メモリー再生:終了]
何か今流れたような。
気のせいか。
———2046年9月5日ニュー・サンフランシスコ《NSF》———
転生してから5日経った。
どうやら俺は、人類VSドロイドのドロイド側に転生したらしい。
知らぬ間に人類が絶滅しかけていた。
最初は俺のせいなのではないかと罪悪感で押し潰されそうになったが、そういうわけでもないみたいだ。
あの日、世界中で突如現れたアンドロイドが暴走し、人類は終わりを迎えた。
つまり俺は、LISAに、ではなくアンドロイドに殺されたのだ。
最後の声が何だったのか定かではないが、現状俺のせいではないというのが有力だろう。
どっちにしろ、この状況を飲み込むのに少し時間がかかってしまったが、今は正常だ。
この5日間、ネットが使えたから退屈することなく過ごすことができ、体の方も10時間前にようやく完成した。
ポリコレに配慮したのか男とも女ともとれる骨格で、フルメタルの超合金でできているが、金属っていうよりシリコンのようなツルツルとした造形だ。
完成後、同じ格好をした仲間について行き、装備を回収してデス・スターの滑走路みたいなところで待機させられた。
俺はライフルを持った数万体の同じ個体の列に全く区別がつかないほどに紛れ込んでいて、四方八方同じ顔同じ身体で気色が悪いと思いながらじっとしていた。
流石にネットにも飽きたので、早く手に持ったライフルをぶっ放したいと心の中で呟くと、視界に文字が現れた。
[トレーニングモードを開始]
[ID検知…取得:E4-00011-04569を確認]
[ロード中…]
俺の識別番号——E4-00011-04569
一見適当かと思ったが、E4というのが重要らしい。
これはこの個体がE4バトルドロイド——通称デルタであることを意味する。
ちなみに初期型がE1(α)で俺は第4世代というわけだ。
[ロード完了]
[RED roomにダイブします]
虹色の光が視界一面に広がり、一瞬で移動した。
やってきたのは、赤い閃光のコードが羅列した場所だった。
2036年では、VRMMOはまだ未完成だったが、ドロイドが生きるこの時代にはかなり高品質のものができているらしい。
「仮想訓練施設RED roomへようこそ。私はNSF軍事部局長カミラ・マクレーンだ」
黒人の姉ちゃん?いやおばさんだな。
人間みたいだけど、頬に光沢が見える。
「ここでは、
ゲームのチュートリアルみたいで嫌いではないのだが、プログラムで動くはずのドロイドに何でこんなものが?
[検索結果:E4ドロイドは自立コマンドを有した個体であり、戦闘においてより臨機応変に対処することを目的とされた最新機種であるから]
なるほど、自立コマンドか。
俺がこの時代に生まれたことと関係がありそうだな。
「ライフルを持て」
この大口径のことだよな。
俺の初期装備はライフル、ハンドガン、ナイフの3つ。
ライフルがベーシックになっているが、個人的には高周波ナイフが気になる。
「それでは、戦闘開始だ」
よし、敵はどこだ?
ってあれ?
赤い閃光が街を形成したと思うと、グラフィックが上がり現実的になった。
ここは、映画やゲームで親の顔よりも見た象徴的な街。
そう、ニューヨーク・マンハッタンだ。
だが、様子がおかしい。
街のあちこちで銃声が響き渡り、爆発、建物の倒壊、燃え上がる炎まで、まさに戦争状態。
ゲームや映画でもここまで酷いのは見たことがない。
ブウォオオオン…!
とんでもない重低音が頭上から地面へと響き渡る。
何の音だ?
空を見上げると煙を上げながら飛ぶ戦闘機。
操縦が効かなくなったようでまっすぐ突っ込んでいった。
どこに向かうんだ?
まさか、あのでかいビルに突っ込むのか?
[解析結果:エンパイア・ステート・ビル]
途端、空気が揺れ動き、衝撃波と爆発音を鳴らした。
視界が揺らぎ、音が途切れ途切れに聞こえる。
[視覚システム:悪]
[聴覚システム:悪]
何が起きたんだ?
ここは一体…
[検索結果:2038年第一次全米終末戦争。死亡者3000万人。アメリカ史上最悪の戦争。これにより、人類の居住区はボストンの一箇所のみとなった。]
あのババア、とんでもないところに送りやがったな。
何が戦闘訓練だ。
エンパイア・ステートは真っ二つに折れ、再び地響きが鳴る。
くっそ、視界が悪い。
一旦システムが回復までどこかで待機を…
一瞬、赤く光る銃弾の軌道が目の前を横切るのが見えた。
銃声も遅れて読み込まれ、近くに敵がいることを悟った。
まずい、早くしてくれ。
[知覚システム:再起動…完了]
よし。
敵はどこにいる?
銃を構え、辺りを見渡す。
[敵対反応:ビルの隙間に1名]
[解析結果:人間、スナイパーライフル]
撃たれる前に殺らねば。
俺は瞬時に引き金を引いた。
カチッ
銃弾は敵の頭部に直撃した
[生命反応:なし]
[目標:死亡]
即死か。
初めて銃を撃ったが感想はこうだ。
意外と簡単。
ゲームみたいに引き金も軽い。
「なんだ、楽勝じゃねえか」
[敵対反応:前方に2名]
[解析結果:人間、アサルトライフル]
今度は動く相手だ。
だが俺には奴らの軌道がわかる。
弾を交わしながら弾を撃つ。
[目標:死亡]
16発撃って10発命中。
かなりの打率だな。
流石にビギナーズラックにしてもできすぎだ。
[エイム設定:オート]
これが原因か。
オートだと、撃つだけでつまらないな。
よし!
[エイム設定:オート…マニュアル]
これでどうだ?
数発撃って試したが、やはり重たい。
こっちの方が緊張感があっていいな。
[敵対反応:前方に5名]
[解析結果:人間]
俺は引き金を引いた。
数分後…
ライフルはこんなもんかな。
次はお待ちかねの…
ビー…
体の芯に重低音が響き渡る。
何の音だ。
あれ?
再び虹色の光が視界一面に広がり、一瞬で移動した。
現実世界に強制送還されたみたいだ。
同じ顔、同じ身体のドロイドたちが規則正しく並んでいる。
せっかくいいところだったのに。
時間があればまたやってみよう。
重低音が鳴り響き、さっきまで壁だと思っていた巨大な扉が開いた。
どこかに移動するみたいだがどこに行くんだ?
[検索結果:NSF軍事部の全バトルドロイドがボストンの残存人類殲滅を最優先としている。]
ボストンって、さっきアメリカ最後の人類都市と言われていたはずじゃ…
ということは、もう戦争は佳境なのか。
少し拍子抜けだ。
それにしてもこの体は便利だな。
考えるだけで次の作業が行われ、簡単に情報を得ることができる。
人間が簡単に滅んでしまうわけだ。
ドロイドたちは一斉に歩き出し、俺はそれに続いた。
列はほとんど乱れることなく直進する。
行進なんていつぶりだ?
なんだか小っ恥ずかしいな。
だが、そんな感情も一瞬でかき消されるほど、扉の外は美しかった。
この時、俺はこう思った。
世界が、加速している———。
だが、一瞬にして視界は大量の白文字で覆われた。
[ロケーション検知:ニュー・サンフランシスコ(NSF)中央区]
[現在時刻:2046年9月5日 23:04]
[環境:気温24℃ / 湿度40%]
[大気汚染度:0.0001%(クリア)]
[人口密度:高 / 周辺ドロイド数:14,520体]
[解析:NSF総本部タワー(高さ1200m)]
[解析:エアカー(メーカー:インペリウム)]
[広告:インペリウム社——『空を飛ぶ自由を、あなたに』]
[広告:YUGEN——『永遠の美しさをこの手に』]
[警告:上空ルートB7は政府専用機のみ通行可能]
[ニュース速報:『政府が公式発表!残存人類の発見者に報酬を』]
待て待て、情報が多すぎる。
わかるのは、螺旋状のビルと空飛ぶ車。
あとはVRMMOの広告ぐらいか。
UIが邪魔だ。
消えろ。
再び視界は開け、街の光を映す。
これは、本当に美しい。
ネオンが光り輝く街並みは、俺たちが想像した100年後の未来都市そのものだ。
人間の手では実現不可能だっただろうな。
悔しいほど、美しい。
顔は上空方向に固定され、そのまままっすぐ進んでいった。
俺たちが出てきた建物———NSF軍事部本拠地を囲む湖を超えたあたりで、談笑する声が聞こえてきた。
その声があまりにも人間に近かったので思わず振り向くと、そこにいたのは人間そっくりのドロイドだった。
[解析結果:オメガドロイド]
[検索結果:民生型のアンドロイド]
ってことは、さっきのババアもオメガみたいだな。
本当、人間そっくりだ。
違いを強いて言えば、頬の金属が剥き出しになっていることぐらいかな。
よく見たらたくさんいるな。
どのくらいいるんだ?
[検索結果:NSFの総人口は3億人強]
アメリカの人口とほとんど同じじゃねえか。
人口密度えげつねえな。
そんなにいたら、同じ顔のやつが街中にいそうだが、アメリカらしく、人種のバリエーションが豊富だ。
被る心配もないのかな。
ったく自動車やら高級ブランドやらといい、人間を殺してまわっている癖に人間の真似事とは、謎が深まるばかりだな。
不可解な点はもう1つある。
いろんな年齢層のドロイドがいるのに、あれ?おかしい。
子供のドロイドが一人も見当たらない。
意図的に子供は排除しているのか?
でも高齢ロボットはいるのに、子供は作らないっていうのは不可解すぎる。
[検索:ロード中……アクセス権限なし]
権限なしか。
何を隠してるんだ?
しばらく行進を続け、街の明かりが薄くなり始めたあたりのところまで来た。
そこにあるのは巨大な軍事用プラットホームだった。
どこか東京駅を彷彿とさせるような外装だ。
さっきまでの近未来の建物と比べ、落ち着いた雰囲気で趣がある。
と思っていたが内装は、なかなかSFしていた。
[解析結果:大陸横断チューブ列車]
[検索結果:ニューサンフランシスコとモントリオールを繋ぐ列車。時速5000kmで走行可能]
時速5000km!?
2036年の前世でもリニアですら実現しなかったのに、ここまでとは。
ドロイドたちが順番に乗り込んでいき、俺もようやく中に入ることができた。
中は思ったよりも殺伐としてるな。
まさに戦地に送られる傭兵だ。
ドアが閉まると甲高い効果音と共にゆっくり前に進み始める。
機体は加速し、一瞬にして音が消えた。
チューブは透明のはずなのに、全く外の様子がわからない。
俺はポカンとそれを眺めるしかなかった。
1時間はあっという間に過ぎ、モントリオールについた。
———2046年9月6日モントリオール———
[解析結果:NSF軍事部モントリオール拠点]
サンフランシスコの本部と似たような作りの軍事施設が一つあり、民間人は住んでいないようだ。
湖の上を30Mの円形の壁が囲み、変に閉塞感がある。
ふと壁上に浮かんだ月を見た。
それは半分が光、半分が闇の半月だった。
俺はまだ知らない。
この半月の、正体を。
この後に待ち受ける、『希望』との出会いを。
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第2話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回———第3話 バグ
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