GO TO END ~女神は才能を逃してくれない~

しぐれのりゅうじ

プロローグ 8回目のループ

「よし、三周目終わりっと」

 パソコンの画面上に幸せそうに微笑む黒髪ロングの美少女の一枚絵が表示され、しばらくすると、優しげな曲調の曲と共にもう二回は見ているエンドロールが流れる。

「意外と面白いな」

 恋愛シミュレーションゲームは何となく避けていてこれが初めてだが、やってみると、個性的なヒロインとのやり取りを眺めることやポイントポイントで現れる選択肢に自分ならどうするかとかなり本気で悩める没入感、そして共感出来るヒューマンドラマと続くのでいつの間にか夢中になってプレイしてしまった。

 今更になってもっと早く出会っておきたかったと思う。そうすれば俺のループする高校生活ももう少し遊べただろう。

「さて、最後は……」

 ノートパソコンのすぐ横にあるゲームのパッケージに目をやる。そこには、学校のグラウンドを背景に四人のヒロインがそれぞれ描かれていて、最後の一人でメインヒロインでもある真ん中の赤髪でミディアムボブの子を見た。

 俺はいわゆる主人公的なタイプがあまり好きじゃない。このヒロインはまさしくそれで、明るく前向きで、何事にも一生懸命さを持ち才能もある。ゲームをしている中では意識的に彼女のルートに入らないような選択をしてきたが、トゥルーエンドを見るためには四人のルートを完全にクリアしなくてはならない。

 エンドロールから改めてスタート画面に戻り、渋々ながらもメインヒロイン攻略するため、カーソルを『初めから』に合わせる。

「……ん?」

 だが、その前に部屋にインターホンの音が鳴り響いた。それは待ち望んでいたものでもあり、ひょいと立ち上がり、一応画面で誰かを確認する。

「はい」

「あまてら急便です」

 見慣れた宅配の紅白の服と帽子を被っていて、その人は珍しくいつも届けてくれるおじさんではなくて女性。何だか聞き覚えのある声だなと思いつつも、ようやく届いた荷物に心が踊って、余計なことは気にせず玄関前に。そして、ハンコを手に持ってドアを開けた。

「お届け物はこちらで……ここにハンコをお願いします」

「わかりました」

 押すと向きが反対になってしまうも、そのまま段ボールを手渡される。伝票を一応見て、確かに頼んだものだと確認して、ドアを閉めようとすると。

「ありがとうございます……ってあんたは」

「ふっふっふ。また来ちゃった八鬼英人やぎえいとくん」

 よく見ると繰り返し出会ってきて知り合いで、今一番会いたくない存在だった。二十代前半くらいの見た目をしたその人の顔は、完璧な左右対称でパーツ一つ一つが整っている美人。髪をポニーテールにしていて、足が長く体もシュッとしていてスタイルもよく割と大きめな胸の膨らみもあって。男が見たらほぼ全員が好感を持つことだろう。

「もう諦めてくれよ……女神様」

「いやいや、それは出来ないなー。何度も言うけど、君には圧倒的なサッカーの才能があって、無駄にさせるわけにはいかないんだよー」

 この言葉尻を伸ばすような話し方は何度も聞かされると苛立ってくる。

「知らないし、俺はそんなものに縛られたくない」

 会話を強制終了させたくドアを閉じようとすると、そうさせまいとドアを掴まれて止められる。

「君の才能は超激レアで最高級なんだよー。いずれは世界トップクラスになって、日本代表としても活躍して、少子高齢化で経済も停滞している私の国の希望の一つになるんだよー」

「ぐっ力強いな……」

「悪いけどお邪魔するよー」

 流石に段ボール持ちながらの片手だから両手の女神と力比べは分が悪く負けてしまい、ドアの隙間に体を入れられて玄関の中に侵入されてしまう。それから靴を脱ぎ捨てて遠慮なくワンルームの部屋に踏み入れてきた。

「ほへー、相変わらずの部屋だねー」

「いいだろ別に。ってか、何でそんな格好で来たんだよ。いつもは急にここに現れるのに」

「毎回同じじゃ面白くないからねー。ちょっと趣向を凝らしてみました」

 まじでいらない工夫だ。こっちは半年くらい前に予約して、やっと発送メールを受けて、舞い上がっていたというのに。余計なものまでついてきてテンションはガタ落ちだ。

「今回は……前回よりも新しいものが増えてるねー」

 女神は、部屋の真ん中にある小さな木の丸テーブルの上の、ノートパソコンとゲームのパッケージを勝手に覗く。次に右の壁沿いに設置してある三つの棚を順に巡りだす。右から、ライトノベルとか漫画が詰まっていて、いちいちタイトルと巻数を確認する。

「増えてるね、お、部活もの……なんで、運動部系にしないかな」

 その隣は、地球儀とかゲーム機とかが目立つ位置にある。そして一番左には、特別目立つように特撮ヒーロー作品の『メタルマスクグライダー』シリーズの変身ベルトが飾ってある。俺の腕に抱かれている荷物の中身は、去年やっていた『メタルマスクグライダーキュウビ』の悪役のベルトだ。

「これで遊びたいから、もうループさせんの止めて欲しいんだけど」

「才能を活かしてくれるならいいよー」

「……だよな」

 女神はいつも大学の入学式が近づくこの時期に現れる。このおもちゃが届く時期もこのくらいで、一番好きな悪役のベルトなのにまだ遊べていない。俺はおもちゃが入った箱を丁寧に床に置いた。

「君の才能を開花させる最低ラインは、高校二年生の間にサッカーを再び始めること。そうすれば、君はこの高一から高三までのループから抜け出せるよー」

「ちっ……才能で自由を奪われるくらいなら、気軽な高校生活をし続けてやるよ。社会に出なくてすむしな」

「にしても、七周もよく耐えられるねー」

 上から目線の神にそう豪語するも、正直七回も同じような日々を送るのは精神がすり減りキツさがあった。けど、それ以上に変わらない普通を捨ててサッカーを再開する気は無かった。

「意志は硬そうだねー。しょうがないそれじゃあ八周目に行こっか」

「勝手にしろ」

「ふっふっふっ。次はすこーし君をその気にさせるために色々するから楽しみにしててねー」

 瞳を細めていたずらっぽく笑う。そして、左手で指を鳴らすと世界が急速に白に染まっていく。

「……」

 非常に嫌な予感を胸に俺の意識もまた消えていった。

「――はっ」

 女神とのやり取りの記憶を鮮明に持ちながら俺は目を覚ました。前回と同様に布団に横になっており、上体を起こして棚がある反対側の勉強机のある方の壁にあるカレンダーとスマホを確認する。

「また戻ったか」

 日付は過去に戻っていて、今日は高校の入学式当日となっていた。二回目の時は非常に動揺したものだけど、八度目になると面倒という気持ちしかない。しかしこのループには別の選択肢はないので、俺は高校に行くための準備を始めた。

「はぁ今回はどうしようか」

 新品に戻ったブレザーを着て、俺は玄関の扉を開け外に出ると、そこには新鮮な朝の冷たい空気に満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

GO TO END ~女神は才能を逃してくれない~ しぐれのりゅうじ @ryuuji7236

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ