詐欺師に恋した話

きゅうりプリン(友松ヨル)

第1話

 昔、詐欺師に恋をしたことがある。

 母が大腸がんになったのは、父親を刺して別居してから一年後だった。

 病室で見る母は、記憶の中の母よりもずっと老けて見えた。そして、あっけなく亡くなった。

 父を刺した理由は、私にある。話せば長くなる。

 小学校、中学校と、私は不登校だった。引きこもりがちで、母の存在は同年代の子どもよりもずっと近かった。母はパンクな人だった。お互い、いろいろな苦労をかけ合っていたのだと思う。

 当時、まだ流行る前の出会い系サイトで、母は男性と出会っていた。

 自分の裸の写真を、私に撮らせたこともある。

 マンションのベランダから飛び降りると脅され、お年玉や小遣いを奪われたこともあった。

 一方で、私も母に迷惑をかけていた。不登校だったこと。洗濯中の母をベランダに閉め出したこと。態度が悪かったこと。

 失望されたのか、追い詰められていたのか、首を絞められたことも、包丁を向けられたこともある。

「あんたと、一緒に死ぬから!」

 心中未遂は、一度や二度ではなかった。

 中学三年になり、私は何となく学校に通い始めた。

 理由は分からないが、意識を一瞬失って倒れることが何度かあった。その原因を、祖父は「甘え」だと言った。父親と近親相姦しているからだと、意味の分からないことを言い、父と喧嘩になった。

 私は見ていないので詳細は分からない。

 その場を仲裁していた母が、父を刺した。

 よく分からないが、倒れた私が悪かったのだろう。

 そんな母が死んだ。

 人の命は、驚くほどあっけないものだと思った。

 そのすぐ後、父が脳出血で倒れた。

 介護が必要になったことと、母の死による精神的なショックが重なり、私は大学を休学することにした。

 当時の私は、人狼ゲームにハマっていた。

 正確に言えば、ゲームそのものではなく、ゲーム内チャットで雑談をすることに、だ。

 出身地も年齢もばらばらな人たちが集まり、どうでもいい話をする。

 休学中だった私にとって、そこは唯一と言っていい癒しの場所だった。

 ある日、詐欺師を名乗る女性が現れた。

 嘘をつくことで自分を守っている人なのだろう、と思った。

 私よりも変わっていて、私よりも可哀想な人がいる。

 その事実に、少しだけ安心したのを覚えている。

 彼女は破天荒だった。

「アオサギ」「クロサギ」「シロサギ」「アカサギ」

 詐欺にもいろいろな種類があるのだと、長文で語る。正直、怖かった。

 どんな話題でも返ってくる言葉は、ほとんど

「ぎゅー」「だいすき!」

 相手は選ばない。誰にでもだ。不気味だった。

 気の毒に思って、私が少し優しい言葉をかけると、

「だいすきです!」

 と返ってきた。コミュニケーションに飢えていた私は、正直、嬉しかった。

 たまたま再会したとき、少し会話しただけで

「〇〇さんだよね?」

 と私に気づき、また会えて嬉しいと喜ばれた。

「私の事情を理解してくれているし、大切な友達だと思っている。感謝しています」

 友達?

 気が早くない?

 そう思いながらも、私は否定しなかった。

 押しに弱いのだ。

 連絡先を交換し、何度かLINEでやり取りをした。

 眠気に抗って、早朝の五時まで話し続けたこともある。

 声を聞いたことは、一度もなかった。

 これが、地獄の始まりだった。

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