本当の終の棲家

数金都夢(Hugo)Kirara3500

本当の終の棲家

 あれから五年がたってしまった。今日は、フロリダちゃんの引っ越し作業に立ち会った。ここはマニラ首都圏にある、とある墓地。彼女は、闘病の末に早くして亡くなった愛する親友以上の存在だった。そして、もう「立ち退き」の日がきてしまった。その使用期限はあまりにも短すぎた。悲劇の後ガラスの蓋がついている「寝室」の中で横になっていた君にしばらく付き添ったのも、最後のお別れのときにおでこにキスをしたのもつい昨日のように思えた。


 コンクリートで出来たロッカーのような霊廟。それは名前の書かれたプレートで蓋がされていた。プレートの手前には溶けたろうそくと花が数輪残っていた。そのプレートを囲んで固定しているセメント目地を墓地職員が金槌で手際よく壊していった。そしてプレートを外して「寝室」を抜き出した。この「寝室」もシロアリに食い荒らされてビニールと布と金具以外は残っていない場合も少なくないと聞かされました。そのなんとか残っていた「寝室」の中で、彼女は静かに眠っていた。足の部分が乾燥して残っていたけど、それ以外はもう骨と髪の毛と服しか残っていなかった。頭には長い髪が残っていて、それだけが唯一彼女の面影を感じさせた。


 そして墓地職員が彼女の名前が油性ペンで書かれているガラ袋をパタパタと広げ始めた。そう、これがフロリダちゃんの本当の最後のプライベート空間だった。そのガラ袋の中に靴、脚、服、腰骨、腕と指の骨、背骨と肋骨を入れていった。私はその間涙が止まらなかった。そして最後に頭の骨を入れるのですが、その直前、私はその頭の骨をそっと撫でた。「また君に逢えたんだよね。ずっと寂しかったよね。この感触ずっと覚えていてね」とつぶやきながら。私はその袋の中に頭の骨を下顎をきちんと合わせてからそっとその袋に入れた。そして、その直後、溢れる涙を流していた私を見て気の毒に思った墓地職員から彼女の指先の骨を渡された。私はそれを大事に紙でくるんで、ポケットにしまった。


 そしてフロリダちゃんの入った袋は台車で墓地の片隅にある小屋に運ばれていった。私は逃げるようにして、マニラの都市の喧騒の中を走り抜ける帰りのバスに飛び乗った。


 座席に深く腰を下ろし、流れる景色をぼんやりと眺めていると、指先が勝手に動いた。カバンのサイドポケットの奥、いつも同じ場所にある「それ」を、真っ先に吸い寄せられるようにしてつい触ってしまったのだ。


 それは、高校の放課後に彼女と交換した、小さなパールのついたヘアピンだった。

指先に触れる、パールの丸みと冷たい金属の感触。 あの日、彼女の黒く長い髪に私の安っぽいリボンのピンを挿してあげたとき、「似合うよ」と言い合った私たちの笑い声が、バスのエンジン音に混じって聞こえた気がした。彼女の髪はあんなに柔らかくて、あの頃の私たちは、死なんて言葉とは無縁の、永遠の中にいるつもりだった。


 私が触れた、彼女だった骨の、あのゴツゴツとした硬さ。 そして今、指先に触れているヘアピンの硬さ。 二つの硬い感触が頭の中で重なり、彼女という存在がもう「記憶」と「物」に分かれてしまったことを、残酷なほど正確に分からせてきた。指の骨は壊れてしまいそうなのでぎゅっと握りしめることが出来ないけれど、そのかわりにヘアピンを握りしめたまま、ずっと目を赤くはらした。


 数日後、ロケットペンダントを買ってきて、彼女の指の骨を入れた。そしてそれを机の上に置いてある彼女の写真を入れた額縁に掛けた。それからは毎日そのロケットに向かって嬉しかったことや悲しかったことを毎日話しかけてる。





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