AI生成小説を知ってしまった読み専のきみは

はくすや

きみは未知にふれてしまう

 きみは時間があると――スマホでウェブ小説を読んでいる。

 もともと――きみはライトノベルが好きで、書籍化された電子書籍を読み漁っていた。

 しかし最近は、ウェブ小説なら無料で読めるので、一部のベストセラー小説以外は投稿サイトを閲覧するようになっていた。

 大手のサイトにはとても読み切れないくらいウェブ小説がある。

 タイトルを見ただけで何となくどういう話なのか想像がつくのが良い。タグも合わせると好みの小説も見つけやすい。

 読み進めて気に入らなかったらやめれば良いだけだ。

 課金無しで読めるのだから良い世の中になったものだときみは思っている。

 それにしても定番の話はいくらでも湧いてくるなときみは思う。ゴキブリみたいだ。

 きみはいわゆるであり、自分で書くことはない。毎日二十万字以上読んでいる。よく飽きないものだときみは自虐的に思う。

 世の中にはいろいろな人がいる。ワンパターンとかテンプレとかパクリをバカにして絶対に読まないひともいれば、きみのようにワンパターンでも読み続ける者もいる。

 実はワンパターンを好むひとは意外に多い。テレビで言うなら、時代劇や刑事ドラマなど定型パターンでも需要があるものだ。

 たとえお決まりの展開であってもそれが好きなひとにとっては娯楽になるのだ。

 小説もそうだ。面白い小説を読んだら同じ作者の別の作品が読みたくなる。それを読み尽くすと今度は別の作家であっても似たようなジャンルのものを探す。ワンパターンが許されるのはそれがきみの好みのパターンだからだ。

 ということできみはずっと投稿サイトの小説を読んでいた。

 しかし最近この業界で物議をかもしていることがある。それはAIに書かせた小説だった。

 最近のAIは日々進化しており、バカにできない存在になった。ライトノベルなど簡単に書いてしまうようだ。それを使って大量に投稿サイトにアップして報酬を得る作家まで登場した。

 たしかにテンプレならAIが書いてもさほど差がないかもしれない。そう思ったきみは実際にAIに小説を書かせてみることを思い立った。

 きみは読み専だ。自分で小説を書くことはない。きみはただ興味があったからAIに書かせてみることにしたのだ。

 どのように書かせるのか?

 きみは早速、AI生成小説のサイトをのぞいてみた。

 そこに入力欄がある。

 なるほど――これはプロンプト入力欄で、そこに書き込めばAI生成画像が作成されるのと同じ理屈でAI生成小説が出来上がると言うわけだ。

 試しにきみは打ってみた。「学園を舞台にした男子と女子のボーイミーツガール短編小説1000字程度」と。

 出来上がった短編小説は以下のようなものだった。



【第一章】


放課後の喧騒が、まだ教室に薄く漂っていた。ほとんどの生徒は部活や帰路へと散ったが、窓際の最後列、その一角だけが切り取られたように静かだった。


神崎海斗は、世界から身を隠すように背を丸め、一心にスケッチブックへ鉛筆を走らせていた。サリ、サリ、という硬質な芯が紙を削る音だけが、彼の世界のすべてだった。他の生徒たちの笑い声は、厚いガラスの向こう側から聞こえる遠い音のようだった。


「――ねえ、いつも何描いてるの?」


不意に、影が手元に落ちた。声は、すぐ真横からした。海斗はびくりと肩を震わせ、反射的にスケッチブックを胸に抱えて閉じる。心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


顔を上げると、クラスメイトの浅倉美月が、少し屈み込むようにしてこちらを覗き込んでいた。興味の色を隠さない、真っ直ぐな瞳。海斗は気まずさに視線を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。


「……別に」


その一言で、対話は終わるはずだった。いつもなら、そうだった。だが、美月は諦めなかった。あっさりと隣の席の椅子を引き寄せ、どかりと腰を下ろす。


「美術部なんだ、私。だから、人の絵、気になっちゃう」


彼女は海斗が隠したスケッチブックを強引に奪おうとはせず、ただ、彼の指先をじっと見つめた。「その鉛筆、ステッドラーの硬いやつでしょ。細かい線、描くのが好きなんだ」


海斗は息を呑んだ。誰も気に留めない、ただの道具。それを正確に言い当てられたことに、意表を突かれた。それは、ただの野次馬の言葉ではなかった。


沈黙が流れる。サリ、サリ、と鳴っていた音は止まり、教室の喧騒だけがやけに大きく響いた。海斗の中の頑なな何かが、小さく軋むのを感じる。


「……見ても、面白くないと思う」

予防線を張るような言葉だったが、それは拒絶の響きを失っていた。美月は、それを聞き逃さなかった。


「面白いかどうかは、私が見て決めるから」

悪戯っぽく笑う彼女に、海斗は抗えなかった。諦めたように息を吐き、ゆっくりと、ためらいがちにスケッチブックを開く。そして、彼女の方へと静かに押し出した。


ページに広がっていたのは、人物画でも、風景画でもなかった。歯車とゼンマイでできた、空想の鳥。真鍮の翼が複雑に絡み合い、サファイアの瞳が知性的な光を宿している。緻密で、どこか物悲しい、機械仕掛けの生き物たち。


美月は「わあ」と小さく声を漏らした。だが、ありきたりな感嘆では終わらない。彼女はそっと人差し指を伸ばし、絵に触れる寸前で止めた。


「すごい……この、翼の付け根。羽一枚一枚が、ちゃんと歯車と連動してるのが分かる。まるで本当に飛べそう」


その言葉は、海斗の心の最も柔らかい場所に、まっすぐに届いた。デザインの意図。込めたこだわり。誰にも理解されないと思っていた、自分だけの世界の核心。


海斗は初めて、自分の描いたものを肯定された気がした。顔を上げ、目の前の美月を見る。彼女はまだ、夢中になって彼の絵の世界を旅していた。


自然と、口元が緩んでいた。今まで誰にも見せたことのない、小さく、ぎこちない笑みだった。美月がふと顔を上げて、その微笑みに気づく。彼女もまた、つられるようにふわりと笑った。


教室にはもう、二人の静かな呼吸の音だけが響いていた。


【第一章終わり】


 まあ読めない話ではないな。

 きみは試しに同じプロンプトで何度も書かせてみたが、登場人物名が変わったりするものの、似たような話が出来上がった。

 一字一句全く同じものが出来上がる訳ではないが、似たものが出来上がる。ストーリーそのものにテンプレがあるようだ。

 たいてい内向的な男主人公が出てきて、彼にからむ魅力的な女子。二人は趣味や部活といったものが共通していた。そしてそれはたいてい美術とか音楽といった文化的活動。しかも妙に専門用語や業界のことばが出てくる。それが正しい用語なのかきみはわからない。


 せっかくだから続きも書かせてみよう。きみはそう思って、第二章のあらすじを考えた。

 きみは読み専だ。書きなれているわけではない。何となくイメージして、第三の登場人物を作り上げ、そのセリフをひとつふたつ考えた。そして次のようなあらすじをプロンプトとして書き込んだ。


『第一章の続き。以下のプロットに忠実に書く。海斗は美月と毎日のように放課後の時を過ごした。やがて海斗は美月に連れられて美術部の部室を訪れる。部員たちの多くは海斗の絵を絶賛したが、その中のひとり堅田康平は「写実的に描けば良いというものではない」と辛口の批評をした。ひとに自分の絵を見せたことがなかった海斗は褒められるのも初めてだったがけなされるのも初めてだった。さらに堅田は美月に言う。「しばらく部室に来ないと思ったら彼といたのか? そんなことでは自分の絵なんて描けない」 言葉を失う美月。海斗はその場を飛び出した。海斗はどこへ向かったか? 美月はどうするのか?』


 出来上がったのが次のようなものだった。


【第二章】


あれから幾日かが過ぎた。


海斗と美月にとって、放課後の教室は二人だけのための聖域になった。他の生徒たちが部活動の掛け声や笑い声と共に廊下を駆けていくのを、まるで遠い国の祭り囃子のように聞きながら、二人は窓際の席で静かな時間を重ねた。


季節は緩やかに移ろい、西日の差し込む角度が少しずつ変わっていく。埃の舞う光が海斗のスケッチブックを照らし、鉛筆が紙を擦る音だけが、二人の間の言葉の代わりだった。美月は時折、海斗の手元を覗き込み、そしてまた、窓の外に広がる茜色の空に視線を戻す。その横顔を、海斗は描くわけでもなく、ただ心に焼き付けていた。言葉にしなくとも、その沈黙は満ち足りていた。互いの存在が、息をするのと同じくらい自然なものになっていた。


「ねえ、海斗くん」


ある日のことだった。いつものように制作に没頭する海斗の耳に、美月の澄んだ声が届いた。


「うん?」


「私の部活、見に来ない?」


鉛筆を動かす手が、ぴたりと止まる。美術部。彼女が所属する場所。そこは海斗にとって、自分のいる静かな世界とは隔絶された、未知の領域だった。光の当たる、華やかな場所。


「……いいの?」


「もちろん。海斗くんの絵、みんなにも見せてあげたいな」


美月は屈託なく笑う。その笑顔は、海斗が今まで自分の殻の内側から見つめてきた、どんな美しい風景よりも眩しかった。断る理由など、見つかるはずもなかった。


美術準備室の扉を開けた瞬間、むわりと独特の匂いが二人を迎えた。油絵の具とテレピン油の混じり合った、甘くも刺激的な香り。雑然と置かれたイーゼル、壁一面に貼られたデッサン、作りかけの石膏像。そこは、海斗が慣れ親しんだ静謐な教室とは全く違う、混沌とした創造の熱気に満ちていた。


「お、高坂じゃん。珍しいな、最近顔見せないから心配してたぞ」


奥で粘土をこねていた男子生徒が、快活に声をかけてきた。数人の部員が、美月の隣にいる見慣れない海斗に興味深げな視線を向ける。


「ごめんごめん。ちょっとね」美月は悪戯っぽく笑い、海斗の背中をそっと押した。「こっち、クラスメイトの渚海斗くん。すごく絵が上手なんだよ」


促されるまま、海斗はおずおずと一礼し、持っていたスケッチブックを開いた。ページをめくると現れたのは、先日まで描いていた美月の横顔のデッサンだった。写真と見紛うほどの、精密な写実。


「うわ……」


最初に声を上げたのは、さっきの男子生徒だった。


「すっげえ。これ、鉛筆だけ?」

「写真みたい……」

「光の捉え方がプロじゃん」


わらわらと集まってきた部員たちが、口々に感嘆の声を上げる。海斗の頬に、じわりと熱が広がった。自分の絵が、自分以外の誰かの目に触れる。そして、それが肯定される。未知の感覚が、胸の奥をくすぐった。嬉しい、という単純な言葉では片付けられない、誇らしいような、それでいて照れくさいような感情が全身を駆け巡る。ちらりと隣の美月を見ると、彼女も自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。


その時だった。


「写実的に描けば良いというものではない」


凛とした、それでいて氷のように冷たい声が、浮かれた空気を切り裂いた。


声の主は、部屋の隅でイーゼルに向かっていた、長身の男子生徒だった。彼は振り返りもせず、キャンバスに視線を固定したまま言った。他の部員たちの賞賛が、嘘のようにぴたりと止む。


「堅田……」


誰かが彼の名前を呟いた。堅田康平。美術部のエースであり、その厳格な芸術観で知られる男だった。


彼はゆっくりと立ち上がると、海斗たちの元へ歩み寄ってきた。その目に浮かんでいるのは、好奇心ではなく、鑑定するような厳しい光だった。彼はスケッチブックを値踏みするように一瞥し、そして、ふんと鼻を鳴らした。


「技術はある。見たものをそのまま紙に写し取る、その正確さだけはな。だが、そこに君自身の視点はあるのか? 感情は? 思想は? ただの複写だ。これでは写真に劣る」


鋭い言葉が、一本一本、棘のように海斗の胸に突き刺さる。賞賛で温まっていた血液が、急速に冷えていくのを感じた。初めてだった。自分の全てを注ぎ込んできたこの線を、この陰影を、正面から否定されたのは。頭が真っ白になり、呼吸が浅くなる。


「そんなこと……」


美月が反論しようと口を開いたが、堅田はそれを許さなかった。彼の冷たい視線が、今度は美月を射抜く。


「高坂」


その声には、先程よりも明らかな非難の色が籠っていた。


「しばらく部室に来ないと思ったら、彼といたのか? そんなことで時間を潰していて、自分の絵が描けると思っているのか?」


その言葉は、決定的な一撃だった。


海斗のせいだ。自分がいたから、美月は部活に来られなかった。自分がいたから、こんな風に責められている。海斗の存在が、美月から何かを奪っているのだと、公衆の面前で断罪されたのだ。


美月の顔から、血の気が引いていくのが見えた。彼女の唇が小さく開き、何かを言おうとして、しかし音にはならなかった。その言葉を失った表情が、ナイフとなって海斗の心臓を抉った。


もう、そこにいることはできなかった。


「……っ」


喉の奥で、声にならない音が詰まる。海斗は衝動的にスケッチブックを閉じると、輪になっていた部員たちを突き飛ばすようにして、その場から駆け出した。


「あっ、海斗くん!」


背後で美月の悲鳴のような声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。


扉を乱暴に開け放ち、廊下に飛び出す。油絵の具の匂いが遠ざかり、代わりに学校の、埃っぽい空気が肺を満たした。どこへ向かうという当てもない。ただ、この屈辱と罪悪感から一秒でも早く逃れたかった。


ガン、ガン、と自分の足音が空っぽの廊下に響き渡る。壁に貼られた文化祭のポスターが、景色として認識される前に後ろへ流れていく。胸が焼けつくように痛い。それは全力で走っているからか、それとも堅田の言葉が突き刺さったままだからか、わからなかった。


何が「ただの複写」だ。


何が「時間を潰して」だ。


あの時間は、お前なんかに汚されていいものじゃない。


怒りと羞恥が渦になって、思考をめちゃくちゃにする。だが、それ以上に鮮明に蘇るのは、言葉を失った美月の顔だった。俺が、彼女をあんな顔にさせた。


無我夢中で階段を駆け上がり、たどり着いた場所。


そこは、いつもの教室だった。


夕日が差し込む、静かな空間。数時間前まで、美月と二人で過ごしていた聖域。海斗は乱暴に教室の扉を開けると、よろめくように中に入り、一番奥の自分の席に倒れ込んだ。机に突っ伏し、腕の中に顔を埋める。


静かだった。あの美術室の喧騒が嘘のように。だが、かつて心地よかったはずのこの静寂が、今はただただ海斗の孤独を際立たせるだけだった。


どれくらいの時間が経っただろうか。


不意に、背後で荒い息遣いと共に教室の扉が開く音がした。


海斗は顔を上げなかった。誰が来たのかなど、分かりきっていた。


「……海斗くん」


美月の、息を切らせた声。彼女は海斗の机のそばまで来ると、そこで立ち尽くした。


沈黙が落ちる。気まずい、重い沈黙だった。以前の心地よい沈黙とは似ても似つかない、ガラスの破片が散らばったような、危険な静けさ。


「……ごめん」


先に口を開いたのは、美月だった。


「私のせいで。あんなところに連れて行ったりして……本当に、ごめん」


その声は震えていた。海斗は顔を上げられない。彼女にどんな顔を向ければいいのか、分からなかった。


「……お前のせいじゃない」


机に顔を埋めたまま、海斗はくぐもった声で答えた。


「俺が……俺の絵が、ダメだったからだ」


「そんなことない!」


美月が、今まで聞いたことがないほど強い声で言った。


「堅田先輩が言い過ぎただけ! あの人はいつもそうなんだから! 海斗くんの絵は、すごいよ。本当に……私は、大好きだよ」


大好き、という言葉が、鈍器のように海斗の心を殴った。嬉しさよりも、今は罪悪感の方が大きい。


その時、美術室での光景が再びフラッシュバックする。堅田の冷たい目。言葉を失った美月の顔。そして気づく。自分は、美月が傷つけられるのを見るのが、自分の絵をけなされることよりも何倍も耐え難かったのだと。


海斗はゆっくりと顔を上げた。


美月は、泣きそうな顔で、それでも必死に涙をこらえて、まっすぐに海斗を見つめていた。その瞳を見て、衝動が突き上げてきた。


海斗は勢いよく立ち上がった。驚いて一歩後ずさる美月の腕を、強く掴む。


「えっ……」


「見返してやる」


海斗の口から、自分でも驚くほど低い声が出た。


「あいつに、俺の絵が、俺の時間が、間違ってないって証明してやる」


掴んだ美月の腕が、華奢で、震えているのが分かった。しかし、もう迷いはなかった。屈辱の炎が、海斗の中で明確な意志へと変わっていた。


美月は、ただ息を飲んで、海斗の燃えるような瞳を見つめ返していた。彼女の唇が、わずかに開く。


「……うん」


か細い、しかし確かな声だった。


放課後の教室に、再び西日が差し込む。だが、その光はもはや穏やかな終焉の色ではなく、これから始まる何かを告げる、鮮烈な黎明の色をしていた。


【第二章終わり】



 きみは笑ってしまう。プロンプト欄に書く情報が足りないと、いろいろ可笑しなことが起こる。登場人物名が「神崎海斗と浅倉美月」から「渚海斗と高坂美月」になっていたのだ。「第一章の続き」と書いておいたのに、第一章の登場人物名が踏襲されていなかった。

 このあたりはプロンプト欄にしっかりと氏名を書いておく必要があるだろう。

 章が異なると季節や場所まで違っていることもあるから、毎回、時と場所、登場人物名ははっきりと書いておかなければならない。

 AI生成小説サイトによっては、キャラクター設定や用語設定ができるものがあるから、そういったところではそれを利用するのも手だろうときみは思う。


 しかし、総じてストーリー自体は、案外うまくできているなときみは思う。

 何より、展開に迷ったときの丸投げができる。「海斗はその場を飛び出した。海斗はどこへ向かったか? 美月はどうするのか?」と書いたら、海斗は教室へ向かい、美月は追って来た。

 そして堅田の敵役感。プロンプトには堅田のセリフを二つ書いただけなのに、堅田のキャラクターをプロファイルして、嫌なキャラにしてくれている。

 AIは空気を読んでくれるようだ――ときみは思った。


 もっと厳密に、そして丁寧に設計図のようなプロットを書けば、その通りの小説にしてくれるのではないか。きみの意のままにきみが望む展開になっていくのではないか。

 さて――この先をどうするか。そこまで考えたきみははたと思いつく。

 これって二次創作に使えるんじゃね?


 きみは以前から小説を読んでいてその展開に納得しないことがあった。

 ここでこのキャラを死なせるなよ――とか、ハーレムは良いがメインヒロインではなくサブヒロインを選べよ――とか。

 このキャラにもっとセリフを言わせたい――とか、ここで別の選択をした場合の話が気になる――とか。

 おそらく二次創作作家はそんなことを考えながら自分で書いているのだろう。

 きみは初めて二次創作作家の気持ちを理解した。

 しかしきみには文才がなかった。二次創作がしたくても書けない。ならばAIに書かせてみてはどうか。

 途中までの話をコピペして、その続きをきみのシナリオ通りに書かせるのだ。

 もちろん、長編だとコピペは難しい。さらに――十万字前のAIの記憶はもっと怪しい。前の章の登場人物名ですら間違えているくらいだ。

 おそらく一万字ごとにあらすじを用意して、それをAIに読ませたうえで新しい章を書いてもらうことになるだろう。

 そのあらすじをつくる作業もAIにしてもらうのだ。

 前章のみコピペ。それ以前についてはあらすじを読み込ませて、新しい章をつくる。その後は綿密に書いた設計図をもとに新しい章をどんどん書いていく。

 おもしろそうじゃないか。


 好みのキャラクターに言わせたいセリフは自分で考える。途中のセリフはAIに書かせる。

 それはあたかも――いくつかの画像を並べてそれをもとに動画を作成させるような作業だった。コマとコマの間はAIが埋めてくれるのだ。

 きみは「絵コンテ」をつくれば良かった。



 それ以来きみはAI生成小説にハマっている。

 好きな展開の小説が出来上がる。

 展開がわかっていても、その細部がどのようにが書かれるのか、指定したセリフがどのように引き出されるのか、きみが思いつかない部分をAIが生み出してくれ、その出来にきみは感嘆する。

 納得がいかない出来になったらやり直すだけだ。場合によっては分岐型のストーリーもつくることができる。

 選択肢が与えられ、選ぶ道によって別のストーリーがはじまるわけだ。そうなるともはや小説というよりゲームだ――ときみは思う。


 きみはこうしてきみの好きな小説をカスタマイズして作り出すことができた。

 盗作だと非難されることはない。きみは読み専だ。公開しないから誰にも非難されない。

 きみは時間を忘れた。完全にAI生成小説にはまった。

 もはや投稿サイトの小説を読む時間はない。せいぜい新しいアイデアがないか探す時に読む程度だ。



 きみはAI生成小説の沼に落ちた。もはやここから出ることはできないだろう。ふつうの人なら飽きてしまうことでも、もともと飽きずにワンパターン小説を読んでいたきみが飽きることはない。

 きみは今日もAIを使って、きみがカスタマイズした小説を生成する。

 こうしてまた一人――投稿小説サイトの読み専が消えた。


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