scene33やっぱ俺愛犬
「私はアツミのことを応援するね」
ココナは優しいキスの後、親しみ慣れた挨拶をするように言ってくれた。
「俺もココナのことを応援するよ」
俺は借りていたペンを返すときに添えるような、そんな軽い言いぶりで答えた。
今また思う、俺らはやはり似た者同士なのかもしれない、と。
魅力は感じているけれど、強いて男女でいることを望まない関係、そうでありたい関係。これを友と呼ぶべきか、親しい友人をもったことのない俺にはわからないけれど。
そうして俺はめずらしく、考え耽るより先に口を開いた。
「リョウタとタクミさんのことは……俺、しばらく触れたくないと思う。リョウタに問うこともない、と思う。俺は、ある意味あの二人の関係をどうにかしたい、というわけではないみたいなんだ。なんだかうまく言えないけれど、リョウタは、というよりあの二人は、俺の知らない世界で繋がっているみたいだから……」
上手く言えないなら言わなきゃいいのに、本当に自分でも何が言いたいのかよくわかっていない。
でも、ココナが言った、
『アツミはずっとね、プラトニックな愛情観を抱いている人だから、性的なことと自分の気持ちとを、うまく合わせることに悩んできた人なのかなって感じたの』
という言葉で、あの二人が恋人だという表現で呼ばれたとしても、俺とリョウタには関係ないと思えたんだ。
それにね、思うんだよ、あの二人はお似合いだってね。
無遠慮に陰り一つなく互いに欲しいものを奪い合える雄同士、本当によく似合ってるよ。ある種、野郎同志の理想の間柄とも言えるんじゃないか?
さすがに初めて知ったときは嫉妬めいた感情があったけれど、でも、俺は何もしてやれないんだからって、そう思うこともできる気がするんだ。
いや?
俺の魂という思考や感情をコントロールする領域の隅々までもが整理整頓された状態で、あの二人の関係を平常心で見送れるなんてことはないよ。この、俺のどこかでは、ほの暗い陰りが今にも悪意の闇を蔓延させようとしているかもしれない、そう、それはうっすらと感じとれる。
だけど、なによりね、リョウタが俺へぶつけてくれた想いは、とうに俺のものだ。
俺らはもう、互いに想いあっていることを認めているんだ。それで今は、今は充分だと思うんだよ。そう思うことで今はこの陰りについては放置が望ましいと判断した。
「アツミは本当に素敵ね」
屈託のない声、本心を語るのにふさわしい声音、ココナの純真が真っ直ぐに届いてくる。
曖昧な表現しかできないくせにでしゃばったことを悔いながら、ココナに慰められていることには素直に喜びたい俺。
「ありがとう、説明不足なのに読み取ってくれて。助けられてばかりだね。ココナと出逢ってから俺は新しい自分と向き合えたりするし……ほんと、なにかさ、いつかいい形でお返しをしなきゃだね。ココナ、ありがとう」
俺はペコリとかるく頭を下げた。
「私のことはいいの。あのね、私もアツミのおかげで決心できそうなの。あの人との関係を諦めることに」
というココナ。
応えてくれないことを承知のうえで側にいることを選んだココナ、『決心できそう』という表現に決心と覚悟の距離を感じさせる。
そして俺は、その覚悟に見合う苦難を想像しただけでも挫けそうな表情のココナのことを痛ましく感じている。
何年もかかってかさぶたを剥く、そんな様、だ。いつまでも乾かない疵が膿み触れられないほどに傷む、その痛みに耐えやっと乾いた疵をまた掻きむしって後悔するんだ、知っている、何度も何度も遣り直し繰り返す哀しい営みのことは。
「私は間違っていた、ってアツミが教えてくれたの」
ココナは、少し眉を寄せて、記憶を辿るようにゆっくりと話す。
言葉を、感情や思考に乗せるときはスローな方がいい。また、今の俺には沁みやすくて丁度いいテンポだと感じるからなおさらそう思える。ぬるま湯に漂う感じ、ただただ穏やかなムードに包んでくれるような心地。
少し辛そうだった表情が和らいで、ココナは言う、
「なんだかいいね、こういう感じ」
詳しくは言わないが、今すごくわかりやすく共感できるセリフだ。
「うん、俺もそう感じてる」
互いに見つめ合い頷いた。すると、
「ね、せっかくだから今から温泉をいただかない?」
とここでココナのナイスな提案が。
「いいかも」
まるで女子会、きちんと順序を守って行動する俺ら。
そう、まずアスキング、次にみなの同意を得て実行へ移る、いっせーのーどんでね。満場一致で行動しようとする女子の尊さを久しぶりに感じた。
悪いことへ進む場合は相当なゲスな結果になるけれど、善意で繋がっているときのこれは大賛成だ。
俺らは部屋にあるmessage通り洒落た浴衣へ着替え、手ぶらで温泉へ向かった。
「じゃ」
「うん、あとでね」
ここで女子会は一時解散。
出るときの約束はしなかったからね。ココナは尋ねたくはなかったのだろうか、この後も一緒に部屋へ戻るのかどうかって。普通ならそうするだろうに。だがさっぱりと別れてくれたのはありがたい、とも思う。何分後どこでという約束は、こうした場所ではとても窮屈で風情がないと思うから。
うん、やっぱりいいなココナって。
言い方次第でとても反感を買うかもしれないけれど、男が楽でいられる、ココナってそんな女性だと思うんだ。
一緒に行こうとは誘うけど、だからといってここもあそこもと要求しない、これって適度に距離を保って相手を束縛しない気遣いだと思うんだよね。それだけ男のことをよく理解しているのかもな。うん、正直モテそうだしな、ああ、けれどずっと片想いだったか。そっか、逆に片想いだからこそなのかもな、気遣いとか相手のことを観察する時間が多いだろうから。
適度に風を遮る竹の囲いと楕円に描かれた岩石の湯舟に全身を委ねて、俺はココナのことを考えていた。
安らぎを守る静寂と幻想的な湯煙、やわらかい湯あたり、何もかもが完璧だ、そう身体が悦んでいる間にクリアな思考でココナのことを考えているんだ。
男のことを理解している、これはなぜか大当たりだろう。
「俺が普通の野郎だったら、ココナのことをもっと好きになるんだろうな。つきあったりするんだろうな」
言葉にしてみてもしっくりする、そうだ、きっと俺が雄らしい雄なら、ココナのことを手放せないだろうな、そう実感するよ。
そして俺は、次にリョウタのことを想う。
ココナのことで頭をいっぱいにしたくても、今回ばかりはやはりどこかで燻る厭な感情、言葉で表現できない感情の元凶のことを。
リョウタとタクミさんのことを。
馬鹿だな俺。
リョウタが俺のことを好きだからと言って、俺のことだけだと思うのは都合がよすぎたのかもしれないよ。という嫌味な忠告を自身に発するのには、れっきとした理由がある。
だって、皆無に等しい確率にぶち当たったときに傷つきたいくないからだよ。
予防線かな……いや、そんな軟な防衛策ではない、これはレッドクリフ、俺に必要な情報は必要な相手からちゃんと入手できそうだし、それらに応じてただ感情で負けさえしなければ傷は最小限で済むはずなんだ。急ぐこともない、時間をかけていい今はまだ。
そう、俺のプラトニックは俺だけのもの。
ココナの言った通り、相手がリョウタであるかどうかよりも、俺には俺そのものが真に求めているプラトニックがOSであることは間違いないから。
でもココナに嫉妬したリョウタのことを思うと、俺は既にリョウタに占領されている?
ん?
占領?
あ、馬鹿……俺、恥ずかしいぞ今。なんだよこれ、この乙女チックな発想は!
キモチわりぃ、恋愛脳もここまでくるとヤバいぞ。
いやでもなぁ……リョウタに嫉妬されるというあの甘く痺れる快感は否めないぞ。
リョウタとのあのキス、触れた俺たちのアレ。俺たちは烈しく求めあって、体を合わせようとした。俺は、俺からリョウタのことを……だけど、ダメなんだよ……な。
俺はまた、いやこれから、この間みたいにリョウタのことを求めることができるのかどうか、もう自信がないんだよ。だから、だからタクミさんとの関係を許せているのかもしれないと、そう思える。俺が、『そうできない』から。
ああ、でもあのとき……もしココナが来なかったら?
俺らはどうなっていたんだ?
想像は完璧なまでに本能に忠実なSTORYを展開する。
現実と違わない感覚が俺の肉体を過敏にさせる。そう、これが欲求だ、確かな、リョウタへの、俺の雄としての欲望だ。
なのにさ、どうして俺はこの欲望を捨て置くんだ?
ああ、わかんないよ、ただできない、それだけだ。
俺は両手で顔を覆った。
自身の深層心理への行き路を、感覚の中に探そうとした。すると、
「全くいつ来てもいいところだ」
と誰かが入ってきた。
「よく来るんだな、タクミ」
タクミ?
「ああ、だからお前を連れてきたかったんだよリョウタ」
リョウタ……!!
「あ」
「え」
「アツ!」
麗しのゼウスが、肉肉しいポセイドンと並んでいる。
「ここにいたんだ、あっくん。久しぶり」
そう言って憎々しいポセイドンはゼウスの右肩へ腕を回している。
チ。
固く結んだ唇が舌打ちを隠した。
「久しぶりです、タクミさん」
俺はしっかりと言い返した。
は?
言い返した、だと?
挨拶しただけだよ。
と、
「アツ――」
リョウタは慌ててかけ湯バシャバシャしてから湯舟へジャンピン、そして強烈に俺のことを抱いた。
ああああああああ
当たる当たってる、アレもソレも!
「おい! 俺だって!」
「え、え、え、やめてくれー!」
と、なぜかポセイドンまでやってきて、アレもソレもドレもコレも、みぃーんな俺の腿やら腰やらに当たりまくるというボディアタック大会が始まった。え、これ、わざとだよね、絶対にわざとだよね。だって二人ともにんまりしてんじゃねぇかよ!
ああ!
ああね、俺は、やめてくれと言いつつ、これはこれで楽園なのではと感じてしまっている。
だってこやつ等、やっぱりこうしてるだけでお似合いだも。
こうなるんだよ、この二人なら、楽しみ方の発想も行動も。楽しそうだ、俺の気持ちなんて構っちゃいないんだ。
ああそれにね、このリョウタの顔を見てよ。あざがあるのがおかしくないくらいに自然だ。ちきしょ、いい顔してんだタクミさんとじゃれてても。ああ違うよ、タクミさんと並んでいるからかもな、いい男が惹きたつというか、本当に神々のじゃれあいを見てるみたいで魅せられるよ。
いつの間にか見惚れている俺のことに気づいたリョウタ、
「おいアツ! タクミのことなんか見てんじゃねーぞ」
とやっぱりいつもの勘違い。
「はい、そんなら二人とも俺が抱いてやる」
と、タクミさんが俺の右手を素早く掴んで、同時に掴んだリョウタと引き合わせるようにものすごい力で動かした。
「いっだあぁぁ」
「うぇっ」
俺とリョウタは片手を奪われてるせいで妙な態勢のままぶつかり、リョウタは俺の頭で顎を打ち、俺は起きた波とリョウタの胸で溺れかけた。な、な、なんて力なんだポセイドン・タクミよ!
アレまでイケメンなポセイドンは俺らのことを大笑いしている、とリョウタはパワーで負けたことが悔しいようで、
「ごらぁぁタクミ! こいよ! 俺の本気の腕力舐めんなよ!」
だって。
バカだ、リョウタ。コイツマジでバカだ。ノリがバカでガキだ。
俺は呑み込んでしまった水を吐きながら笑ってしまって、まだケホケホ苦しんでいる。
と、いつの間にかタクミさんが近づいてきて、
「あれ、今なら俺たちであっくんを好きにできるようだな」
だって。
あ、あぅ?
俺の背後に回ったポセイドン・タクミはワンコロ抱きあげるように俺のことを持ち上げた。
「はっ! タクミの割にイイコト思いつくじゃねーか!」
やっぱりバカなゼウス・リョウタは今はもう背後から抱きあげられた俺のことを嬉しそうにマジマジ見ている。
「クソッ、や、やめろ!」
相変わらず俺の腿に当たっている海神の芯棒にドギマギしながら、俺の芯棒をマジニマ観察している天神の胸を蹴り上げ続ける俺。だが、ゼウスには全く効いてない、ただのワンコロの俺には神をふらつかせることもできないよ。
「さぁ、次は俺の番だ、代われリョウタ」
といきなり俺のことを降ろした海神、天神が怒った。
「は! バカが! アツは俺のもんだから俺しか見ちゃならんのだよクソタクミ」
「ああ、上司に向かってクソ呼ばわりはいかんな」
「あう、けど立場なんて関係ないって言ったよな」
「それすらも俺の権限さ、俺社長! さ、早く代われ」
「やだね、アツ、さっさとあがろうぜ」
と俺の手を引こうとするリョウタの手首を掴んでゼウスを湯へ沈めるポセイドン。
「おいたがすぎたね、お仕置きだリョウタ」
だって。
あぶあぶ苦しんでいるリョウタを片手で抑え込む怪力とは裏腹な美しすぎる笑顔でタクミさんは言う、
「あっくの裸体、いいね」
って。
あはは。
なんだろうなこの人たち。
同じ世界で生きているのがにわかに疑わしくなるようなキャスト、演出がここにある。
俺のプラトニックなんて、照明で垣間見る舞台の埃みたいだ。
だなんて解説厨な俺。
ね、そうは思わない?
俺だってこのやりあいが楽しいと思えちゃうんだ。
俺だってちゃんと雄なんだよ、欠けてるなにかは沢山あるのだろうけれど、それでも俺だって雄なんだ。この二人のじゃれあいをただ見てるだけじゃ厭で、俺もそこで、腹の底からなにかを感じていたいんだよ。こうしてるとき、なぁーんも考えずに笑ってばっかで俺も俺もーって楽しんでいたいんだ。
あれ……これって俺が神々の愛犬に相応しいってことなのかな。
ハーデスとポセイドンとゼウスと俺、愛犬 きゃんでぃろっく @candy69
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