クソみたいな異世界で生きる
@amata-Danbooooru
第1話
これは、多分夢だ。
目が覚めてから約10秒。この考えに辿り着くまでにかかった時間だ。
俺は昨日、いつも通り仕事を終えて狭いアパートの一室に帰り、コンビニで買った弁当を食べ、そのまま寝た。ただそれだけ。何も特別なことはない。
そして目が覚めて最初に視界に映ったのは、真上から俺を照らす太陽。次に辺りを埋め尽くす木々。最後に目線よりも高い草と乾いた土。
俺は今の自分の状況を理解すると共に、再び目を瞑った。日光が、鼻をかすめる草木の匂いが、そしてこの森の静けさが、妙にリアルで、未だ消えぬ仕事の疲れと共に俺を眠りへといざなう。
ゆっくりと、俺の意識は深く深く、沈んでいく。
明日も頑張ろう。今日は、今日だけは、そう思えた。
これは、もしかしたら現実かもしれない。
目が覚めてから約1分。この考えに辿り着くまでにかかった時間だ。
俺は現状を理解すると、直ぐに起き上がった。周りを見渡しても、何も変わっていない。いや、正確にいえば、変わってはいる。日が傾いている。つまり寝たことで時間が経っている。夢とは思えないほど”リアル”だ。やはり、夢では無いのか?
ならなんだ?夢遊病?今までそんなこと無かったのに突然?誘拐?なら何故こんな中途半端な場所に?まさか、テレビのドッキリ……とか?
「クッソ……なんなんだよこれ……。」
いくら考えても答えは出てこない。
結局、俺にできることは、ここを動くことくらいしか無かった。
既に日は沈み、夜の帳が降りている。
あれからずっと森をさまよい続けたが、これといった収穫は無かった。同じ景色が永遠と続くだけ。森から出ることもできなければ、人も動物もいない。まるで、この世界に自分一人だけのように思える。
「はぁ〜〜〜。流石にちょっと休むか……。」
長時間歩いた上に、何も食べていない。流石に限界だったので、俺は適当な木の根に腰掛けた。ふぅ、と溜息をつきながら、疲れたからだを休ませる。
ふと足裏を見ると、土で汚れ茶色に染まっている。今の俺の格好は俺が家で寝た時と同じ、下着と紺のジャージだけだ。靴下も無ければ、ポケットの中も空っぽだ。当然スマホなんかも無い。
「ハハ……。」
思わず乾いた笑いが漏れる。当然だ。もしこのまま食料も見つけられないのであれば、待っているのは死だ。笑うしかない、というか笑ってでもいないと頭がおかしくなりそうだ。
そう考えるとすぐにでも動きたいところだが、今はもうろくに足が動かせそうにない。
仕方ないし、今日はもう寝ようかと、そんなことを考えたその時だった。
ガサガサと、草を掻き分ける音が聞こえた。俺は音の聞こえた方角を見る。だが、森の中は闇に覆われ、一寸先の景色すら見えない。代わりに、音の方がこちらに近づいてきた。
“ガサガサ”
ゆっくりと。
“ガサガサ”
着実に。
俺はゆっくりと立ち上がり、何時でも走り出せるように身構える。この状況で最も良いのが、これが人間であることだ。だが、これが人間でなくて、例えば熊だったとしたら……。その時は、覚悟を決めるしかない。
俺の顎先から垂れた汗が、足元の土を濡らすのと同時に、それは闇を掻き分け姿を現した。
それは、俺の住む国の人間ならば誰でも知っている存在。それは、熊や猿に並ぶ、自然界の脅威。
それは、俺の身長と同じほどの体躯を持つ___猪。
俺の胸部くらいの高さにあるその2つの瞳は、確実に俺を捉えていた。
「あああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫と共に俺は猪に背を向け、走り出した。そこにあるのは、全身の毛が逆立つような恐怖と、生への渇望のみ。何も考えず、振り返らず、ただ走り続けた。
気がつけば、俺は体力が尽き地面に大の字になって倒れていた。もう自分がどれだけ走ったのかも分からない。ただ、猪はもうどこにもおらず、逃げ切ったということは確実だ。
もしあれに襲われたら一体どうなっていたことか。緊張が解けたこともあり、変な笑いが込み上げてくる。
その笑い声は決して大きいものではなかったが、この静かな森に響き渡るには、十分であった。そして、俺が走っていたのは精々2、3分である上に後半は疲労でほぼジョギングみたいなペースで走っており、あそこから距離があまり離れていなかった。
次の瞬間、俺の上空を、1つの影が通り過ぎた。俺はそれを反射的に目で追う。影は木の幹にぶつかって停止し、
「え」
そのまま幹を蹴り、俺目掛けて飛んできた。
俺の思考は完全に停止していた。逃げきれたことによる安心感で、完全に油断していた。
影が猪であることに気づいたその瞬間には、もう遅かった。既に猪は目前まで迫っている。そして俺は地面に倒れたまま動くことができない。
俺があんなに必死になって逃げていたものは、案外すぐに来た。そしてその瞬間は、思ってたよりも何も感じないものだった。
次の瞬間、森に轟音が鳴り響いた。音の主は猪。
猪が、真横に吹っ飛ばされ木々に激突したことで鳴った音だ。
「あっぶな〜!マジでギリッギリじゃん!」
「全く、まさか今の時代にこんな命知らずがいるとはな。」
そこにいたのは、2人の男女。どちらも白髪で褐色肌。白いローブに身を包み、ナップサックを背負っている。男は背中に弓を、女は腰にナイフを携えている。そして何よりもめだつのが、光源のない森の中でひとりでに輝く、赤い瞳。
「どうも〜おにーさん。こんな森であたし達に会えるなんてツイてるね!せっかくだし自己紹介しよ!あたし、リンネ!んで、こっちの真顔はあたしの兄貴でザクロ!おにーさんは?」
まだ、状況は理解しきれていなかった。言いたいことが沢山あった。聞きたいことも沢山あった。でも、俺の口から出た言葉は……。
「あ、え、あ……お、俺、霜田 圭、です。」
─────────────────────
「シモダ•ケイ?変わった名前だな。どこの出身だ?」
男……ザクロが口を開く。そんなのこっちが聞きたいくらいだ。見た目も発言もどう考えても日本人には見えないが、2人とも日本語で話している。
「ほら兄貴、今はそんなことよりあれ!」
リンネと名乗った女が指をさす。その先にはつい先程吹っ飛ばされた猪。猪はすでに起き上がっており、その視線は俺ではなく2人の方に向けられている。
次の瞬間、猪は吼えた。それはまるで、昔見た怪獣映画の巨大怪獣のような。轟音で鼓膜が痛くなる。振動で木々が、体が揺れる。とても猪とは思えないような、化け物の咆哮。
そして、その咆哮と共に、猪の口内が光を灯す。何かの比喩ではない。言葉の通り、口の中から、太陽のように眩しい光が漏れているのだ。
10秒ほど続いた咆哮が終わる。だが、口の光はまだ灯ったままだ。猪は、2人を見据えたまま、その口を大きく開いた。すると、光が強くなっていき、光源がその姿を現す。
それは、轟々と燃える炎の塊。人の頭程の大きさの火球。それが外まで出たと思ったら、次の瞬間、砲弾のように射出された。狙いは、当然2人だ。火球は標的に向かって一直線に飛んでいく。
猪と2人の距離は10mほど。だが、火球は瞬きひとつの間に数十センチまで距離を詰めていた。2人はというと、微動だにしていない。まずい、俺がそう思ったときにはもう遅かった。近すぎる。もう避けることもできない。2人も相変わらず動こうとしない。火球はそのまま2人に直撃……
することは無かった。
動く気配のないザクロとリンネ。その目の前まで迫った火球が、突如直角に曲がった。火球は真横に飛んでいき、木に着弾。そしてそのまま爆発。木は一瞬で火に包まれた。もしあれが人間に当たれば、確実に火だるまになるだろう。
「炎系のスキルか。当たりだな。」
「結構毛並みもいいし、毛皮売ったら5万くらいいくんじゃない?」
信じられない。 2人はあの攻撃を目の当たりにしておいて、燃えている木を見ることすらしない。あの猪の攻撃を、全く意に介していないのだ。
「ねー兄貴!あいつあたしが狩っていい?」
「ダメだ。お前がやると馬鹿みたいに傷をつけまくるだろうが。」
ザクロは背中に背負った弓と矢を取り出し構える。……まさか、アレであの怪物を倒すつもりなのか?俺は弓に詳しい訳では無いが、あの猪が人に殺せるようなものには到底思えない。
そんな俺の疑問に答えるように、矢に変化が生じた。矢がバチバチという音を立てながら、青白い光を放ち出したのだ。あれは……電気?
現実は俺が結論を出すよりも早くやってきた。
それは刹那の出来事。ザクロの構えた弓から矢が消えた。そして、猪の背後の木に突き刺さる。その間に居た猪の眉間に、小さな穴を開けて。
5秒ほど経った。ようやく自分が死んだことに気づいた猪の体が地面に崩れる。後に残ったのは、静寂だけだった。
あれからどれほど経っただろうか。俺はずっとその場から動けなかった。そりゃそうだ。たった数分間で、俺は非現実的な光景をいくつも目の当たりにした。人と同じくらいの大きさで、火を吐く猪(?)。突然直角に曲がる火球。電気を纏う矢。これが夢ならどれほど良かったことか。だが、どれだけ経っても醒めることは無いし、倒れた時の痛みがまだ体に残っている。
俺がそうしている間に、あれだけ燃えていた火も消え、2人は猪を解体している……のだが、グロいので見ないようにしている。
本当に、ここはどこなのだろうか。今頃、行方不明で警察が捜索しているのだろうか。それとも、誰も気にして無かったりするのだろうか。そうだったら……嫌だな。
ああ、家に帰りたい……。
目を覚ますと、一番に目に映るのは木漏れ日。いつの間にか寝ていたらしい。
「あ、兄貴ー。おにーさん起きたよー。」
「そうか。それじゃあ、」
目線を下にやると、4つの赤い瞳が俺を見ている。
ザクロは俺に近づいてくると、
「シモダ•ケイだったか。今からお前に尋問をする。」
と言った。尋問……まあそりゃそうだ。こんな危険な森のど真ん中に、手ぶらの人間が一人でいるんだ。どう考えても怪しい。
だが、これはここの情報を知るチャンスでもある。俺は立ち上がり、2人に向き合う。こうして、尋問が始まった。
「改めて、自己紹介をしよう。俺はザクロ•ジーク。性別は男。年齢は18だ。ジェリコ村の出身で、今はフェイルボルト王国でハンターをしている。」
「あたしはリンネ•ジーク。性別は見た目通り女で、16歳。あとは兄貴と同じ。」
尋問は、お互いの自己紹介から始まった。
ザクロの言った地名は、一切聞いた事がない。何となく予想は着いていたが、ここは「異世界」というやつなのかもしれない。
となると、日本などの地名を出すとかえって疑われる可能性もある。加えて、俺はこの世界の地名なんて知らないし、今出た国名なんかを使っても後でボロが出る可能性がある。なら、俺の手は……。
「俺は霜田 圭。男で、25歳。……そこまでは分かる……。」
「……どういうことだ。」
「俺、記憶が無いんだ。だから、どうしてここに居るのかも分からなくて……。」
記憶喪失。これなら、相手の質問に答えられなくても多少の誤魔化しは効くだろう。
「ふむ、まあ真偽は一旦置いておく。重要なのはそこではない。俺が聞きたいのは、お前が”獣紋”持ちかどうかだ。」
「獣紋……?」
一切聞いた事のない単語だ。なんだそれは。あった方がいいのか?それとも無い方がいいのか?
どう答えるか決めあぐねていると、
「もしかして、それも忘れちゃったの?」
「あっはい」
まさかの助け舟が出た。そうか。今の俺は記憶喪失(という設定)だから知らない単語は忘れたで押し通せばいいのか。
「……リンネ、説明してやれ。」
「オッケー!そんじゃおにーさん。まず、これが獣紋ね!」
そう言ってリンネは手の甲を差し出してくる。そこには、紋様が刻まれていた。
緑色の円と、それを囲う様に刻まれた、緑色の8つの三角で出来た紋様。形だけなら、太陽のように見える。
「それで、獣紋を持っている人は【スキル】が使えるの!」
「スキル?」
「あーやっぱスキルもわかんない感じ?じゃあ、今から見せるからよーく見ててよ!」
リンネは右手を近くの木に向けて伸ばす。
「これがあたしのスキル【風操作】!」
突如、風の吹き荒れる音が森に響く。風の発生源はリンネの右手。行先は向かいの木。その豪風は葉や小枝を巻き込みながら突き進み……
木を根元からへし折った。
「ま、こんな感じだね!それで、おにーさんは獣紋を持ってるの?」
「こんな感じって……。」
木を簡単に破壊しておいて”こんな感じ”ですませている。これがこの人達にとっての当たり前なのだろうと、そう思うとなんか恐ろしくなってくる。普通に人が持っていい力じゃないでしょこれ。
「んー?どした?」
「え、あーいや、多分無いと思うが……。」
そうだ、今は俺が獣紋を持っているかを聞かれていたんだった。無いに決まってるが、そう聞かれた以上、俺は身体中を見回してみる。まずは両手から。手のひらと指を、少し目線を落として手首を、次に手をひっくり返して手の甲を……あれ?
左手の手の甲の中央。そこに、確かにそれはあった。
色は白色だが、ちょうど先程リンネが見せたものと同じ形の印。獣紋が、俺にも付いてあった。
「あれ?そんなとこにあったんだ。ぜんっぜん気づかなかったー……。」
俺も全く同じ感想だ。こんなもの、一体何時付いたんだ?
「それも白色……ん?白?」
「白、だと?少し見せろ。」
急に左手に暖かい感触が伝わる。これまで黙っていたザクロが突然、俺の手を掴み獣紋を確認してきたのだ。
「え?な、何かありました?」
急にそんなことをされるもんで、つい敬語になってしまう。まさか、白だと何かマズかったりするのか……?
「いや、なんでもない。白は、珍しいから少し、な。」
「そーそー、白なんて滅多に居ないもんねー。」
そうでもなさそうで、俺はほっと一息つく。こういうことをされると心臓に悪いからやめて欲しい。
「あ、獣紋があるならスキルは───」
「やめとけ。この感じじゃあどうせ覚えてないだろう。そんなことよりも、聞きたいことがひとつある。」
「お前、災獣のことも覚えてないのか?」
リンネの言葉を遮り、ザクロがそう質問する。またもや知らない単語だ。俺の答えは当然、
「えっと、覚えてないです。」
これ一択だ。
「そうか。おい、今解体した猪型の毛皮を寄越せ。」
「ん?はい、これ。」
リンネはザクロに茶色の毛皮を差し出す。発言からして昨日のあいつの毛皮で間違いないだろう。
「災獣とは、意思ある災害。最低でも人と同程度の体躯と、あらゆる生物に襲いかかる凶暴性を持つ獣だ。その姿は猪から兎、犬や猫まで、千差万別だ。そして、災獣の最大の特徴。それは……。」
そこまで言ったところでザクロは言葉を止め、俺に向かって毛皮を投げ渡した。俺はそれを両手でキャッチする。
「うわっ、急に何────────」
視界にそれが入るのと同時に、俺は言葉を失った。
「人だった頃と同じスキルを用いて人を襲う、獣紋持ちの終着点。それが、災獣だ。」
毛皮には、黄色の獣紋が刻まれていた。
「え」
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