【なろう系へのアンチテーゼ小説】「美少女に囲まれてぇ〜!」目覚めたら夢の美少女戦士たちのいる世界に転生していた件。

久遠 燦

第1話

「おはよ〜!」


目を覚ますと、俺の顔を、『魔法戦士のおしごと』の魔法戦士リリィちゃんが覗き込んでいた。


まさか…俺、異世界転生!?


確か、俺は、アパートの下の階に住んでいる、俺にラブレターを渡してくる山岡とかいう名前の気持ちが悪いババアから、焼き菓子を渡されて、食ったら中に錠剤みたいなのが入っていた。


そうか、俺は、毒殺されたんだ!


非モテで山岡以外からは一度も告白されることなく死んだのは本当に残念な事だが、転生先が俺が大大大大大好きなアニメ「魔法戦士のおしごと」の世界なら俺はもう大満足だ。


休日に異世界転生チート小説を読み漁っては、異世界転生を夢見ていた俺だったが、まさか、まさか、まさか目の前に本物のリリィちゃんが現れるなんて!


「リリィちゃん、俺と……付き合ってくれ!」

異世界なんだろ、これくらい思い通りになってくれ、そう期待を込めて、俺は叫んだ。


「もちろんだよ、ひろきくん、大好き!」

リリィちゃんはそう言って、俺に抱きついて、柔らかい唇でキスをしてきた。


初キス!


俺は嬉しくて飛び跳ねそうになった。…いや、飛び跳ねたらヤバいか。落ち着け俺、落ち着け…


何か口の中に丸いものを感じた。


ん?


リリィちゃんが目を細め、にこっと笑った。


「それはねぇ、私の事をもっと大好きになるお薬!リリィの魔法、知ってるでしょ?」


あぁ、知ってるとも!


「マジカルリリィ!」


そう言って俺は、リリィちゃんが技を出す時の魔法ステッキを回す動作を真似してみた。

いつまでも萌えアニメに熱中している俺のことを、周りは散々変人呼ばわりしてきたが、本気で愛していれば、世界の方が応えてくれる。


リリィちゃんが嬉しそうに俺に抱きついて笑っているのを見て、俺はそう確信した。


「俺は今まで、女の子からもまともに相手にされなくて、仕事でも上手くいかなくて…デザイナーとして働きながら、戦士としても活動しているリリィちゃんが、こんな俺の事を好きになってくれるなんて…」


喋っている途中、視界の端が波打つように揺れた。リリィの顔も一瞬、二重に見えた。気のせいか、心臓の奥がざわついた。


そんな様子を見て、リリィちゃんはそっと俺の頭を撫でてくれた。

柔らかい手の感触に、微かに冷たい湿り気を感じる。そして、指先の温度が少し変わった気がする…いや、気のせいか。

カーテンの隙間から差し込む光でリリィちゃんのピンク色の髪はきらきらと輝いていて、まるで…天使のようだった。


頭がボーッとしてきた。

幸せすぎて、頭がオーバーヒートしたのだろう。俺はそのまま眠りに落ちた。



「おはよ〜!」


また、昨日と同じ、リリィの美しい声。

目を開けると視界がぼやけて、ぐわんぐわん揺れた。


魔法に対する拒絶反応か?


そんな事を考えていると、リリィが勢いよくキスをしてきて、また丸い物を俺の口の中に押し込んできた。


「もっとリリィのこと、好きになっちゃうね?」


小悪魔みたいな子だ。

気分が昂って、俺は思わず、胸に秘めておこうと思った欲望を顕にしてしまった。


「リリィ、俺、メイドスタイルの方の衣装も見てみたい。アニメ第11話の…お屋敷でお仕事編のやつ。今のピンクのも似合ってるんだけど、俺、あの衣装が大好きで…。」


リリィは一瞬困ったような表情を浮かべた。


俺は気まずくなって目を逸らした。


「もちろんいいよ!ひろきくん!でもお屋敷でお仕事編のメイド衣装はお家にあるから今から着替えてくる!」


うぅ…今持ってないならいいよ!どこにも行かないでくれ…!俺のリリィ…!


喉まで上ってきたその言葉を何とか飲み込んで、俺は静かに頷いた。リリィのメイド姿が見れるなら、少しくらい待てる。


「いい子で待ってるんだよ!」


リリィは俺の頭を撫で、玄関の方に歩いていった。ひらひらと揺れるピンク色のツインテールが遠ざかっていく。すぐ戻って来ると分かってはいても心に穴が空いたように寂しかった。



ガチャ

扉の開く音が部屋に響く。


「リリィ!」

叫んだが、魔法世界にまだ適応できていないのか、視界が揺れて真っ直ぐ歩けない。

壁を伝いながら、ゆっくり玄関へと向かう。


だが、そこに立っていたのは…リリィではなかった。


『花嫁は魔女』に登場する、エリゼちゃん。


彼女は、どこかで見た覚えのあるグレーのワンピースを身にまとい、悲しそうな表情で突っ立っていた。


困惑する俺。


もしかして、これは…!?


どうやら俺が転生したのは、魔法戦士達が集結する夢の世界だったらしい。


彼女は何かボソボソと独り言を呟いたあと、俺の手を引っ張って言った。


「来て。」


「悪いなぁ、俺にはリリィがいるからな。帰ってくれ。」


「お願い…」


「離せよ!帰りやがれ!」

ぎゅっと握った手を離さないエリゼちゃんの頬に涙が伝った。


うぅ…俺はリリィが大好きだ。しかし、泣いている乙女を放ってはおけない。

エリゼちゃんとリリィと3人で暮らせばいい。

2人の事を平等に愛してやれば、文句は無いはずだ。推しに囲まれて夢のハーレム。それはそれで悪くない。


エリゼちゃんに手を引かれ、俺は、馬車に乗り込んだ。妄想がどんどん膨らんでゆく。心地良い振動に眠気を誘われ、俺は目を閉じた。



どれくらい寝ただろうか。

ぼやける視界に、エリゼちゃんのグレーのワンピースが入る。


「エリゼ、ここはどこだ?」


俺は、ぼんやりとしたまま、問いかけた。


「もうすぐ病院に着くからね…」

ん? 誰の声だ?

エリゼちゃんの声じゃない。低い。しわがれてる。


母さん?


パッと目を見開く。


視界に入ったのは、グレーのワンピースを着て、車を運転している母だった。


「病院?ってか母さんいつ来たの?」


「ひろき!?昨日電話かけたんだけど、何度かけても出ないから、家に行ってみたら、様子がおかしくて。」


「ごめん。多分酔っ払ってたんだ。病院なんて行かなくていいよ。家に帰りたい。」


しつこく説得しようとする母をなだめて、何とかそのまま家に帰れることになった。


全部夢かよ…。

リリィも、エリゼも…。


ずっとあの世界にいたかった。

リリィとエリゼに囲まれて、夢のハーレム生活。

どんなに幸せだっただろう。


無機質な家々が後ろに流れていくだけのつまらない光景を車の窓から眺めながら、甘美な思い出に浸った。


「本当に大丈夫?」

「心配かけてごめん。大丈夫だよ。ありがとう。」


母にお礼を言って、車を降りると、足元がぐらつく。吐き気が込み上げて、手すりにしがみつく。視界が歪む。なんとか、一歩一歩、自分の部屋までの階段を登ってゆく。


ガチャ


「おかえり〜!」


え?


もしかして?


もしかしたら?


俺は、ワクワクして扉を開けた。


甘ったるい香水の悪臭が鼻を襲った。


そこに立っていたのは、お屋敷でお仕事編のメイド服を着た、山岡だった。


ピンク色のツインテールのカツラの隙間から白髪の混じった黒い頭が覗いていて、パツパツのメイド服からは贅肉がはみ出ている。


片手に、俺が先週ゴミに捨てたばかりの、『魔法戦士のおしごとファンブック Vol.12 』を持ち、満面の笑みを浮かべていた。


彼女は、のそのそと近づいてきて、俺の口をこじ開け、白い錠剤を放り込んだ。


視界が、ゆっくりと溶けていく。

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