森と書物
ルネはいつものように森の中にいた。両親が行ってはいけないという場所以外には行かないようにしているが、いつも夢中になってつい道に迷う。道に迷っても今までは何とか父が探し出してくれた。だから真冬には森に入らない。お目当ての薬草やキノコは見つからないし、凍死する可能性がある。
秋が深まってすっかり紅葉している。デスキャップや赤が美しいベニテングタケを見つめながら、収穫の時期が来たなと思った。もちろんこれらを採集するのではない。そんなものはとうの昔にコレクションの中に加わっている。
数ヶ月前に読んだ本の挿絵を頭に思い浮かべる。今日もお目当てはコーヒーカップを逆さにしたような形状で、薄いグレーをした小さなキノコだ。効能や副作用についての説明書きも全て覚えている。ルネの話す言葉に名前はなく、有名な学者がラテン語でPsilocybeで始まる種類のキノコを全て危険な種類だと説明していた。
地元の人がワライタケと呼ぶPanaeolus papilionaceusと別な毒キノコを見間違えて食べた村の若者が死にかけて以来、村人はキノコを口にしない。ルネはその話を聞いてからキノコのことが気になって仕方がなくなった。どんなキノコを誤って食べたのか父親に訊いても知らないと言う。あまりにしつこく訊くので六つの子どもがそんな事を知ってどうするのか、と母親も困り顔をしたが、どうしても知りたかった。
それ以来ルネは森に入ってはキノコを見つけスケッチをしたり、両親が見つけてくれる書物でキノコについて学んだ。あれから6年、この森で見つけられるキノコに関しては大分知識があると言ってよかった。
両親はルネが絶対にキノコを口に入れないことを約束する代わりに書物を与えてくれる。ある学者の論文によると、毒キノコを口に入れて味を調べる程度では中毒は起こさない。味を見て吐き出せば良いのだそうだ。もし誤って食べてしまったとしても、その肉をどれだけ体内に入れたかによっても症状が変わるのだと説明していた。
そう何度も説明しても両親はルネがキノコを口にすることを固く禁じた。そしてルネはそれを固く守っている。何故なら本を手にいれられなくなる事を考えると言いようのない恐怖を感じるからだ。退屈などという生やさしい言葉では言い表せない、果てしない無の中にいるとルネは窒息するような恐怖の底に落ちいる。
キノコの前は野草だった。六歳のあの日にキノコに取り憑かれるまでは、野草について貪り読んだ。キノコは恐れても、野草の大半が毒だという事を両親も村人たちも知らずに暮らしていることをルネは解せないと思う。実際野草やキノコの話を始めると父も母も嫌な顔をして行ってしまうのでこの事を話す相手がいない。
だから本が好きだとルネは思う。
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