森の贈り物

北野美奈子

村はずれの一軒家

 村はずれの森の中にまるで隠れるかのような佇まいの一軒の家があった。猟師の家らしく庭先で食べ物らしいものを少しは育てているが、それを生業にしているようには見えなかった。


 猟師には妻と男の子が一人いて、以前は一家揃って村の市に買い出しに来ていたりしたが、近年村人が見かけるのは猟師と妻だけだった。


 村人は酪農で生計を立てている者が多いので、読み書きが少し位出来る事を鼻にかける農作業が苦手な役立たずよりも、人付き合いが良く働き者を好んで付き合う。猟師は村人にあまり馴染まずに一人でいる事を好むような男だったし、妻の方も大人しくそれに従うような性分だった。どちらも読み書きが出来るようで、よく村の市では本を探し歩いている。それが村人の間でいつの間にか変わり者と噂になった。


 日曜日になると村の集会所の辺りに市が立つ。今日も猟師と妻が二人で来ていた。村一番だと自他ともに認めるチーズを作りの名人である老人が猟師に話しかける。


「このチーズは自信作なんだ、少し持っていくかい?」

「そうだな、じゃあ、少しもらっていくか。」

「山羊の乳で作った方も美味いぞ。どうだ。」

「いや、これで十分だ。それより、いつもの布を分けてくれないか?」

「チーズクロスか?いいとも。それにしてもチーズ屋に布地を買いに来るなんて、変な奴だ。」

 チーズ売りは笑いながら数枚の木綿の布を猟師に渡した。猟師夫婦は代金を払い、礼を言って去って行った。


 それを見ていた別な村人が老人に不思議そうに尋ねる。

「あの布は何に使うんだ?」

「よく知らんが、乾燥したキノコを保存するのに使うって言っておった。変わり者のすることはよう分からん。ただ、わしのチーズクロスは街で仕入れる上物だから、見る目があるのは確かだがな。」


 夫婦が次に立ち寄ったのは、古本が山積みになった人気のない市場の隅だった。猟師は古本屋に話しかける。

「先月頼んでおいた本は見つかったか?」

「ああ、時間がかかったが、やっと見つけた。貴重な本だからな。高くつくぞ。」

「これで、どうだ。」

 と、猟師は数冊の書籍を古本屋の前に積む。古本屋はそれをめくりながら、

「もう全部読んだのか。いいだろう。この本と引き換えだ。」

 猟師は苦笑いしながら、

「俺じゃない。息子だ。」

 と短く答えた。

「ああ、ここの所見かけないな。ルネって名だったよな?元気なのか?」

 猟師はそれには答えずに、奴がこの本を探してほしいと言っていた、と小さなメモを古本屋に渡した。

「これを全部探すのには時間がかかるが、出来るだけのことはしてやろう。」

「助かるよ。息子は本がないとダメなんだ。」

「どういう意味か分からんが、お役に立てるのは嬉しいね。」

 夫婦は安心したように帰途に着いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る