春、息ができない人と、恋と課金

ころね

第一話 

私立藤が丘高等学校。

私が今日から通うこの学校は、一言で言えば「未来」だ。

いや、もしかしたら「未来"すぎる"」のかもしれない。


正門をくぐった瞬間、スマホが元気よく振動した。まるで「待ってました!」とでも言いたげな、小気味良い震えだった。画面には桜の花びらが舞うアニメーションと共に、ポップなフォントでメッセージが表示される。


『ようこそ、藤が丘高等学校へ! 宇佐美陽菜さん、あなたの入学を心よりお祝い申し上げます。 本日のスケジュールを確認しますか?』


「はいはい、お願いしまーす」

私は画面をタップ。すると、今日一日の予定が秒単位でズラリと表示される。まるで分刻みのビジネスマンのスケジュール帳みたいだ。高校生活初日からこれって、どうなんだろう。


『09:00 入学式(第一体育館)

11:30 クラス別オリエンテーション(1-A教室)

13:00 学食体験(推奨メニュー:本日の日替わり定食 SP消費480pt ☆人気No.1!)

14:30 校内ツアー(SA推奨ルート)』


細かっ。でも、まあ便利っちゃ便利か。少なくとも、初日から迷子になる心配はなさそうだ。

目の前に広がる光景は、もう完全にSF映画のセットだった。いや、SF映画よりもSFかもしれない。


巨大な敷地の中に、校舎だけじゃなくショッピングモール、映画館、おしゃれなカフェ、本屋、それに――遠くに見える観覧車。

「うっそ、マジで観覧車あるじゃん」


私は思わず声を上げた。入学案内のパンフレットで見た時は、「さすがにこれはCG加工でしょ」と思っていたのだが、本物だった。しかもかなりデカい。夜になったらライトアップされるんだろうか。デートスポットとして使えそうだな、なんて考えてしまう。


周りを見渡すと、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが、同じようにキョロキョロしてる。みんな、スマホ片手にSAのナビゲーションを見ながら歩いてる。その光景は、まるでスマホゲームの位置情報アプリに夢中になってる人たちみたいだ。


そう、この学校の最大の特徴は「完全AI管理」。

生徒一人一人にインストールが義務付けられているSA(Student App)が、学校生活の全てを管理してる。出席も、成績も、健康状態も、購買の履歴も、部活の活動記録も――全部。もう、何から何まで。プライバシーって何だっけ、と思わなくもない。


しかも、このアプリには「SP(Student Point)」っていう独自の通貨システムが組み込まれてて、学校内での買い物は全部これで決済する。現金もクレカも使えない。完全キャッシュレス。財布を持ち歩く必要がないのは楽だけど、逆に言えば、全ての支出が記録されるってことだ。


何を買ったか、いつ買ったか、どこで買ったか。全部バレバレ。

SPは、テストの点数や部活の成績、ボランティア活動やバイトなんかで増える。資産運用もOK。まるで社会人の給料システムみたいだ。


逆に、遅刻したり提出物を忘れたりすると、SPの利用に制限がかかり自由に使えなくなることもあるらしい。まるで罰ゲームみたいだけど、これが現実。


私のスマホには、全新入生へ一律付与されるという入学祝いの15万ポイントが画面に表示されていた。数字を見ると、なんだかちょっとお金持ちになった気分になる。

「15万もあれば、まあまあ贅沢できるよね」


ちなみに、学食の定食一食が500〜1500ポイントくらい。映画のチケットが1200ポイント。普通に生活する分には困らない現実的な価格設定になってる。まあ、そうじゃないと一般家庭の生徒は生きていけないもんね。


でも――。


「常に見られてる感じ、やっぱり慣れないなぁ」


私は呟いた。

校内のあちこちに設置された監視カメラ。あちこち浮遊しているパトロールドローン。その数、今周りをざっと見ただけでも30台は確認できる。空中を飛び回るドローンは、まるでSF映画に出てくる監視ロボットみたいだ。


AIが24時間体制で色々なことを解析してるらしい。表情認識、行動パターン分析、異常行動の検知。全部自動でやってくれるんだとか。


「生徒の安全のため」「いじめや事故の早期発見のため」って建前だけど、正直、ちょっと息苦しい……かも?


まあ、それでもこの学校を選んだのは――。

「お母さんが喜んでくれたからな」

私は小さく呟いた。胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。


お母さんは政府管轄のとある機関で働いてる。それも、かなり偉い立場らしい。詳しいことは教えてくれないけど、このSAシステムの開発に関わってるって聞いた。だから、私がこの学校に入学するのは、ある意味「当然」だったのかもしれない。


母さんは優しい人だ。いつも私のこと気にかけてくれる。

「陽菜、藤が丘でたくさん経験して、色んなこと教えてね♪」

入学前、お母さんはそう言って笑ってた。その笑顔は、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。きっと、娘が親元を離れるのが寂しいんだろう。


私も、正直ちょっと寂しい。でも、それは口に出さない。お母さんを心配させたくないから。


「よーし、とりあえず入学式行こ」


私は深呼吸して、SAのナビに従って第一体育館へ向かった。

画面上にはAR表示で道順が浮かび上がり、『現在地から徒歩12分。最適ルートを案内します🎵』なんて親切に教えてくれる。方向音痴にはありがたい機能である。


というか、この学校、広すぎてナビなしじゃ絶対迷子になる自信がある。

途中、何度かカメラの前を通った。

レンズがこっちを向いてる気がして、なんとなく背筋が伸びる。まるで、誰かに見られてるような感覚。実際、見られてるんだけど。AIに。


データとして記録されてるんだろうな、今この瞬間も。「宇佐美陽菜、入学式会場へ向かう途中。歩行速度正常。表情に異常なし」とか。


AIは見てる。常に、誰かが、何かが。

でも――まあ、悪いことしなきゃ大丈夫でしょ。


私は前向きに考えることにした。ネガティブに考えても仕方ない。これが、藤が丘高校の日常なんだもんね。


第一体育館は、想像以上に広かった。

天井が高くて、音響設備も完璧。まるでコンサートホールみたいだ。壁には巨大なスクリーンが設置されていて、そこには桜の映像が流れている。BGMも流れていて、まるで結婚式場みたいな雰囲気だ。


新入生は全員で約600人くらいらしい。それが整然と並んでる光景は、ちょっと圧巻だった。制服姿の少女たちが、きちんと列を作って座っている。みんな、緊張した面持ちだ。


私の席は――最前列。

入学試験の成績順らしい。SAのナビが「あなたの席はこちらです」と表示してくれた。


「まあ、勉強は嫌いじゃないし」

私は席に座りながら呟いた。


周りを見渡すと、同じ最前列に座ってる子たちは、みんな真面目そうな顔してる。メガネをかけた子、ノートとペンを既に用意してる子、背筋をピンと伸ばして前を見つめてる子。


「私、ちょっと浮いてるかも……?」


ちょっと不安になったけど、まあいっか。別に、優等生キャラを演じる必要もないし。

その時、開式のアナウンスが流れた。スピーカーから流れる声は、人間なのかAIなのか判別がつかないくらい滑らかだ。


『ただいまより、 私立藤が丘高等学校 入学式を開式いたします』

会場が静まり返る。さっきまでヒソヒソ話していた新入生たちも、一斉に口を閉じた。

校長先生が壇上に上がり、長い挨拶を始めた。白髪混じりの髪、厳格そうな表情。いかにも「校長先生」って感じの人だ。


「……本校は、最先端のAI技術を活用し、生徒一人一人に最適化された教育環境を提供します。SAシステムにより、皆さんの学習進度、健康状態、心理状態まで――」

私は内心、ちょっとだけため息をついた。


また「AI管理」の話か。もう聞き飽きたなぁ。入学案内でも、学校説明会でも、何度も何度も聞かされた。「AIが全てを管理します」「効率的な学習環境」「安全な学校生活」。もういいよ、分かったから。


でも、周りの新入生たちは真剣に聞いてる。中には、目をキラキラさせてる子もいる。

ああ、この子たちは本気で「未来の学校」に期待してるんだな。


そう考えるとちょっと複雑な気持ちになった。私は、お母さんの仕事の関係でこの学校に入ったけど、みんなは自分の意志で選んだんだろう。「AIに管理される学校生活」に、希望を抱いてるんだろう。


校長の挨拶が終わり、来賓の祝辞が続く。

正直、退屈だった。どの挨拶も似たり寄ったりで、「皆さんの未来は明るい」「頑張ってください」みたいな内容ばかり。もう少し面白い話はないのかな、と思ってしまう。


私は、ぼんやりと天井を見上げた。

そこにも、監視カメラがある。赤いランプが点滅してる。まるで、こっちを見てるみたいだ。


AIは今、この瞬間も、私たちを「観察」してるんだろう。

表情、姿勢、視線の動き。全部データ化されて、どこかのサーバーに蓄積されていく。「宇佐美陽菜、入学式中に天井を見上げる。集中力低下の兆候あり」とか記録されてたりして。


「……まあ、慣れるしかないか」


私は小さく呟いた。

その時――。


「次に、生徒会長、天川麗奈より新入生へ歓迎の言葉を述べます」

司会の先生の声に、会場がざわついた。


「天川って、あの天川グループの?」

「マジで? 超お嬢様じゃん」

「しかも2年生で生徒会長とか、すご」

「保有SPもカンストしてるって噂だよ」

「うそ、カンスト?」


周囲のヒソヒソ声が耳に入る。みんな、興奮気味だ。

天川グループ――AMAKAWA。


日本有数の大手商社で、エネルギーから食品、IT、不動産まで幅広く手がけてる巨大企業だ。ニュースでもよく名前を聞く。CMもバンバン流れてる。日本経済を支える企業の一つ、と言っても過言じゃない。


その娘が、生徒会長?

へえー。私は興味を持って、壇上に視線を向けた。


そこに立っていたのは――。


「うわ……」


思わず、声が漏れた。

完璧、という言葉がこれ以上ないほど似合う少女だった。


艶やかな黒髪がストレートに流れ、白磁器のように美しい肌。凛とした立ち姿。制服も寸分の狂いもなく着こなしている。スカートの丈、リボンの結び方、全てが完璧だ。顔立ちは整っていて、まるで雑誌のモデルみたいだ。いや、モデルよりも美しいかもしれない。


会場全体が、息を呑んだ。さっきまでヒソヒソ話していた新入生たちも、一斉に黙り込んだ。


「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます」


彼女の声は、よく通る。凛とした響きがあり、マイクを通してもその声には力があった。透き通るような、それでいて芯のある声。まるで、訓練されたアナウンサーみたいだ。


「私は生徒会長の天川麗奈と申します。皆様を代表して、歓迎の言葉を述べさせていただきます」


完璧な敬語。完璧な発音。完璧な姿勢。

まるで、プログラムされたAIみたいだ。


「私たち藤が丘高等学校は、最先端のAI技術により、皆様の学園生活を全面的にサポートいたします。SAシステムを活用することで、一人一人に最適化された学習環境、安全な生活環境、そして充実した課外活動の機会が提供されます」


生徒会長は原稿を読み上げている。

その表情は、微塵も揺らがない。まるで、感情というものが存在しないかのような、完璧な無表情。いや、無表情というより、「完璧な微笑み」を浮かべている。口角が少しだけ上がった、教科書通りの笑顔。


完璧すぎて、逆に怖いくらいだ。


でも――。


私は、小さな違和感を覚えた。

最前列に座ってるから。視力2.0だから。見える。見えてしまったのだ。彼女の手が、わずかに震えている。


原稿を持つ指先が、ほんの少しだけ、白くなっていた。力が入りすぎてるんだ。紙を握りしめてる。しかも。


「……あれ」


私はさらに目を凝らした。彼女の額に、うっすらと汗が滲んでいる。

呼吸も、少し浅い気がする。胸が小刻みに上下している。

完璧に見える彼女が、何かを必死に堪えているような――そんな気がした。


「皆様には、このSAシステムを十分に活用し、充実した三年間を過ごしていただきたいと思います。そして、私たち生徒会も、皆様の学園生活をサポートするため、全力を尽くす所存です」


麗奈の声が、ほんの少しだけ震えた。

気づいた人は、ほとんどいないだろう。周りの新入生たちは、みんな感心したような顔で麗奈を見つめている。「さすが生徒会長」「完璧だ」なんて顔をしている。


でも、私には分かった。

たぶん彼女は、今、限界ギリギリだ。


「それでは、新入生の皆様、改めまして――ご入学、おめでとうございます」


生徒会長は深々とお辞儀をした。

会場から、大きな拍手が起こる。パチパチパチ、と乾いた音が体育館中に響き渡る。

でも、彼女の表情は――どこか、遠かった。


まるで、自分がここにいないみたいな、そんな顔をしていた。魂が抜けたような、虚ろな瞳。


私は、胸の奥に小さな引っかかりを感じた。

あの人、大丈夫かな。

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