第3話

■ エピソードタイトル

第3話 契約と解毒


■ 本文

「……ふぅ。とりあえず、敵は排除したぞ」


 俺は空中でくるりと旋回し、へたり込んでいる少女に向き直った。  だが、少女は立ち上がろうとしない。いや、体がガタガタと震えていて、うまく力が入らないようだ。


『警告。対象のバイタルに異常あり。状態異常【麻痺】を確認』


 脳内にソフィアの冷静な声が響く。


(麻痺だって? あの狼の攻撃か?)


『否定。戦闘ログを参照……対象は、戦闘開始前からこの状態でした。体内に残留する成分から、冒険者用アイテム「痺れ薬(パラライズ・ポーション)」の使用が疑われます』


(ポーション……? 魔物がそんなもん使うわけねぇよな。ってことは……)


 俺は状況を察した。  これは事故じゃない。「人為的」なものだ。


「おい、大丈夫か? 動けるか?」


 俺が声をかけると、少女は悔しそうに涙を浮かべて首を振った。


「す、すみません……体が、動かなくて……。私、パーティーのみんなに……薬を、飲まされて……」


「……囮にするため、か」


「……はい。黒狼から逃げるための……餌として」


 少女の告白に、俺の中で怒りのゲージが跳ね上がった。  FPSでも「トロール(迷惑行為)」は嫌われるが、これは殺人未遂だ。許せるラインを超えている。


(ソフィア。この麻痺、治せるか?)


『回答。貴方のスキルツリーに、初期魔法【浄化(クリア)】が存在します。MPを消費して対象の状態異常を解除可能です』


(ナイスだ、ソフィア! さすが優秀なナビゲーターだぜ)


『……礼には及びません。最適な行動を推奨したまでです』


 少しそっけないが、頼りになる相棒だ。  俺は少女の前にふわりと近づいた。


「じっとしてろ。今、治してやる」


「え……?」


「【浄化(クリア)】!」


 俺が念じると、体から柔らかな緑色の光が溢れ出し、少女の体を包み込んだ。  光の粒子が、彼女の体を蝕んでいた毒素を洗い流していく。


「あ……体が、軽い……」


 少女は驚いたように自分の手を見つめ、ゆっくりと、しかし確実に自分の足で立ち上がった。


「すごい……精霊魔法、ですか……? ありがとうございます、ポンタ様……!」


「礼はいい。俺はポンタだ。様はいらねぇ」


 少女――エリスは、深々と頭を下げた。  その所作は、ボロボロのローブを着ていても、どことなく気品のようなものが漂っていた。 (……なんか、普通の村娘って感じじゃねぇな)


 そんなことを考えていると、再びソフィアの声が響く。


『提案。マスター、貴方は現在、移動能力に制限があります(手足がないため、アイテム拾得や金銭授受が困難)。この個体「エリス」と共に行動することを推奨します』


(……なるほど。俺の手足になってもらうってことか。確かに、ダルマのままじゃ店で買い物もできねぇしな)


 ソフィアの冷静な分析は正しい。  俺はエリスに向き直った。


「エリス。お前、行くあてはあるのか?」


「いえ……パーティーも追放されてしまいましたし……これからどうすれば……」


「なら、俺と契約しろ」


「えっ? け、契約……ですか?」


「ああ。俺は見ての通り、最強だが不便な体だ。俺がお前の『剣』になって守ってやる。その代わり、お前は俺の『運び手』になれ。……Win-Winの取引だろ?」


 エリスは少しの間、驚いたように俺を見つめていたが、やがてその瞳に決意の光を宿した。


「……はいっ! 私のようなものでよければ、喜んで!」


        ***


 エリスに抱えられ、俺たちは森を抜けて最寄りの街「アルメリア」へと到着した。  検問では、俺がスキル【擬態(ロック・ミミック)】で「ただの赤い置物」になりすまし、無事に通過した。


 街の中心部にある冒険者ギルド。  夕方の酒場を兼ねたそこは、荒くれ者たちの熱気でむせ返っていた。


「おい見ろよ、あれ」 「ん? うわ、またあいつか。『役立たずのエリス』」 「生きてたのかよ。てっきり森で野垂れ死んだかと……」


 エリスが入店した瞬間、周囲から陰湿なヒソヒソ話が聞こえてくる。  エリスの体が硬直する。俺を抱く腕に力が入るのがわかった。


(なるほど。ここが敵地(アウェイ)ってわけか)


 俺は心の中で舌打ちをする。  エリスは視線を下に向け、逃げるように受付カウンターへと向かった。


「あ、あの……素材の換金をお願いします……」


「はいはい、今日は薬草ですか? ゴブリンの耳ですか?」


 受付嬢も、あからさまに面倒くさそうな態度だ。  エリスは震える手で、俺がインベントリから吐き出した「黒い魔石」をカウンターに置いた。


 ゴトッ。


 拳大の大きさがある、漆黒の魔石。  それを見た瞬間、受付嬢の表情が凍りついた。  周囲の冒険者たちの視線も釘付けになる。


「こ、これは……!? まさか、指定危険種『ブラック・ファング』の魔石……!?」


「ええっ!?」 「嘘だろ!? Bランクパーティーでも全滅する化け物だぞ!?」


 ギルド内が騒然となる。  受付嬢は慌てて鑑定魔道具を取り出し、確認を行う。


「ほ、本物です……! エリスさん、これをあなたが……?」


「い、いえ! 私ではありません!」


 エリスは首を横に振り、腕の中の俺を少しだけ持ち上げた。


「私の……その、契約した精霊様が、倒してくださいました」


「せ、精霊……? その……ダルマ、がですか?」


 全員の視線が俺に集中する。  俺は仕方なく、受付嬢の脳内にだけ念話を飛ばした。


『……早く換金しろ。相棒が疲れてる』


「ひっ!?」


 受付嬢は腰を抜かしそうになりながらも、大慌てで金庫へ走った。  提示された報酬額は、金貨50枚。  日本円にして約500万円相当の大金だ。


 ギルドを出る時、俺たちは英雄のような、あるいは化け物を見るような目で見送られた。  さっきまでの嘲笑は、もうどこにもなかった。


        ***


 懐が温まった俺たちは、防具屋へとやってきた。


「いいかエリス。FPS……いや、冒険の基本は装備だ。初期装備のまま高レベルエリアに行くなんざ自殺行為だぞ」


「は、はい……でも、ポンタさん。そんなに高いものを買ってもらうわけには……」


 エリスは店の棚に並ぶ高級な革鎧を見て、恐縮しきっている。  だが、俺にはソフィアという強力な鑑定士がついている。


(ソフィア、この店で一番性能(コスパ)がいい装備をマーキングしろ)


『了解。右手の棚、上から二段目の「飛竜革の軽鎧」。軽量かつ魔法耐性が付与されています。現在の資金で購入可能』


(よし、それだ!)


 俺は店主に指示を出し、ソフィア推奨の最強装備一式を揃えさせた。  試着室から出てきたエリスは、見違えるようだった。


 機能的ながらも上質な革鎧。それを着こなす立ち姿には、隠しきれない育ちの良さが滲み出ている。  帽子を被り直す指先の動き一つとっても、どこか洗練されていた。


「へへ……どうですか? ポンタさん。これなら、一緒に歩いても恥ずかしくないですか?」


 はにかむような笑顔。  俺は内心、ガッツポーズをした。


(おいソフィア、今の笑顔のスクショ撮ったか?) 『……機能にありません。マスターの記憶領域に保存してください』 (ちぇっ、つれないなぁ)


「……ああ、悪くない。最高の装備だ」


 俺はそう答え、心の中でこれからの冒険に思いを馳せた。  謎多き少女と、最強のダルマ。そして脳内の毒舌AI。  このパーティーなら、異世界攻略も悪くないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FPS廃人、異世界で最強のダルマになる @akatsuki-kakeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画