ソラの魔法使い 〜宇宙人転生者が地球に帰ったら、魔法が存在していた〜

鳩胸な鴨

第1話 宇宙人、地球に降り立つ

「本気で言ってんのか、少佐?

 本気であんな近場にワープステーションもないような辺鄙な星に行くのか?」

「ああ」


 目の前の宇宙人に少佐と呼ばれるようになって、どのくらいの時が経っただろう。

 アルエマ・ヴァイリッツ。それが長い時を過ごした、今世の私の名前だ。

 ヴァイリッツが家名、アルエマが名前。

 職業、軍人。階級、少佐。現在500年の休職期間中。

 年齢、約4万歳。地球人換算で39歳。

 一人称、アルトボイス、童顔、華奢な体つきから勘違いされがちだが、いい年した雄個体だ。ちなみに前世も今世も彼女いない歴イコール年齢。


 …話を戻すと、今世の私は地球人ではない。

「惑星ラドクス」と呼ばれる星、そこに住まうラドクス星人の父とラドクス星人の母の間に生まれた、サラブレッドラドクス星人だ。


 ラドクス星人は、二足歩行のヒューマノイド型宇宙人だ。シルエットは地球人に近い。

 無論、多少の差異はある。肌の色が薄水色だったり、瞳孔に雷紋みたいな模様があったり、感情が昂ると身体中に黒い線が浮き出たり、髪の先端がプラズマ化していたり、濃い水色の舌に幾何学的な紋様が入っていたりと枚挙すればキリがないくらいには。


 そんな見た目だが、宇宙人らしい超能力じみた力はまるでない。

 身体能力も、宇宙全体で見れば優れているとは世辞にも言えない。


 特筆すべきは、卓越した科学力。


 ラドクス星人はだいたい科学者。

 わけのわからない事象の大半は、ラドクス星人に投げたらすぐさま解明される。

 そんな偏見が宇宙で蔓延するくらいには、科学者気質の者が多い。

 現在乗っている家庭用小型宇宙船も、搭載されている空間転移装置も、空間転移の際にビーコンとなる公共交通用人工衛星「ワープステーション」も、ラドクス星人が長い歴史の中で作り上げてきたものだ。

 無論、私もその例に漏れず科学者だ。正確に言えば、ラドクス科学軍に属している。…今は休職中だが。


「せっかくの休職期間にわざわざ不便な星に遠征だなんて、もったいないことするねぇ。

 オレみたいな下働きにゃ、アンタの考えはよくわかんないよ」

「お前が休日、他の星に釣りに行くのと同じだ。不便を楽しもうと思ってな」

「おいおい、釣りと不便は違うだろうよ」


 魂の故郷に帰りたかった、とは言えない。

 考えてもみてほしい。4万年だぞ。

 中身は地球人だというのに、4万年近くも軍で働いたんだ。疲れるに決まってる。

 家庭の事情で周囲よりもいち早く軍人になったせいで、長い休みとはまるで無縁。

 女にモテず、遊ぶ暇もなく、親しい人も両親を除けば今話してる部下しかいない。

 それ故に金を使う機会がてんでなく、気づけば貯金は一般ラドクス人の人生数回分にまでなっていた。

 ほんの少し休んだってバチは当たらないだろう。そう考えて休職した。

 500年は休職期間としては短い方なので、特に文句は出なかった。

 …ちなみに、年齢と休職期間の数字は地球時間換算である。合ってるかは知らない。


「やっぱワープステーションないと遅いな。

 片道1時間もかかっちまった」


 独白を繰り返しているうちに、どうやら地球の近くに着いたらしい。

 窓の外に見える青い星。

 実際に宇宙から地球を見たことはないが、確かに地球は青かったんだな。ガガーリンの気持ちがよくわかる。

 …いや、実際には言ってないんだったっけか。どうだったか忘れた。


「ありがとう。休みだったのにすまないな」

「いいってことよ。駄賃貰ってるしな。

 …天然物の大気圏あるのか。今時珍しいな。

 ラドクスが人工大気圏になって何年だ?」

「5万1432年だ」

「シンプルに考えると、この星は5万年ちょい文明が遅れてるわけか…。

 …知的生命体いるか?この星」


 ………その可能性をまるで考えてなかった。

 居るよな、ホモ・サピエンス?大丈夫だよな?ちゃんと社会築いてるよな?

 この青さを見るに、とっくの昔に滅んでるなんてことはないだろうが、戦国時代とかだったら泣く。

 そう思っていると、ふと地球の周囲を漂う人工衛星が目についた。

 作りが古い。ラドクスじゃ歴史の教科書に載ってるくらい旧式のやつだ。

 しかし、状態を見るにまだ新しい。

 ということはだ。少なくとも1900年代後半は過ぎている。よかった。


「居るぞ。周囲に人工衛星が見えるだろ」

「お、確かに…って博物館に写真だけ残ってるレベルの旧式じゃねーか!?

 おいおい、あれデブリじゃねーよな!?」

「よく見ろ。状態が良すぎる。作られたのは最近だ」

「うっわ、マジだわぁ…。本気でこんな星で休職期間過ごす気か…?」

「なんだ、文句あるのか」

「いや、さぁ…。もっとこう、あるだろ。

 惑星ザバンでバカンスとかよぉ…」


 惑星ザバン。宇宙でも有数のリゾート星だ。地球で言うハワイとかグアムみたいなもの。

 しかし、今回の目的は魂の里帰り。

 バカンスでは得られない安堵を感じるため、ここまで来たのだ。


「この様子じゃ、他の星との交流なんてまるでないクソ田舎だろ…?

 正体隠さないと面倒なのもあるが、そもそも宇宙船停めるトコあんのか…?」

「ないだろ。下手にこっちの技術を使って降り立てば、騒がれて攻撃される可能性だってあるぞ」

「……ってなると」

「パワードスーツを着用しての大気圏突入だな」


 ラドクス星人は地球人よりは頑丈だが、生身で大気圏突入からの墜落は流石に死ぬ。

 そのため、諸々の衝撃に耐えられるスーツを着て大気圏に突入する必要がある。

 パワードスーツを着るのなんていつぶりだろうか。最近は椅子に座ることが仕事になってたから、かなり久しぶりな気がする。


「ばっ、頼むから死ぬなよお前!?お前が死んだら俺の責任になるんだからな!?」

「心配するな。今時のスーツは、天然の大気圏に突入したくらいで壊れるような作りはしてない」

「そ…、そりゃ、そうだろうけどよ…」


 こう言えば黙ってくれるには信頼を勝ち取っててよかった。信頼って大事。

 グローブ型デバイスを起動し、ホログラムを映し出す。わかりやすく言うと、国を代表できる青ダヌキのポケットとスマホが合わさったもので、ホログラムはその画面みたいなものだ。

 映し出されたのは、私が作った5着のスーツ。仕事では使わないのに、整備、更新を繰り返していた趣味の品だ。

 …よし、決めた。

 白のパワードスーツが映るホログラム目掛け、デバイスを着けた手を突っ込む。

 瞬間。デバイスから肌を飲み込むようにスーツが構築され、私の体を覆った。


「あれ?少佐、軍のはどうした?」

「『休職中は軍に預けとけ』だと」

「えぇー…。スーツがないとどうにもできないトラブルあったらどうするんだよ…」

「今時、軍属で自分用のスーツも持たないやつなんていないだろ」

「…確かに」


 感度良好。動作も問題ない。日々のメンテナンスの賜物だ。

 私は宇宙船の後部に続く扉の前に立ち、ここまで運転してくれた彼に軽く頭を下げる。


「改めて。私がいない間は頼んだぞ、大尉」

「へーへー」


 最後の仕事、終わり。

 扉を潜り、ハッチを開ける。

 家庭用の宇宙船に射出用カタパルトなんて大それたものはない。

 スーツのバーニアを起動し、宇宙へと出る。

 スーツのカメラ越しとは言え、間近で見る地球。

 私の、魂の故郷。私の、帰りたかった場所。

 万感の思いに胸を躍らせながら、私は速度を上げ、大気圏突入の姿勢に入った。


「っと、ステルスはちゃんと起動しとかないとな」


 隕石だなんて騒がれても面倒くさい。

 降り立つ先は決まってる。

 前世の故郷、日本。

 久々に米が食いたい。味噌汁が飲みたい。

 宇宙での食事は軒並みビジュアルが最悪だ。美味いには美味いが、やはりあの素朴な彩りが恋しい。


「………ああ、日本だ」


 大気圏を越える。雲を越える。

 空から見たことなんてない故郷。記憶の地図と変わらないそれが目の前にある。

 体勢を変え、バーニアを起動して速度を殺す。

 日本よ、私は帰ってきた。

 そう言って、着陸しようとした瞬間だった。


 どこからか極太の光線が飛んできたのは。


「は!?!?」


 あまりに咄嗟のことで躱すことができず、私に直撃するそれ。

 なんだ?バレたのか?そもそも光線兵器なんて、この時代の地球にあったっけか?

 さまざまな疑問がよぎるも、慌てて現状を整理する。

 現在落下中。落ちる先は日本本土じゃなく、海。誰かに狙われているのかもわからない。

 体勢を整え、逆噴射…は間に合わない。このまま海に落ちるしかない。畜生。

 一際大きい音と衝撃、そして着水。それが私の魂の里帰り第一歩だった。


 私を襲った光線の正体が「魔法」だと知るのは、それから数時間後のことだった。

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ソラの魔法使い 〜宇宙人転生者が地球に帰ったら、魔法が存在していた〜 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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