ゾンビにならずに済むたった一つの方法
涼風紫音
ゾンビにならずに済むたった一つの方法
「男なんだからバシッとしなさい、バシッと」
黒髪三つ編みお下げの眼鏡少女、上条沙織さんから見下ろされるのは、こういう状況じゃなければきっともう少し違う気持ちで受け止められたかもしれない。
「そんなこと言ってる場合かよ」
世界はすっかり終末を迎えていた。映画やドラマで散々お馴染みのアレ=ゾンビの感染が広がって、このあたりは一面ゾンビだらけ。生きている人間がいるのかどうかもわからない。スマホは逃げる途中で落としてしまった。
「こんな場合だからでしょ。そうでもしないと君はいつまでもハッキリしないんだから」
沙織さんは二階建ての家の屋根の上、そして僕はその家の庭にいる。壁や門にはゾンビが群がってウーだかワーだか唸っていた。すぐに乗り越えられたりはしなさそうではあるけど、門はさっきからミシミシ音を立てて曲がり始めていた。
「ハッキリも何も、二日前に会ったばっかりじゃないか」
ゾンビに追われながらあちこちの店からちょいとサバイバルに必要なものを失敬しては逃げる日々。その中で出会ったのが彼女、沙織さん。サバサバした性格の自称文学少女。
「男と女なんて二日もあれば分かり合えると思うけど」
首を右に左に動かしてはゾンビが入ってこないかビクビクしている僕に、ピシャリと言う。しかも屋根の上で腰に手を当てて仁王立ち。スカートだったらいろいろ見えちゃいますよ。スカートじゃないけど。
「沙織さんが賢いのはわかったから、少しは周りを見てよ」
この家に逃げ込むようにして駆けこんだ時、沙織さんはさっさと先に門を潜ると、梯子を使って屋根の上へ。そして、僕を待つことなく梯子を引き上げてしまった。
それというのも、二日前に僕たちが出会った時、沙織さんは一目見るなりこう言った。「このあたりで生き残っているのは私たちだけみたいだし、恋人になりましょ」と。
もちろん無茶苦茶な話だと思った。もしくはゾンビだらけの街の中で、精神が参ってしまっているじゃないかって。誰だっていきなりそんなことを言われたら同じことを思うだろうし、僕は何も間違っていないと思う。
「私は最初にはっきり言ったけど?」
沙織さんはまたそんなことを言う。はいはい、はっきり言われました。でもさ、いきなり恋人になりましょと言われてはいそうですかなんて答える? 心の準備とかいろいろあるでしょ。
「二日も待ったの。据え膳食わぬは男の恥って言葉、知らないの?」
それ誘った本人が言う言葉です? それよりなにより、食うか食われるかってまさにいまの僕がそうなんですけど? ゾンビさんたちがおいしそうにこっち見てますけど?
「知ってる知ってる。知ってるから!」
「なら答えは一つじゃない」
眼鏡をくいっと指で整えてすっかり勝ち誇った顔の沙織さん。それにしても、こんなことする? 好きな男に?
そういえば最初に会った時だって、ゾンビの大群からチャリで逃げようとしたら、「まだ持って行きたい本があるから」とか言って散々な目にあったのだ。二人乗りでも十分重いのに、何冊もの本の重さがオン。あれほど真剣に自転車漕いだことなんて、ない。
「あー、ほら、もうゾンビ入ってきちゃうから、ね?」
振り返って見ると、門はすっかり歪みまくり。次から次へ押し寄せるゾンビさんが折り重なって、すっかり重量オーバー。もういつ決壊するかわからない。
「だからいますぐ答えて、ね?」
小悪魔のような笑みとはまさにこのこと。いや、もう悪魔的笑み。いや、悪魔。鬼か悪魔のような所業。ゾンビの群れの中に僕を一人置き去りにして、なんてことを言うんだろう。
「ところで、今日は何の日でしょうか?」
何? そんなのわからないけど? スマホ落としてから何日経ったかもわからないのに。僕がゾンビになりそうな日とか? いや、なりたくないですよ?
「今日はクリスマスでしたー。だ、か、ら、素敵なプレゼントが欲しいんだけど……。くれないと……」
「……くれないと?」
「こうしちゃう」
沙織さん、どこで拾ってきたのか、石をゾンビに向かって投げ始めました。ゾンビを刺激しないで! 暴力反対!
「ドイツではね、サンタさんは二人いるんだって。みんな知ってる赤いサンタさんと、みんな知らない黒いサンタさん」
クリスマス豆知識……。要らない。いまそれは要らない。梯子下ろしてください。お願いします。
「悪い子を棒で打ったり、石をプレゼントしたりするんだって。ループレヒトって言うから覚えておいてね」
ゾンビになっちゃったら忘れますよ? 脳みそだって腐るんだし。腐るんだよね?
「君のいまいちばん欲しいものは何かな?」
サンタさんごっこ? こんな時に? 沙織さんマイペース過ぎ。もうゾンビの腕とか門からこっちに伸びてきてますけど?
「梯子! 梯子ください!」
僕も必死だ。必ず死ぬ? 死にたくない。必死ってそういう意味じゃないからね?
「では問題。私がいまいちばん欲しいものは何かな?」
ええ、わかってます。わかってますよ。言えばいいんですよね。
「沙織さん……、付き合ってください!」
選択の余地なくないですか? それ以外なんて答えれば良いのでしょう?
「はい、よくできました」
この時の沙織さんの嬉しそうな顔と言ったら、たぶん一生忘れないと思う。ゾンビにならなければ、だけど。
「ではプレゼント、どうぞ」
梯子がするすると屋根から下ろされる。
僕は全力でそれを登り、屋根に着くとすぐに梯子を引き上げる。さっきまで僕がいた場所には、門を突破したゾンビたちが雪崩れのように、吹き寄せる落ち葉のように次々とダイブしていた。まさに危機一髪。
「これで晴れて私たちは恋人ということで、次はどうしようか?」
屋根の上に大の字になって荒く息を吐く僕に、沙織さんはそう言った。は? 次?
「私は君という最高のクリスマスプレゼントを手に入れたし、あとはもうどうなってもいいかなって思うんだよね」
へ? 僕はまだどうなっても良くないんだけど。沙織さんだって良くないのでは? それとも本人が良いと言っているから良いのかな? もう僕の頭はいっぱいいっぱいですよ。
「沙織さんは、恋人らしいこととか、その、しなくていいんですか?」
しまった。なんてことを口走ってしまったんだろうか。これでは本当に据え膳なんとやらじゃないか……。
「君もようやくその気になってくれて、私はとっても嬉しいよ。これも吊り橋効果ってやつかな」
そう言うが早いか、僕の上に覆いかぶさってキス。さっきまでゾンビに噛まれそうだったのに、いまは沙織さんの暖かい唇がとっても生きてるって感じがした。それにしても吊り橋効果とか自分で言ったら駄目なのでは?
「さて、本当にここから、どうしようか?」
満面の笑みの沙織さん。どうしよう? もうこの家はすっかりゾンビに囲まれているわけで、ここは屋根の上。僕たちは無事生き延びることができるのだろうか。小さな庭に一本だけ生えていた大木はメキメキと音を立てて裂けていった。
「どうにかして逃げないと駄目だと思うんですけど……」
それ以外にないと思います、はい。恋人だろうがなんだろうが、それが最優先。クリスマスツリーになりそうな木も倒れちゃったしね。
「それじゃ、連絡してみるね」
そう言ってスマホを取り出す沙織さん。って、沙織さんスマホ持ってたの? 誰に連絡するの? もしかして助けが来るなら、近くに生きている人がそれなりにいるのでは?
「それじゃ一晩、ここで過ごしましょ。二人だけの夜。ゾンビさんがちょっとうるさいけど、明日には他の人が来ちゃうからね」
ささっと通話を終えた沙織さん。もう何をどうやっても僕は沙織さんには勝てないんだなと、悟りまくりです。一生ついていくって、決めました。
ゾンビにならずに済むたった一つの方法 涼風紫音 @sionsuzukaze
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