第8話 現実バウンダリー
エミリーのアカウントを作ってから、半年ほどが経っていた。
エミリーは少しずつ認知され、
フォロワー数は二千を超えていた。
孤独な多肉植物の恵美は、もういない。
いるのは、花のエミリー。
大学では、相変わらずひとりだった。
けれど、関係ない。
私には、たくさんの“友達”がいる。
それだけで、恵美は満足だった。
——その時だった。
「ねぇ、このエミリーって、日下部さん?」
食堂のカウンターでランチを食べていた恵美に、
同じゼミの学生が声をかけてきた。
その手には、スマートフォン。
画面には、エミリーのアカウントが映っている。
「え……あっ……」
(この子の名前、なんだっけ)
頭が真っ白になり、恵美は不自然に視線を泳がせた。
「で、この“エミリー”って、日下部さんなんでしょ?
服、同じだもん」
(……バレた)
心臓が、止まりかける。
冷や汗が背中を伝い、体温が一気に下がった。
「加工、すごいねー。
全然、別人じゃん! キャハハ!」
大きな笑い声が、食堂に響く。
その瞬間、恵美の中で、何かが弾けた。
「“エミリー”は、私だから!
人気あるから、気に入らないの!?」
自分でも驚くほどの大声だった。
——シン。
恵美の声で、大学の食堂は静まり返った。
「でもさ、日下部さんって、大学ではいつも“ひとり”だよね?」
鼻で笑い、見下すように言うゼミの学生たち。
恵美は、何も言い返せなかった。
ただ、俯く。
その手の中で、
スマートフォンだけが、鳴り続けていた。
──────終わり。
現実バウンダリー 余白 @YOHAKUSAN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます