言わされる苦痛
島尾
だいぶ昔のこと
薄いとも濃いともいえない変な黄色の電球がついている風呂で、父親に聞かれた。「お父さんのどこが好きだ?」と。「全部」と答えた。
私は、この世で父親より憎んでいる存在はない。攻撃してくる敵であり、私の心を破壊しにくる怪物である。そういうことを直接言えるわけもなく、「好きか」と問われたら「好きだ」と答える他なかった。古い風呂場だった。土壁、床は石のタイル、電球を覆うガラスが矢鱈と彫られて装飾されていた。幼いころだったので、田舎臭い雰囲気が嫌であり、どことなく怖いものだった。父親ではない別の親族と入るときも、その小さな怖さを感じていた。今では何も思わないが、当時の鋭敏な感覚だけを覚えている。今思えば、幼い自分はあまりに不自由だった。
コントロールされる不快に耐えることができる人もいれば、抗う人もいるだろう。いずれにしろコントロールされたくないという気分の表れである。だが、初めてバイトをしたときに知った。全く何も知らない状態においてはコントロールされる以外になく、不快感情が生まれる余地もないと。もしも父親が好きか嫌いか分からないと断言できたならば、「好きだ」と呟くことは苦でも快でもなかっただろう。そんな自分にならなくて良かったと思っている。
この年齢になって、子供が子供らしく見えてきた。彼らを制御しようとする親の気持ちが少しは分かる気がする。彼らは最初何も知らないが故、何も制御しなければ死に向かうだろう。そして彼らは時間とともに成長し、日本語をしゃべり、学校に行って友達と遊ぶようになる。この時期においても親が制御をやめない場合が私の父親だった。失敗すると過剰に叱られたこと。説教を何時間も聞かされたこと。何よりも「好きだ」と言うしかなかったこと。なぜ好きなのか。理由がないことに明確に気づいたのは27のときだった。ずっと首を絞められていた。
生みの親と育ての親が別々だったら良かった。また、社会にそういう常識が根付くと、私の幼少期と似たように苦しむ子供が減少するのではないかと思う。
言わされる苦痛 島尾 @shimaoshimao
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