第2話:クリスマスイブ

 12月24日。

 クリスマスイブ。

 私は残業を終えて、駅前のローソンにいる。

 午後8時。

 街はカップルだらけで、イルミネーションが目に痛い。

 みんな幸せそうな顔をして、ケンタッキーのバーレルとか、ケーキの箱とかを抱えている。

 私は、Lチキ(旨塩)を注文した。

 これが私のイブのチキンだ。

 220円。

 安い。

 でも、揚げたての油の匂いだけは、どんな高級フレンチにも負けないくらい食欲をそそる。

 ……負け惜しみだけど。


 店を出て、寒空の下でLチキにかぶりつく。

 肉汁が溢れて、口の端についた。

 熱い。

 そして美味い。

 ジャンクな味が、疲れた体に染み渡る。

 虚しさと塩分が同時に押し寄せてくる。

「……何やってんだろ、私」

 独り言が白い息と一緒に消えていく。

 本来なら今頃、夜景の見えるレストランで「美味しいね」なんて言い合っているはずだった。

 23歳って、そういう年齢じゃないの?

 一番キラキラしてる時期じゃないの?

 なんでコンビニ前で、一人でチキン食べてんの?


 スマホが鳴る。

 ケンジからだ。

『お疲れ。今終わった』

『俺もコンビニでチキン買ったわ』

『ファミチキな』

 奇遇だ。

 私たちはコンビニチェーンこそ違えど、同じ惨めさを共有している。

『明日のネカフェ、予約した?』

 催促のLINE。

 自分じゃやらないくせに、こういう面倒なことは私に押し付ける。

 イライラしながら、私は検索した電話番号にかける。

「はい、コミックバスター〇〇店です」

 店員さんのやる気のない声。

「あの……明日の午後から、ペアシート空いてますか?」

「明日ですか? クリスマスですよね?」

「……はい」

「少々お待ちください……」

 保留音のメロディが、ジングルベルだった。

 皮肉かよ。

「あー、喫煙席なら空いてますけど」

「禁煙は?」

「満席ですね」

「……じゃあ、喫煙でいいです」

 予約完了。

 クリスマスのデート場所、喫煙ペアシート。

 タバコの匂いが充満する密室で、二人で漫画を読む。

 終わってる。

 底辺カップルの極みだ。


『予約したよ。喫煙だけど』

 ケンジに報告する。

『おー、サンキュー』

『安上がりで助かるわ』

『浮いた金で、なんか美味しいもん食おうぜ』

 美味しいもんって何?

 回転寿司?

 それとも牛丼に卵つけるとか?

 こいつの「美味しいもん」の基準が低すぎて、期待するだけ無駄な気がする。


 家に帰ると、部屋が冷え切っていた。

 暖房をつけても、なかなか暖まらない。

 築40年の木造アパートは、外気とほぼ同じ温度だ。

 コタツに潜り込む。

 テレビをつけると、明石家サンタがやっている。

 不幸な話をして、鐘を鳴らしてもらう番組。

 私も電話しようかな。

「クリスマスに彼氏とネカフェ喫煙席です」

 鐘、鳴るかな。

 いや、今の御時世、そんな貧乏カップルは珍しくないかもしれない。

 不幸のレベルとしても中途半端だ。

 もっと劇的な不幸じゃないと、商品ももらえない。

 私はただの、ありふれた貧困層の一人にすぎない。


 Lチキの包み紙をゴミ箱に捨てる。

 油が滲んで、透き通っている。

 私の人生も、こんなふうにペラペラで、脂っこくて、中身がないのかな。

 明日のデートが楽しみなんて、口が裂けても言えない。

 ただ、一人で過ごすよりはマシだという、消去法的な安心感だけがある。

 それが「愛」じゃないことくらい、私だって分かってる。

 でも、愛じゃなくても、温かければ何でもいいや。

 そう思って、私は冷たくなった布団にくるまった。

 隣の部屋のカップルの笑い声が、壁越しに聞こえてきた。

 壁ドンしてやりたい衝動を抑えて、目を閉じた。


(つづく)

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