【短編】23歳のクソクリスマス

月下花音

第1話:クリスマス前

 12月20日。

 給料日前の冷蔵庫は、私の人生と同じくらい空っぽだ。

 入っているのは、賞味期限切れの納豆、しなびたキャベツの芯、そしていつ買ったか覚えていないチューブのわさびだけ。

 これが、東京で一人暮らしをする23歳OLのリアルだ。

 手取り19万。

 家賃と光熱費とスマホ代と奨学金の返済を引いたら、手元に残るのは雀の涙。

 そこから美容代だの洋服代だのを捻出できるはずもなく、私の見た目は日に日に劣化していく一方だ。


 スマホを取り出す。

 画面にヒビが入っている。

 先月、満員電車で圧迫されて割れた。

 修理代が出せなくて、そのまま使っている。

 スワイプするたびに指先に引っかかる感触が、貧乏を突きつけてくるようでイライラする。

 インスタを開く。

 やっぱり見なきゃよかった。

 大学時代の友人、サヤカの投稿。

『婚約しました♡ 6月にハワイ挙式です! みんな来てね!』

 左手の薬指に輝く、給料3ヶ月分くらいのダイヤの指輪。

 背景は夜景の見える高級レストラン。

 完璧だ。

 完璧すぎて殺意が湧く。

 ハワイ?

 旅費いくらかかると思ってんの?

 ご祝儀とドレス代とヘアセット代で、私の1ヶ月分の給料が吹っ飛ぶ計算だ。

「……おめでとう」

 口に出してみたけど、声が震えていた。

 呪いの言葉みたいになった。


『ピロン』

 LINEが来た。

 彼氏からだ。

 彼氏と言っても、付き合って3ヶ月。

 大学のサークル同期で、なんとなく流れで付き合うことになった、腐れ縁の延長みたいな関係だ。

 名前はケンジ。

 中小企業の営業マン。

 手取りは私よりちょっと多いくらい。

『クリスマス、どうする?』

 短文。

 絵文字なし。

 どうするって、何が?

 プランとか考えてないわけ?

 普通、予約とかするでしょ、この時期。

『どこも高いし、混んでるしなー』

 追撃のメッセージ。

 こいつ、最初から金使う気ゼロだ。

「どこも高い」って、最初から高級店なんて期待してないし。

 せめて普通のイタリアンとか、居酒屋でもいいから個室とか、そういう選択肢はないの?


 ため息をつきながら、スーパーのチラシの裏に書き殴った家計簿を見る。

 今月の残金、8000円。

 クリスマスに使える予算なんて、本来ならゼロだ。

 ケンジのことは言えない。

 私も金がない。

 貧困カップル。

 響きだけで悲しくなる。

「……家にする?」

 送信ボタンを押す指が重い。

 また家デートか。

 代わり映えのしない、築40年の木造アパートで、スーパーの惣菜食べて、Netflix見て終わるクリスマス。

 サヤカのハワイ挙式との落差にめまいがする。


『家かー。寒いしなー』

 は?

 何様?

 お前のアパートだって隙間風すごいじゃん。

『じゃあ、どこ行きたいの?』

 イライラを抑えて返信する。

『んー、ネカフェとか?』

 ……ネカフェ?

 クリスマスに?

 23歳のカップルが?

 正気か?

『ペアシートなら安いし、漫画読めるし』

 本気だ。

 こいつは本気で言っている。

 ロマンチックの欠片もない。

 でも、悲しいことに、その提案に「あ、それなら予算内に収まるかも」って一瞬でも思ってしまった自分がいる。

 プライドと貧困の天秤が、音を立てて崩れ落ちた。

「……分かった。混んでるかもしれないけど」

 了承のスタンプ(無料のやつ)を送る。

 私の23歳のクリスマスは、漫画喫茶の暗闇の中で、誰かの手垢がついた漫画をめくるだけで終わるみたいだ。

 サヤカの指輪の輝きが、ヒビ割れたスマホの画面越しに、私をあざ笑っているように見えた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る