姿勢の良いヴィクター
雉 るし
第1話 歴史言語学を教える大学教授
ヴィクターはいつも姿勢が良かった。
アメリカでは「ヴィクター」と名乗った。
普段は、機械の様に正確なルーティンをこなして生活していた。
朝起きて、身支度を整え、月曜日の今日は講義のため大学に行く。帽子を被り、サングラスを掛け、服装は大体黒。黒髪と黒い瞳に透き通る様な白い肌。見た目は学生に見える。が、実際は依頼されてここ五年程、歴史言語学の教鞭を執っている。
講義の後、研究室に顔を出しても長居はしない。学生たちが次々と質問に来ても、ヴィクターの頭の中に既に答えはあるので対応はすぐ終わる。そもそも、研究室の中の資料で済むはずだ。自分で探したまえ。家に戻り、各国の支援者に手紙を書く。『そろそろここに住むのに飽きてきた。移動の際は手助けを頼む』と。
一日に一回の
火曜日は家から出ずに、ずっと翻訳の仕事。ラテン語由来の諸国の言葉を、右から左へ。左から右へ。
言葉はゆるゆると、あるいは急に変化して行くのが見て取れて面白い。
午後は校正原稿をチェック。校閲者からの、間違いかも知れないと指摘された箇所に、『間違いではなく、地域と時代背景を鑑みれば、これが正しい』と返答を書き込む。これは脚注も必要だろう。
水曜日は映画の撮影現場へ。言語指導、監修。関わった作品には、エキストラに混じってカメオ出演することにしている。着替えて、化粧をしたりするのが少し面倒だ。
監督が一言台詞をよこした。気に入ったので受けて、移民風に発音した。あぁ、少し昔を思い出した。帰宅。
休むにはまだ時間が早かったので、スペインで今流行っている小説を読んだ。世界中の文章がネットでいつでも読める。なんて便利な時代になった事か。
木曜日は音楽大学で発音指導。オペラで用いられる多言語を指導する。
指導自体は厭わないが、女子生徒の香水やシャンプーなどの香りがヴィクターには強すぎる。距離を取り、声をかける。男子生徒の体臭のキツいのもまた辛い。嗅覚は年々研ぎ澄まされる気がする。
金曜日は自著の編纂。はるか以前に書き上げた古い対訳辞典を、言語と時代に分けて、パソコンで纏め直している。
これから長い間使うことを考えて、自由度の高いフォーマットを使っているが、何しろ量が多過ぎる。先が見えない。時間はヒトより膨大に持っている。手を惜しまず、美しく仕上げたい。
元の資料を読んでいると、いろんな思い出が蘇ってくる。
土曜日は街に出る。映画を見たり、音楽を聴いたり、美術館に行ったり。夕方からは、クラブ・マガのジムにも通っている。護身術は大事だったし、これからも必要だ。何回か前の引越しで辞めてしまったジュウドーを再開するか、いやカラテがいいか。どれほど鍛えても筋肉は育たない身だから、アイキドーの方が合理的か。
日曜日は予備日。人に会ったり、各日の残務を片付けたり。そろそろ大学の定期試験の準備をするべきか。どんなに長く生きていても、やる事があるうちは時間の経過が早い。また、何もしない日々を過ごすのもいいな。
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