騎士団、独り。

@5diva

騎士団、独り。

 王国は敗れた。騎士団は全滅した。帝国軍は蹂躙と略奪と破壊の限りを尽くし、王都は瓦礫の原となった。唯一生き残った騎士の男は、呆然と立ち尽くした。


 男は、騎士団の席次七位であった。幹部でこそあるものの、実力では劣る自覚があった。戦になれば、真っ先に自分が死ぬだろうと覚悟もしていた。


 だが、男は死ななかった。実力でも人格でも優れた六人の上位騎士が、男を生かした。団長と副団長は、十倍の数は下らぬ帝国の大軍勢に正面から突っ込んでいった。一番隊長は、敵の精鋭部隊を一手に引き受けた。切込隊長と遊撃隊長は、敵将を討ち取るため、少数での危険な奇襲作戦を買って出た。城の守りを任された守護隊長は、膝の震える男をかばい、おおいかぶさった。


 かくして王国は敗れた。騎士団は全滅した。暴威が吹き荒れて更地となった王都に、ただ立ちすくんでいた男は、三日三晩の後に動き出した。無人の広場で、瓦礫の中から剣を掘り起こす。ぎこちない動きで刃を振るい始める。


 騎士団長の抜剣は、誰よりも速かった。副団長の構えは、決して揺るがなかった。一番隊長の斬りは、驚くほど力強かった。遊撃隊長の踏み込みは、地を揺るがすほどだった。切込隊長の突きは、あまりにも鋭かった。守護隊長の納剣は、あとに微塵の隙も残さなかった。


 六人の上位騎士の得意技を、それぞれなぞる。一通り終わったら、最初から繰り返す。何度も、何度も。それは鍛錬か。鎮魂の演舞か。あるいは贖罪という名の自己満足か。男自身も分からなかった。


 日が沈み、夜が更け、頭上に月が昇るまで繰り返す。気絶するように眠りに落ちて、夜明けとともにまた剣を振り始める。それを来る日も来る日も繰り返す。


 剣を振り始めてから、おそらく三度目の満月。何者かが、男の前に現れた。何事かを叫んでいる。男の耳には、届かない。いつものように剣を振るう。団長の抜剣、副団長の構え、一番隊長の斬り、遊撃隊長の踏み込み、切込隊長の突き、守護隊長の納剣。月下の廃虚に断末魔の絶叫が響き、血飛沫が舞った。


 およそ百日ぶりに、男は我に返った。眼前に斃れたのは、帝国騎士。それも、騎士団長の命を奪った仇だった。


(了)

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