籠球戦国伝(ろうきゅうせんごくでん)
鷹山トシキ
第1話 北条早雲君臨
文明二十三年、相模の海を越えて吹き抜ける風には、潮の香りと共に「革」の匂いが混じっていた。
伊豆・堀越御所。そこは足利茶々丸という病んだ野心が支配する、停滞したコートであった。その静寂を切り裂いたのは、北条早雲――当時はまだ伊勢新九郎と呼ばれていた男の、静かなる合図だった。
「伊豆の者たちよ。これより、新しい時代の『流れ』を見せてやろう」
早雲の合図と共に、修善寺の闇から五百の軍勢が静かに、しかし統制の取れた速さで展開した。それは単なる夜討ちではない。歴史上、最も苛烈で最も合理的な**「伊豆討ち入りファストブレイク」**の幕開けであった。
早雲は、自軍のゴール下(守備陣形)に深く入り込み、攻め寄せる堀越軍の放った「鈍い攻撃(シュート)」を、その鋭い眼光で完全に見切った。
「甘い。時代を読んでおらぬな」
早雲の右手が、空中で弾かれた「機」を確実に掴み取った。着地した瞬間、彼の視線はすでに遥か彼方、敵陣の最奥――すなわち、茶々丸が鎮座する本丸のバスケットへと向けられていた。
「放て」
早雲の全身のバネが、一気に解放される。
彼が繰り出したのは、ただの投擲ではない。後に戦国バスケの戦術を根底から覆すことになる、一撃必殺の**「北条式超長距離火牛パス(アウトレットパス)」**。
球は、伊豆の険しい山々を飛び越え、霧を切り裂き、重力に抗うように放物線を描いた。堀越の守備兵たちが呆然と空を見上げる中、その球は一点の曇りもなく、敵陣に潜り込んでいた先鋒の懐へと吸い込まれた。
「……何だと!? 誰も走っていないはずだぞ!」
茶々丸が叫んだ時には、すでに遅かった。
早雲は、自ら前線に走ることなく、後方から「組織」という名のパスで敵を射抜いたのだ。球を受けた兵たちは、一切の無駄なドリブルを排除し、早雲の設計図通りにレイアップを沈めた。
これが、古い権威を置き去りにする、早雲の「下剋上バスケ」の正体であった。
夜が明ける頃、堀越御所のコートには、北条の「三つ鱗」の旗がはためいていた。早雲は、自らの手で放ったパスの余韻を確かめるように、静かに指先を見つめた。
「伊豆の主、茶々丸。お前の罪は、守備を疎かにしたことではない。……次の一投が見えていなかったことだ」
早雲は一歩踏み出し、自らが生み出した新しい風を肺いっぱいに吸い込んだ。小田原へ、そして関東平野という広大なコートへ。彼の長距離パスは、まだ始まったばかりであった。
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