勇者さん、追放はイヤです

大地礼賛

第1話 パーティ追放?宣言

いつもの賑わいを見せる酒場の片隅で___


「あなたはもう、パーティ追放よ!追放!」

勇者・ロミナはテーブル向かいの魔法使いに言い放った。


「いつまでも冒険者ランク低いし!

 初期魔法もロクに使えないし!

 その割に仲間にちやほやされてるし!

 なんかいい匂いするし!

 これじゃいつまでたっても魔王討伐に行けないわ!

 だから追放!」

突然のロミナの発言に驚く、仲間の盗賊と神官。


魔法使いはグラスを両手で抱え込み、ロミナの金髪が酒灯りに揺れるのを見つめた。

追放と言われても具体的な当てはない。Dランクの自分が野垂れ死ぬのは目に見えている。


「そんな……他に行く当てないのに」

魔法使い・ホムルは震えた声を絞り出す。


酒場のざわめきが一瞬途切れ、盗賊と神官が息を呑むのがわかる。

ロミナは背筋を伸ばしビールの泡を弄びながら聞いていたが、ホムルの一回り小さな肩幅と怯えた瞳を見た。

年若いホムルが縮こまると、まるで叱られた子供のように見える。


「な、なんでそんな目で見るのよ…」

酔いで揺れる視界の中でもホムルの姿に胸が締め付けられる感覚を覚えた。

ロミナはエールを一口飲んで気持ちを落ち着けようとする。


ホムルは震える指でテーブルの木目を掴み、不安げに天井の篝火を見上げた。

( えっと…今すぐ追放?)

心臓が喉元まで跳ね上がり、空腹が胃袋を締め付ける。 魔法の研究費や装備品の借金を考えると血の気が引いた。

足元の埃が揺れて現実を突きつけられ、彼は無意識にグラスを握りしめた。

明日からどうやって食料を調達すれば…盗賊や神官との共同購入資金さえ危うくなるのに。

額に脂汗が浮かび、追い討ちをかける孤独感に膝が崩れそうに細かく震えている。


ホムルのあまりに困り果てた様子を見てロミナは慌てた。

「ち、違うの!追放っていうのは…その…急すぎたかも

 ただ、あなたがもっと強くなってくれないと魔王討伐なんて夢のまた夢なの!」


ホムルは俯いたまま、膝の上に置いた自分の掌をじっと見下ろしていた。

乾いた指先がわずかに震え、無意識に互いを絡ませたり離したりを繰り返している。

テーブルクロスの端を摘んでは引っ張り、また別の糸屑を弄ぶように指の間に挟んで、ぱっと離す動作を延々と続けていた。

天井の篝火がかすかに揺れ、影が彼の怯えた横顔を歪ませている。


ロミナはホムルの指遊びを見つめて胸がキュッと痛み、酒場のざわめきが遠くなったような錯覚を覚えた。

「もう…そんな風にされると言いにくいんだけど…

 強くなる覚悟はあるの?それなら明日から特訓してあげる

 強くなるなら追放も考え直してあげるわ」


ホムルは涙ぐんだ目をゆっくりと上げ、唇を震わせて感謝の言葉を絞り出した。

「あ、ありがとうございますぅ」

ロミナの酔った顔が近づくと、酒の匂いとともに彼女の焦燥と期待が混ざった微妙な感情が漂ってきた。

しかしすぐに俯き加減に戻り、指先を絡ませながら続けた。

「でもロミナさん、魔法苦手ですよね?」


酒場のざわめきが突然遠くなり、神官が微かに肩を震わせた。

ロミナの金髪が揺れ、酔いで赤らんだ頬がさらに熱を帯びる。

一瞬の沈黙が流れ、ホムルの弱々しい声が灯りの下で消えていった。

盗賊が肘で神官を突き、神官は俯いたまま無言で首を振った。


「今のあなたより使えるに決まってるでしょ!」

ホムルはロミナの剣幕に怯え、喉が詰まって小さく「ひっ」と声を漏らした。

酒臭い怒気が迫り、金髪が炎に揺れる威圧感に足がすくむ。

逃げ場を探すように視線を泳がせ、盗賊と神官の方へ必死に助けを求めた。

盗賊は眉をひそめ酒杯を置き、困惑した表情で近づこうとするが、神官は俯いたまま長い睫毛を震わせ、弱々しく首を振るだけだった。

ホムルの肩が小刻みに震え、酒場の喧噪が耳に刺さる中、孤立感が胸を締め付ける。

それでも盗賊が袖を引く素振りを見せた瞬間、ほのかな希望が胸を掠めたが、神官の沈黙がその期待を打ち砕いた。


ロミナは酔いと怒りで顔を真っ赤にしながらも、ホルムの怯えた様子に気づいて少しトーンを落とした。

「ちょ、ちょっと怒りすぎたかも…ごめん

 みんな黙ってないで何か言いなさいよ!」


ホムルは息を潜め、肩を丸めて縮こまった。

ロミナの怒鳴り声と盗賊たちの沈黙が酒場の喧噪に飲み込まれていく。

ホムルの指遊びは止んでいたが、今度は拳を固く握りしめ、掌に爪の跡がくっきりと刻まれている。

ロミナが盗賊と神官に詰め寄る様子を、彼はじっと俯いたまま見つめた。

酒臭い空気に混ざるのは自分の香草の匂いだけだ。


ロミナは何も言わない仲間たちに対して当惑しながらも、エールのジョッキを握り直した。

「もういいわよ…

 特訓するって言ったけど、明日からだから。今日だけは飲ませて…」


その時、ホムルは俯いていた顔を勢いよく上げた。

その顔は決意に満ちている。

椅子から飛び上がる勢いで立ち上がり、拳を握りしめて叫んだ。

「はい!ボクは頑張ります!ロミナさんいっぱい特訓してください!」

その大声に驚いて、近くのテーブルで談笑していた客たちが一斉に振り向いた。

ホムルの興奮で椅子はガタンという大きな音とともにひっくり返った。

酒場全体が急に静まり返り、神官が目を見開いて身を乗り出し、盗賊は呆然と口を開けた。

ロミナは酔いと戸惑いで眉をひそめ、赤らんだ顔に困惑の色が浮かぶ。

香草の残り香が酒臭い空気の中でかすかに漂い、ホムルの荒い息遣いだけが響いた。


「ちょ、ちょっと!そんな大声出さないでよ!みんな見てるじゃない!

 ま、まぁ…やる気はあるみたいね」

「明日は何時に集合で?何を準備します?武器ですか?魔法ですか?」


ホムルは興奮のあまり前のめりになり、早口で矢継ぎ早に質問を浴びせた。

瞳孔が大きく開いた青い目に熱意が宿り、酒場の灯りが彼の慌てた様子を浮かび上がらせた。

声は裏返り、椅子がひっくり返った衝撃も忘れているかのように身を乗り出した。

ロミナはその勢いに押されてわずかによろめき、酔いで揺れる頭を抱えながら、「ち、ちょっと落ち着いて!」 と呻いた。

ホムルの香草の匂いが酒場の空気に漂い、準備万端という意志だけが騒然とした酒場の中で確かに響き渡っていた。

酒場の喧騒は再び戻ってきていたが、周囲の意識はロミナたちに向けられているのを感じる。


「明日、朝日が昇ったら訓練所に集合よ

 準備するのはもちろん武器と魔法書、あとそれに水筒も」

「はい!分かりました!ロミナさんに特訓してもらえるの、楽しみだ〜 !」

ホムルは満面の笑みを浮かべ、両手を広げて天井を見上げた。


酒場の灯りが彼の跳ねる青い瞳を煌めかせ、まるで初めて魔法詠唱の練習に挑む少年のようだった。

ホムルはロミナの方へ飛び跳ねて近づいた。

傍から見れば、ホムルの興奮ぶりは母親に冒険をねだる駄々っ子そのもので、香草の甘い匂いが酒臭い空気を優しく包み込んだ。

ロミナは酔いで頬を赤らめながら、ホムルの無邪気な喜び方に思わず苦笑した。

酒場の喧騒の中、彼の純粋な反応が妙に心地よく感じられる。

「まったく、そんなにはしゃいで…

 明日は厳しい特訓だからね、今日はしっかり休んでおくのよ」


ホムルは喜び勇んで両腕を広げ、ロミナに向かって勢いよく飛び込んだ。

ほのかな温もりとともに、ホムルの使う香草が漂う爽やかな日向のような匂いがロミナの鼻腔を優しくくすぐった。

その柔らかな体当たりにロミナは思わずよろめき、赤らんだ頬をさらに染めながら引き離した。

ホムルの青い瞳は星のように輝き、感謝の笑みが顔一杯に広がっていた。

ロミナは酔いの中に甘い香りと少年らしい純真な熱意を感じ、複雑な想いが胸に湧き上がる。

「ちょ、ちょっと!そんなにくっつかないでよ…

 でも、まあ、明日からの特訓、期待してるわよ」


ホムルは濡れたような青い瞳を星空のように瞬かせて微笑んだ。

それではボクは帰って寝ますね、と言う声は弾むように澄んでおり、酒場のざわめきを背景に清涼感を放っていた。

彼は香草の甘い香りを残しながら素早く身を翻し、酔ったロミナがまだふらつく様子を後目に店の出口へ歩き出した。

ドアを開けて外に出るとき、冷たい夜風が彼のほのかに汗ばんだ額を撫でた。

ロミナは大きく息をついた後にエールをあおり、盗賊は無言のまま肩をすくめ、神官は祈りの印を結んでいる。

それぞれの複雑な心情を抱えたまま夜の酒場は更けていった・・・。



ホムルは宿に戻ると、すぐに自室に入った。

明日からの特訓に胸躍らせ革袋を引っ張り出し、底に古びた短杖を慎重に据える。

次に乾燥させた香草を丁寧に詰め込み、丸一日歩いても散らからないよう布で整えた。

更に初級、中級の魔法書も折れないように詰め込む。

最後に小さな皮袋を縛り付け、これで水筒代わりになると思い描きながら満足そうに膨らませた。

まるで遠足前の子供が宝物を選ぶようで、月光が汗ばんだ額を照らしても手は止めない。

すべてを丁寧に革袋に納め終えると、彼は明日の朝日を待つべく柔らかい床に横たわり、疲れ果てて眠りに落ちていった。

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勇者さん、追放はイヤです 大地礼賛 @daichi-raisan

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