二番手無双 〜基準(ベンチマーク)がバグった転生事務員、平穏を求めて王都へ行くも無自覚に世界をデバッグしてしまう〜

なつきコイン

第1話:基準(ベンチマーク)が壊れていた

 肺が焼けるように熱い。

 握りしめた木剣の柄からじっとりと脂汗が滲み、手のひらの中で滑る。

 俺は荒い呼吸を整えることすらできず、村の広場の乾いた土の上に膝をついた。


 視界がチカチカと火花を散らす。


 前世。

 冷房の効いたオフィスで、死んだ魚のような目でキーボードを叩き続けていた社畜時代。

 不慮の事故で幕を閉じた人生に、神が与えてくれたボーナスステージがこの異世界転生であったはずだ。


 しかし、内面に抱く違和感は拭いようがない。


「どうしたんだよアキ。もう休憩か。まだ百セットもやってないぞ」

 快活な声と共に、空気が爆ぜた。


 目の前に立つ金髪の少年ジンが、無造作に木剣を振り下ろす。

 ただの素振りである。


 それなのに、剣筋が空気を鋭く切り裂き、大気を力任せに圧壊させる凄まじい衝撃音が俺の頬を叩いた。

 巻き上がった土埃が喉の奥をザラつかせる。


 ただの木切れを振ってソニックブームを起こすその異常性に、俺は身の危険すら覚えた。


「悪い、ジン。今日はもう、腕が上がらないんだ」

 震える指先で地面を突き、なんとか体を起こす。


 ジンはケロリとした顔で笑い、首筋の汗を拭った。

 その足元には、今朝彼が準備運動だと言って素手で仕留めてきた、体長五メートルのギガントベアの死骸が転がっている。


 俺は密かに誓っていた。

 今世こそは何かの分野でナンバーワンになり、余裕のある勝ち組人生を送ってやるのだと。


 だが、立ち上がった視界に入ってきたのは、この村の標準という名の絶望だった。


 脳筋のジン。

 極大魔法を焚き火の火種に使う銀髪のレイ。

 微笑み一つで欠損部位すら治癒させてしまう聖女ノア。


 彼らが放つ存在感の前に、俺の野望は音を立てて崩れ去っていた。


 ◇


 十五歳。この世界の成人の儀。


 村の広場の中央には、苔むした能力判定の石盤が鎮座していた。

 この石盤に触れれば魔力が可視化され、先端が天を突く百に届けば最高位のSとされる。


「次、ジン」

 村長の呼びかけに応じ、ジンが石盤に手を置いた。


 刹那、視界が真っ白に染まるほどの眩い光が溢れ出した。

 光の柱が猛烈な勢いで上昇し、一度は限界値を突き抜けてから、百の目盛りに収束、静止する。


【武力:S】


 地響きのような歓声が沸き起こる。


 続くレイも、ノアも同じだった。


 当然のようにSを刻んでいく彼らは、この村という箱庭が生んだ規格外の怪物たちに他ならない。


 ついに俺の番が来た。


 祈るようにして、冷たい石盤の表面に触れる。

 せめて彼らの背中が見える位置に、と願う。


 だが、石盤から伸びた光はジンのものに比べてあまりに細く、頼りなかった。

 先端は上端から二割ほど手前で、ピタリと動きを止めた。


【武力:B】

【魔力:B】

【神聖:B】


 喉の奥がカラカラに乾く。

 オールB。

 ジンたちが百なら、俺はわずか八十。この数字の差が、埋めようのない深い溝となって目の前に横たわっていた。


「ア、アキ。その、なんだ。Bランクも立派なもんだぞ」

「そうですわアキくん。Bはベリー・グッドのBですわ」


 幼馴染たちの必死なフォローが、今はただ鋭いナイフのように胸に突き刺さる。


 村長が申し訳なさそうに、だが決定的な宣告を下した。

 Sを叩き出した三人は、本人の希望にかかわらず国家最高峰の第一至上学院への推薦が決まったという。


 しかし、その瞬間、俺の心の中に冷徹な事務処理能力が閃いた。


 この怪物たちと同じ土俵にいたら、精神はいつか摩耗し、前世と同じように擦り切れてしまう。

 彼らがエリート街道を走らされるなら、自分はそこを全力で回避すればよいのだ。


「みんな、俺も王都の学校に行くよ。一般受験になるだろうけど」


 俺が目指すのは、第一至上学院ではない。

 王都の片隅にある国立第二学園。


 二番目を推奨しているようなその名前に、言いようのない安らぎを感じる。


 一番になれないのなら、二番手でいい。

 責任は少なく、恩恵は多い。

 それこそが最もコスパの良いポジションであるはずだ。


 待ってろ、王都。今度こそ、平穏な二番手ライフを掴み取ってみせる。


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