勇者育成プロジェクト

斎藤ニコ

問いと答え

○問い


 本当に勇者なのか?

 言いかけて、やめた。


     *


 ざわつく酒場。

 最近きったばかりの前髪が、おでこをくすぐるのを感じながら、声を潜めてボクは言った。


「勇者ならボクを追放する決断をしてください。どう考えても足手まといです」


 国王から発された魔王討伐の任は、国内に漂う不安や不満を払拭させるためだという。

 近年、不作が続いたり、魔物が狂暴化しているのは、すべて『魔王』のせいであると、国王が歴史の真実を国民へと打ち明けてから数年が経過した。

 ようやく動き出した魔王討伐計画に、国中が沸き立ったのも記憶に新しいが、我々の出立は秘密裏の中で行われた。勇者の侵攻を阻害するモノや反対勢力はごまんといるからだ、と大臣から説明を受けた。


 そういう状況の、いわば「勇者秘匿パーティー」にボクはいた。

 

 ボクの名前は『ヘイレン』。16歳。

 世界的には珍しい聖属性持ち。つまり、ヒーラーだ。

 人間族は地水火風、いずれかの属性を宿して生まれるが、時折、聖や闇等の特殊な因子をもって生まれてくるものがいる。


 でも、それだけだ。望んだわけではない。妹は火属性だが、ボクより冷静沈着で優秀だ。今はボクも住んでいた粗末な孤児院で一人きりだ。はやく迎えに行ってあげたい。


 だから、というわけじゃないけれど、珍しいヒーラーだからというだけで、世界を救う勇者パーティーに居ていいわけじゃないのだ――と、ボクは思っているのだけど……。


 勇者カインは首をしっかりと横に振った。


「レン。キミは俺たちのパーティーにいなくてはならないヒーラーなんだ。そんなことは二度と言わないでくれ」


 勇者の言葉に皆が賛同した。

 木製の粗雑なテーブルを囲む面々――伝説の老戦士イェンガは豪快に笑い、大魔法使いフロムは細い肩をすくめる。そして、麗しきヒーラー・聖女アンリは優しく微笑んだ。

 皆が皆、とんでもない逸話を持っている素晴らしいパーティーメンバーだ。ボクにだけ、なんのエピソードもない。ただ、珍しいヒーラーというだけなのだ。


 そもそもの話……。


「聖女のアンリさんがいれば十分ですよ……パーティーに二人もヒーラーがいるなんて聞いたことありません」


 イェンガさんが傷だらけの手でエールの入ったカップを傾けた。


「ヒーラーが二人いたらいけないなんて、誰が決めたんじゃ。わしは昔から思っていたがな。ヒーラーなんて多いほうがええじゃろって。パーティー編成、なんで決まっとるんじゃ」


「たしかにそうね。それに聖女はアンデット系のときはアタッカーになるし」と、大魔法使いなのに、やけに蠱惑的でもあるフロムさんが頷く。


 アンリさんも口を開いた。美しい金色の髪が肩の上からサラサラと流れる。

 

「わたしのヒールだけじゃ救えない命もあると思うの。聖女にもできることとできないことがあるわ。あなたがいて私も救われるのよ?」


 この人たちはいつもそうだ。

 こうやって話をはぐらかす。

 きっとボクのことを気にしているだけなんだ。

 ボクは、孤児院生まれだ。ヒーラーという希少性をかわれて、一年前に勇者パーティーに参加した。

 勇逸無二パーティーではない。勇者は各国どころか、当国にも何人か存在していて、それぞれが別経路・別の方法で魔王討伐戦に挑んでいるらしい。

 誰が何を成し遂げるかなんて、実のところ、誰も知らないのだ。もしかしたら隣で食事をしているパーティーも、秘密裏に出立している勇者パーティーかもしれない。

 真実は国王以外、誰も知らない。

 これは国家をあげた、魔王討伐プロジェクトなのだ。


 カインさんは悪気のないような笑顔で言う。


「俺は絶対に魔王を倒す。そのとき、キミが隣に居るんだ。妹に『勇者パーティーを追放された』なんて報告するよりも、ずっといいだろ?」

「……まあ、はい」


 妹というのは、ヘイゼルのことだ。

 彼女は火属性を身に宿していたので、ボクとは違って孤児院で変わらず暮らしている。正直、ひどい孤児院だ。でも、今のボクにはなにもできない。

 だから、いつか世界を救った対価である金銀を抱えて、妹を迎えに行こうと思っている。そしてお腹いっぱいご飯をたべさせてやるのだ。

 でも、その気持ちが日に日に揺らぐ。


「それでもボクが、こんなに足手まといだなんて思いませんでした。勇者の隣に居ていい存在じゃない……」


 カインは耐えきれないように笑った。


「人は育つ。そう焦るなよ、レン」


 無条件にこちらを信じるような笑顔を見せられるたびに、ボクは叫びたい気持ちを必死に抑え込む――。


     *


 それからボクたちは魔王討伐を目指し、旅をつづけた。

 その間、ボクは何度も同じ話をしたが――その頻度はどんどん下がっていた。


 きっかけが、あった。


 あんなにも大きく強くたくましいイェンガさんの腕が宙を舞ったのだ。

 あろうことか、左腕がただの山賊相手にすぱっと切られた。

 嘘だと思った。でも、本当だった。だが、伝説の戦士がただの山賊相手に後れをとるわけもない。つまり、理由がある。

 それはボクをかばうためだった。恐れていた事態が起きたのだ。

 ボクはとうとう実害を与える形で、本当に足を引っ張ってしまった。


 ボクは心から驚愕し、恐怖し、後悔し、自分を助けてくれたイェンガさんの腕へ、意味のない言葉を叫びながらも、必死に回復魔法をかけた。

 イェンガさんは、なんとか助かった。出血量を考えると、助かったのは奇跡だった。間違いなく、ヒーラーが一人なら死んでいた。聖女の言う通りだった。


 そのとき『限界突破』という感覚も知った。

 自分の魔法力が数段階あがったことを理解した。

 たしかにボクは成長するらしい。


 腕はつかなかったが、止血はできた。真っ青な顔をほころばせて、イェンガさんは言った。


「だから言ったろう? ヒーラーなんぞ、多い方がいいんだ」


 ボクは、そのとき、自分の居場所を理解した気がした。


     *


 ある日の夜。

 焚火を囲んでいる中、ボクは耐えきれずに口を開いた。


「みなさんはすごいです。勇者パーティーにふさわしい、本当にすばらしい人たちです。ボクは親を知らないし、頼れる兄姉はいないけれど、それでももしボクにそういった人たちがいるならば、みなさんのような方々で居てほしいと思います」


 いつもなら、すぐに誰かがボクをとりなすように、優しい言葉をかけてくるところだった。


 だが、その時は沈黙が先に訪れた。

 ボクは不思議に思い、チロチロと燃える焚火に向けていた視線を上げた。


 みな、驚いたようにボクを見ていた。

 不安に思い、誰よりも先に口を開いた。


「……どうか、しましたか?」


 皆が――普段はおちついているアンリさんまでもが、どこか目をぱちくりとさせている。

 勇者カインがパーティーを代表するように言った。


「いや、なんだか不思議だな。誰にも認められず、誰からも褒められない、孤独な我々が、そんな評価を受けるなんて」

「孤独だなんて、そんな……」


 たしかに勇者パーティーの旅は熾烈だ。それなのに魔王を倒さない限りは評価されない。招待さえ明かせない。

 孤独な旅の評価が、ボクごときの言葉であるなんて滑稽かもしれないけど、それでも気持ちに嘘はなかった。


「嘘じゃないです」


 付け加えると、今度こそそれぞれが口を開いた。


「ありがとう」


 アンリさんが微笑んだ。いつもより目が潤んでいる気がした。

 嘘ではない。ボクの心は躍動していた。

 この人たちのために全力を注ぎたかった。

 嘘をつかず、全身全霊で期待にこたえたいと思った。

 そして、誰にも身分を明かせない勇者カインへ、国民からの感謝を届けたい。


 そのころにはもう、パーティーから抜けたいなんて思っていなかった

 幸せを願っていた。この素晴らしい人たちの旅が、どうか報われますように――そう願っていた。

 

     *


 ボクたちが旅に出てから、二年が経過した。

 魔王の影響で世界各地で魔物が活性化していた。災害や水害、冷害も増えてきた。

 

 ボクたちは勇者パーティーとして旅をしていたけれど、誰にも正体をあかせない。だから、どこでも歓迎されていたわけではない。

 そもそも、正体を明かしたとしても、魔王を倒していない勇者をあがめるほど、世界は平和ではなかった。

 中には食事をしているときなど、別の席から「勇者はなにをやってんだ! 俺たちの税金使って旅をしてんだろ!? 早く世界を救えよ!」なんて暴言を聞いたこともあった。


 ボクはそういう時、抑えきれない怒りを覚える。

 でも、カインさんはあきらめような表情をするだけだった。


「なんで言い返さないんですか」


 もちろん言い返せるわけがない。

 生意気なことをボクが言うと、それでも怒らずにカインさんはこう返した。


「何かを成し遂げるまでは、俺は勇者じゃないんだよ。きっと、いつか、心から自分を認められる日までは、俺はただの冒険者なんだ」


 すると片腕でも十分にたくましいイェンガさんが「ぐははは! たしかにそうじゃ!」と賛同した。

 よくわからずに大魔法使いフロムさんや聖女アンリさんを見るけど、二人とも理解したように頷くだけだった。


 それはボクからみた年上の大人たち四人にしかわからない感覚なのだろうか

 

 いつか、同じ気持ちになれたらいいなと思った。そのとき、ボクはようやく心から勇者パーティーになれるのだろう。


     *


 三年目の冬。

 ボクたちはとうとう魔王城へ辿りついた。

 内部へと続く大きな門の前に、ボクたち五人は立っていた。傷は増えたが、誰一人として欠けることなく、ここまでやってきたのだ。


 この旅の中で一番成長したのはボクだった。成長期ということもあり、身長は伸び、魔力量は増え、回復魔法もとにかく強くなっていた。短かった髪もずいぶんと長くなっていた。


 最後の戦いだ。

 普段は自分から話そうとしないイェンガさんが斧を手にして、口を開いた。


「最後になるかもしれんからレンに教えておいてやろう。ワシらはな、パーティーから追放されたはぐれもんだ。だから、お前が『追放してくれ』なんて頼んでくるたんびに、ワシは立場が逆になって、面白くてのう」


フロムさんがたしなめるように言った。


「ちょっと、伝説の戦士さん? そういうことって、最後だから言うんじゃなくて、最後まで言わないもんですよ?」


 アンリさんがくすくすと笑う。


「でも、実際にそうですからね。追放されたり、逃げてきたり――そういう集まりです。ここまできたら、もういいじゃないですか」


 フラウさんが焦る。


「ちょっとアンリまで……! そういう話はしない約束でしょう」


 ボクはなんの話か分からずに首をひねるばかりだ。

 追放?

 逃げ出した?

 勇者パーティーが何を言っているのか。

 最後の戦いを前にして、みんなおかしくなっているに違いない。


 最後まで口を開かなかったカインさんは、何を訂正するでもなく宣言した。


「とうとう最後の戦いだ。ここまで長かった……本当に。これで終わる……いや、今から始まり、そして終わらせるんだ。俺たちが」


 カインさんは剣を手に取り、旅を懐かしむように目を瞑る――。


     *

 

 ――目を開いても、ボクの前の惨劇は変わっていなかった。


 魔王と呼ばれた存在が、ボクたちの前に立ちはだかっていた。


 いや。

『ボクたち』と表現してもいいものだろうか。


 うめき声も聞こえない中、仲間が……仲間だったものが地面に横たわっていた……。


 四肢が揃っているのはボク一人だけだった。

 仲間はみんな、ボクをかばって死んだか、あるいは死にかけている。

 すくなくともフロムさんの下半身は燃え失せて、内臓が地面に散らばっていた。

 それをどうにかしようとしたボクをかばいったアンリさんは、胸をごっそりとえぐられて息絶えた。


 致命的な一撃がボクに向けられるたびに、誰かがボクを命がけで守った。


 イェンガさんは四肢がない。すべてをつかって肉壁となった。

 フロムさんは動かない。魔王の魔法を防ぎきれなかった。

 あんなにも綺麗だった、ボクのあこがれだったアンリさんは、そもそもふくよかな胸だけではなく、顎から下も存在しなかった。


 みんな、ボクのかわりに死んだ。

 死を覚悟して臨んだ最終戦だった。でも、こんなことになるなんて思ってもいなかった。


「な、なんで……」


 なんで、魔王はボクを執拗に狙うんだ。

 なんで、みんなはボクを命がけで助けるんだ。

 魔王を倒すことが目的なのに、これじゃあ、ボクを助けるほうに偏り過ぎじゃないか……。


 魔王はどうやらアンデッド系らしい。

 黒い影がまとうその姿はおぞましく、その圧力はすさまじく、これまで戦ってきた魔物の比ではない。


 答えのない中、呆然とする。


 すると声が聞こえてきた。


 一人で魔王に立ち向かっていた勇者カインは、左手を失いながらも、それでも右手の剣を離さずに、ボクを見た。


「レン! 俺が死ぬ前に伝えておく……! このパーティーは勇者パーティーなんかじゃなかった……!」

「え?」


 こんなタイミングで嘘をつくわけがない。冗談を言うわけもない。


「このパーティーはお前を――を、育てながら魔王を倒すための、パーティーだった! 俺のためにヒーラーが二人いたんじゃないんだ……! 元からヒーラーは一人だったし、アンリは聖女でもなかった。お前が……お前こそが、覚醒を待たれる聖女だったんだよ……!」


 ドクン、とボクの胸が高鳴った。

 ボクが、聖女?

 アンリさんのさらさらの髪にあこがれて伸ばした髪。

 女らしくなってきた体。

 そして――とめどなくあふれてくるようになった魔力が、どんどん増幅していくのを感じた。


 魔王が蠢いた。


「××××××」


 魔力が練られていき、破壊魔法が放出されようとしている。

 カインさんを含めたすべての物体を消すつもりだ。

 唐突に思い出がよみがえる。

 イェンガさんの豪快な笑い声。

 フロムさんの理知的な微笑み。

 アンリさんの美しい笑顔。

 そして、まだ生きているカインさんの優しく頼もしい背中。


 すべてが――ボクを守るためにあった?

 ならこのすべてが――ボクの責任なのか?

 みんなを守らなければ――決意したとたん、滞留していた魔力が爆発するように、体の中で暴れまわる。


「うう、う――うわあああああああああああ!」


 叫びと共に、まばゆい光が体の内側から漏れて――魔王もろとも部屋全体を包み込んだ。










○答え


 勇者カインのパーティーが挑んだ、最後の戦いから早数か月が経過した。

 吉報の届かない現実に、国民の不満は限界に到達していたが、国王の発令により世界に平和が訪れたことが知らされると、王都は活気にあふれた。


 まだ、世界はよくなっていないはずだ。

 しかし、人間に宿った希望がすべての闇を払拭している。

 それが仮初の平和だとしても、知るものが少なければ、真実ではないのだから。


 あたし……いや、ボクはたった一人で旅に出ていた。

 昔は夜を超えることさえ叶わなかったのに、女の一人旅であろうとも、今では野党が出ようとも冷静に対処できた。


 それに、今しか自由な時間はないのだ。

 数日後には王に謁見をし、それから――まあいい。今考えることではない。


 目的地は名もなき小山。その陰にひっそりと建てられた小屋だ。

 そこに目的の人物が住んでいるはずだ。

 

     *


 意外と早い到着だった。

 目的の人物は、きちんと住んでいた。

 当たり前だけれど、当たり前ではない。


 綺麗なつくりの小屋の横。

 右手一本で器用に斧をふるい、薪を割っている男性がいた。

 ボクが近づく前から気が付かれていたはずだが、それでもその人は気が付かないふりをしてくれていた。優しい人だ。


「お久しぶりです。カインさん」


 ボクが声をかけると、彼――勇者カインは振り返った。

 防具類は身に着けておらず、布の服だけ。

 知らない人が見れば、ただの世捨て人に見える。


「ああ……久しぶりだな、レン」

「はい。といってもたかが数か月ぶりなんですけどね」

「そうか……ずいぶんと昔のことのように思うが」

「世界は平和になりましたから。時間の流れもゆっくりなのかもしれませんね」

「突然どうした? 世界をすくった聖女様が、一人でこんなところに来てもいいのか」

「それを言うなら、カインさんは世界を救った勇者じゃないですか」


 カインさんは心底イヤそうな顔をした。


「やめてくれ。言っただろう。あれは、聖女を――レンの才能を覚醒させるための

パーティーだったんだ。俺たちは、元々ほかのパーティーから追放されたり脱退してきた、あぶれものの集まりだ」

「演技をしてたってことなんですよね」

「ああ。勇者だの、大魔法使いだの、伝説の戦士だの……今考えても笑えてくる。嘘経歴、虚言集団だ。でも、それでも……なんだろうな、不思議なことにな……」

「……?」


 カインさんは空を見上げた。


「あのとき、魔王の前に立った俺たちは、なにか別のものになれた気がするんだ。色々なものから逃げてきた俺たちが、本当の勇者パーティーのように……バカげているだろうけどな。笑ってくれ」


 ボクは首を横にふった。


「いえ、笑いません。ボクにとって……ヘイレンにとって、あなたたちは、本物の勇者パーティーでした。そうでなければ……」

「……そうでなければ?」

「いえ。なんでもありません」


 カインさんは斧を地面に投げ捨てた。


「それにしても本当にどうしたんだ? 俺になにか用があるのか」

「はい。用事はありましたが、それもすべて終えました」

「そうなのか……? ならいいけど。泊っていくか? なにもないが」

「いえ。帰らないといけないんです。数日後に色々とありまして」

「聖女様は忙しいな。本物は違う」


 ボクはその軽口に答えずに、踵を返した。

 

 これなら大丈夫だろう。


     *


 明日は王都の城へ赴く。

 王の間で国王と謁見する。

 その前にボクは――いや、わたしは過去のすべてに火をつけた。


 金儲けのための孤児院も。

 姉と駆け抜けた記憶も。

 わたしが生きた証明も。

 そして姉自信も。

 すべてがわたしの獄炎魔法で燃えていく――。


「姉さん、さようなら……」


 わたしの姉は、聖女だったらしい。

 魔王を倒すという胡散臭い長い旅の果てに、偽物の勇者たちと目的を果たした――とされている。

 

 でも、わたしは知っている。

 偽物の勇者たちが倒した敵は、魔王ではなかったことを。

 姉たちの旅は、

 そのために、偽の魔王討伐作戦を命じられたことを。

 偽物の勇者たちは、そんな偽物のプロジェクト上でおどらされているとも知らずに、誇りを抱いて死んでいったことを。


 そしてなにより――姉が本当は聖女なんかではないことも。

 ただただ、強力な聖属性の持ち主であるというだけで持ち上げられて、聖女として自認させられていただけだということを知っていた。


 姉が本当に救いの聖女なのだとしたら、自死なんて選ばないだろうし。

 自分の為に死んでいった仲間たちの思いを背負いきれずに、命を絶つわけがないだろうし。


 だから、わたしはすべてを燃やした。なかったことにした。

 そして、わたしはボクとなり、姉だった何かは消し炭となり、妹だったわたしが聖女になった。


 どうせ最初から偽物だ。

 わたしが聖女を自認してもいいだろう。


「姉さん。わたしは姉さんの代わりに聖女になるよ。だから安心して。姉さんは立派だよ。わたしに生きる意味を与えてくれたから……」


    *


「ご苦労であった」と国王の横に立った、ひげ面の大臣が偉そうに言った。


 わたし……いや、ボクはいま、王の間にて、この国で一番偉く、一番肥えていて、一番醜い生物の前にひざまづいていた。


 隣には2人の仲間とやらが、同じようにしている。

 ボクと同じように、覚醒した――と思い込んでいるに違いない、哀れな道化師たち。

 聖騎士、賢者。そして聖女のボク。


 王がささやく。大臣が代弁する。


「貴公らは、本物の才能を持つものだ――ついては、辺境で発見された勇者候補と共に、真の魔王討伐に向かっていただきたい。しかし勇者は未覚醒……貴公らの旅は、魔王討伐のほかに、勇者覚醒を含んでいる。貴公らがそうであったようにな」


 魔王だと教えられていた敵は、なんでもないただの敵だった。

 当然だ。魔王とやらを、偶然だとしても、偽物集団が倒せるわけもない。


 勇者カインたちが倒したのは、ただの巨力なモンスターだ。倒さねばならなかった存在だが、とにかく魔王ではない。

 そんなパーティーは他にもいくつも存在した。ただのモンスター討伐舞台。うまくいったのはここにいる三人のパーティーだけらしい。


 その目的は、先の通りだ。

 今度こそ本物の勇者を守り、育成し、覚醒させる。

 その事実は、自殺をする前の姉が、わたしに懺悔をしていたとおりだった。


 でも、わたしは確信している。

 聖女は偽物だった。姉は、そう思い込まされる旅に出されたのだ。


 そう考えれば、当然の疑問もわく。

 

 辺境で見つけた勇者候補だって?




 そいつは本当に勇者なのか?

 言いかけて、やめた。




 大臣は聞いてもいないのに話を続ける。

 噂によると国王は少々、判断力にかけるため、大臣がすべてを担っているとか。

 だからこそ、国王の権威だけは失わせたくないのだとか。


「国中は、魔王討伐の報告に浮かれている。国王に感謝をしている――どの勇者が成し遂げたかなど、知らぬとも平和を享受しているのだ。ならば後追いで本物の勇者を作ればいい。だろう? そして本物の魔王を、今度こそ倒せばいい」


 そもそもの話――本当に魔王など存在しているのだろうか?


 先日、密かに処刑された学者がいたそうだ。

 彼は民衆に向けて、こう言ったらしい。

「災害も、水害も、飢饉も、魔物の狂暴化も、すべて自然に怒り得ることだ。そういう意味では、それを乗り切れぬのは、国の怠慢である」と。

 本当だから、殺された。

 たぶん、真実だ。


 では、本当に魔王がいないというのなら、死んでいったひとたちの命にはなんの意味があったのだろうか。


 そして――命をかけて自分を守ってくれたパーティーメンバーに、本当のことさえ言えず、罪の意識にさいなまれて、誰にも見つからぬように自死した姉の命には、なんの意味があるのだろう?


 もし意味があるとするならば。

 それは、姉の遺体をわたしが、わたしだけが見つけたということ。

 そして、わたしは火属性魔法の天才で、遺体を消すだけの獄炎魔法が使えたということ。

 同時に、なぜだろうか――双子の姉が死んだあとから、かすかに光属性が身に宿り、回復魔法が使えるようになってしまったこと。


 すべてが一つの結末に収束していた。

 これを偶然というなら、この世に必然はないだろう。


 答えはでている。

 わたしが勇者を育成しよう。

 勇者を騙し、惑わせて、この国が、国王が、大臣が、富が、人が、諸悪の根源だと教えよう。


 そのときこそ本当に、この世界に魔王が生まれることになるかもしれないのだから――。


 そして、ボクたち(わたしたち)の長く静かな戦いの火ぶたが切られた。







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◆   勇者育成プロジェクト    ◆

◆   開始            ◆

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勇者育成プロジェクト 斎藤ニコ @kugakyuu

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