魔法の代償は愛でした〜絶対唯一の最強魔女、男尊女卑の異世界で逆ハーレム建国譚〜

ラズベリーパイ大好きおじさん

目覚めは紅茶の香りと共に

目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。


白い漆喰に施された繊細なレリーフ。そこから伸びるクリスタルのシャンデリアが、柔らかな朝の光を反射している。ベッドは柔らかすぎず硬すぎず、高級羽毛布団が体を優しく包み込む。シルクのシーツの肌触りは、かつて触れたことのない滑らかさだった。


「……ここは、どこ?」


声は掠れ、喉が渇いていることに気づいた。起き上がろうとすると、全身に微かな違和感が走る。体が妙に軽い。いや、軽いというより……小さな気がする。


ベッドの脇に置かれた金色のフレームの鏡に目が向く。思わずその姿を映し込んで――息を呑んだ。


鏡に映っているのは、間違いなく私だ。しかし、二十八年生きてきた、あのOLの顔ではない。頬にはまだ幼さが残り、肌は透き通るように白い。長い銀髪が肩まで流れ、翡翠色の瞳が驚きを見開いている。年齢はせいぜい十六、七歳だろうか。


「まさか……」


記憶が少しずつ戻ってくる。昨日まで――いや、転生前までは、ごく普通の会社員だった。深夜まで残業し、終電で家に帰り、ベッドに倒れ込む。そんな日常の繰り返し。特別なこともなければ、望むような未来も見えていなかった。


その私が、なぜ?


「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」


優雅なノックと共に、ドアが静かに開いた。入ってきたのは、端正な顔立ちの青年。銀のトレイに紅茶のセットを載せ、恭しく一礼する。黒の燕尾服が彼の細身の体によく似合っていた。


「朝のお紅茶をお持ちいたしました。本日はダージリンのファーストフラッシュです」


「あ、ありがとう……」


言葉が出てくるのに、自分の声の高さにまた驚く。青年は優雅にテーブルにセットを置き、カップに琥珀色の液体を注ぎ始めた。動作は無駄がなく、完璧としか言いようがない。


「ユリアン、今日の予定を申し上げます」


彼はそう言うと、小さな手帳を取り出した。


「午前十時より、音楽教師レオナルド様のヴァイオリンレッスン。正午はランチにて、ご家族との会食。午後二時より、歴史教師クローディア様の世界史講義。四時からは――」


「ちょ、ちょっと待って!」


思わず声を荒げてしまった。青年――ユリアンは少し驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻す。


「何かご不満が?」


「いや、そうじゃなくて……まず、ここがどこなのか、私は誰なのか、あなたは誰なのか……全部、わからないの」


口に出してみると、どれもこれもありえない質問ばかりだった。普通なら、こんなことを聞く人間はいない。記憶喪失を装っているとしか思われまい。


しかしユリアンは、深くうなずいた。


「かしこまりました。では改めてご紹介いたします」


彼はもう一度丁寧にお辞儀をすると、口を開いた。


「ここは、ファーネリア王国第三王都アマリリスにある、デュランド公爵邸でございます。お嬢様は、デュランド公爵家の嫡女、エリザ・デュランド様。十七歳でいらっしゃいます。そして私は、お嬢様付きの従僕、ユリアン・ヴァンデルと申します」


エリザ・デュランド。


その名前を聞いた瞬間、頭の中に微かな痛みが走った。そして――記憶の断片が、静かに浮かび上がってきた。


---


その日一日は、混乱の連続だった。


ユリアンの助けを借りて身支度を整え、鏡の前で初めて「自分」の姿をしっかりと確認した。エリザ・デュランド――銀の髪と翡翠の瞳を持つ少女は、紛れもなく美しかった。そして着せられたドレスは、シルクとレースでできた、動くのが怖くなるような高級品だった。


ヴァイオリンレッスンでは、なぜか指が自然に動き、美しいメロディーを奏でた。歴史の講義では、教師が話す王国の歴史が、なぜか既知のことのように感じられた。家族との食事では、優雅で厳格な父親、優しくもどこか悲しげな母親、そして少し年上の兄がいた。誰もが「エリザ」に温かく接し、私の違和感に気づかないふりをしているようだった。


ただ一つ、どうしても理解できないことがあった。


「ユリアン」


午後の講義が終わり、私が部屋に戻ると、彼はすでにアフタヌーンティーの準備を終えていた。


「どうかしましたか、お嬢様?」


「あの……質問してもいい?」


「はい、何なりと」


彼は紅茶を注ぎながら、静かに答えた。


「この世界では……男と女の関係が、私の知っている世界と違うような気がするの」


ユリアンの手が、わずかに止まった。


「……お嬢様は、何を思い出されましたか?」


「思い出したというより……感じるの」


私は言葉を選びながら続けた。


「街を歩く男性はみな、左手の薬指に指輪をしている。でも女性はしていない。あなたもしているわね」


ユリアンは自分の左手を見た。銀の細工が施されたシンプルな指輪が、彼の薬指にはめられていた。


「これは『誓約の指輪』です」彼は静かに説明を始めた。「成人した男性は皆、女性からこの指輪を与えられ、その女性の保護下に入ります。指輪は単なる装飾品ではなく、男性の体内に潜む『魔力』を抑制し、『夢魔化』を防ぐ役割があります」


「夢魔……?」


聞き慣れない言葉に、私は眉をひそめた。


「はい。この世界の男性は、生まれながらにして『魔力』と呼ばれる危険なエネルギーを体内に宿しています。その魔力が暴走すると、男性は理性を失い、周囲を破壊する怪物――『夢魔』と化してしまうのです」


ユリアンの声は平静だったが、その目にはかすかな陰が差していた。


「指輪は、それを防ぐ枷です。そして同時に、男性が誰に守られるかを示す証でもあります。指輪を与えられた女性は、その男性の保護者となり、彼の安全と魔力の制御に責任を持ちます」


「つまり……この世界では、女性が男性を守るの?」


「はい。それが自然の摂理です」


信じがたい話だった。私の知っていた世界――少なくとも、私が生きてきた日本では、その逆が「普通」とされてきた。男性が女性を守り、支えるものだと。


「でも……もし指輪を失ったら? あるいは、与えてくれた女性が……」


「その場合、男性は新たな保護者を見つけなければなりません。さもなければ、魔力の暴走を抑えることができず、いずれ夢魔と化します」


ユリアンの声は、さらに低くなった。


「保護者を失った男性は『無主の男性』と呼ばれ、社会からは危険視されます。たとえ貴族であっても、例外ではありません」


私は思わず、ユリアンの指輪を見つめた。


「あなたの指輪は……?」


「これは、先代デュランド公爵夫人――お嬢様の祖母様から賜ったものです」


彼はそう言うと、わずかに微笑んだ。


「私は幼い頃からこの屋敷で育ちました。両親を夢魔の災害で亡くし、行き場がなかった私を、公爵夫人が拾ってくださったのです」


「……ごめんなさい、つらい思い出を思い出させてしまって」


「いいえ、とんでもありません」


ユリアンは首を振り、もう一度紅茶を勧めた。


「むしろ、私は幸せです。デュランド家の保護下にある限り、私は夢魔になる心配はありません。これ以上に安心できることはないでしょう」


しかし、その言葉の裏に潜む何か――諦めに近い感情を、私は感じずにはいられなかった。


---


それから数日が過ぎた。


私は少しずつ、エリザ・デュランドとしての生活に慣れていった。ヴァイオリンのレッスン、歴史や文学の講義、社交ダンスの練習、そして貴族としての礼儀作法。すべてが完璧に計画された、規則正しい日々。


しかし、心のどこかで、違和感は消えなかった。


夜、ベッドの中で目を閉じると、かつての記憶が蘇る。パソコンのキーボードを打つ指先。満員電車の匂い。コンビニの弁当の味。そして、何よりも――あの世界で感じていた「不完全さ」。


ここでの生活は完璧すぎた。美しい衣装、豪華な食事、完璧な教育。しかしそれらすべてが、どこか虚飾に感じられた。まるで演劇の舞台に立たされているようで、本当の自分がどこかに閉じ込められている気がした。


ある夜、私はどうしても眠れず、寝室を抜け出した。


真夜中の屋敷は、昼間の華やかさとは違った静寂に包まれていた。月明かりが長い廊下に細く差し込み、壁にかけられた歴代公爵の肖像画が、薄暗がりの中でじっとこちらを見つめている。


図書室に行こうと思い、階段を下りていると――声が聞こえてきた。


低い、苦悶に満ちた声。


「……だめ……離れて……」


それはユリアンの声だと、すぐにわかった。普段の冷静で優雅な彼からは想像できない、苦しそうな声だった。


声のする方向――使用人用の居住区画へと、私は足を向けた。石造りの階段を下り、簡素な廊下を進む。声は、一番奥の部屋から聞こえていた。


ドアはわずかに開いていた。中を覗くと、ユリアンがベッドの上でうずくまっている。彼は激しく震え、額に浮かんだ汗が月明かりに微かに光っていた。


「ユリアン!」


私はドアを開け、中へ駆け込んだ。


「お、お嬢様……なぜ……」


「何があったの? 具合が悪いの?」


近づこうとすると、彼は必死に手を上げた。


「近づかないでください……今、魔力が不安定で……」


彼の左手を見た。薬指の指輪が、微かに震えていた。そしてその周囲の皮膚が、不気味な紫色に変色し始めている。


「誓約の指輪が……効いていない?」


「長年使っていると……効力が薄れることがあります」ユリアンは歯を食いしばりながら言った。「新しい指輪が必要なのですが……」


「新しい指輪? どうすればいいの?」


「保護者である女性が……新たな指輪を与え……魔力を再び封じ込めなければ……」


彼の声は次第に弱まり、目の焦点が合わなくなっていった。紫色の変色は腕へと広がり、不気味な光を放ち始める。


「でも……公爵夫人はもうお亡くなりに……今のご当主様はお嬢様の父上で……男性なので……」


理解した。ユリアンの保護者は、私の祖母だった。そして彼女は既にこの世を去っている。父は男性だから、ユリアンの魔力を制御する指輪を与えることはできない。


ならば――


「私がやる」


声は、驚くほどしっかりしていた。


「お、お嬢様……そんな……無理です……未熟な方が……」


「でも、他に誰がいるの?」


私はユリアンのベッドの脇に膝をつき、彼の震える手を握った。熱い。まるで火傷しそうな熱さだった。


「どうすればいい? 教えて」


「……指輪を……外してください……」


ユリアンは目を閉じ、最後の力を振り絞って言った。


「そして……新たな契約の言葉を……」


私は彼の左手をしっかりと握り、薬指にはめられた銀の指輪に触れた。触れた瞬間、微かな衝撃が走った。電気のような、しかしもっと深い、魂に響くような感覚。


「離れて……ください……危険です……」


ユリアンの目が、一瞬、不自然な紅色に光った。それは人間の目ではない。捕食者の目――夢魔の目だった。


でも、私は離れなかった。


むしろ、もっと強く彼の手を握った。そして、指輪をゆっくりと外し始めた。


「信じて」


私はそう囁き、指輪が完全に外れるのを感じた。


次の瞬間――


爆発のようなエネルギーが、部屋中に充満した。見えない力が私を壁に押し付けようとする。家具が軋み、窓ガラスが割れそうな音を立てる。


ユリアンの体が浮き上がった。彼の周りに、紫色の炎のようなものが渦巻いている。そしてその炎の中から、影のような触手が伸びてきた――


私は動けなかった。恐怖で体が凍りついた。これが夢魔の力か。人間が到底敵わない、圧倒的な破壊のエネルギー。


(だめ……こんなの……)


しかし、その時だった。


胸の奥で、何かが動いた。


温かい、しかし途方もない力が、体の中心から湧き上がってくる。それはまるで、長い間眠っていた泉が、突然噴き出したようだった。


私は自然に手を上げた。意識せずに、何かを求めるように。


「止まれ」


声は出さなかった。ただ心の中でそう思っただけだ。


すると――


私の手のひらから、銀色の光が溢れ出た。それは優しい光だったが、途方もない威圧感を持っていた。光は部屋を満たし、紫色の炎と触手を包み込む。


そして、すべてが静かになった。


紫色の炎は消え、触手は影に戻り、ユリアンは再びベッドの上に横たわった。彼の呼吸はまだ荒かったが、先ほどの苦しそうな様子は消えていた。


そして私の手には――


外したはずの銀の指輪が、再び握られていた。しかしそれは、以前とは明らかに違っていた。銀の細工の中に、翡翠色の小さな宝石が埋め込まれ、微かに光を放っている。


「……お嬢様……」


ユリアンが目を開けた。彼の目は再び、冷静で知的な黒い瞳に戻っていた。


「あの光は……まさか……」


私は指輪を見つめ、それからユリアンを見た。


「これで……いいの?」


彼はゆっくりと起き上がり、私の手の中の指輪を見つめた。そして、深く息を吸った。


「それは……『真の魔法』です」


「魔法?」


「はい。この世界には『魔術』は存在しますが、それは自然の力を借りる、あくまで術です。しかし『魔法』――それは世界の理そのものを書き換える力。伝説にしか登場しない、神々の領域の力です」


ユリアンの目は、驚きと畏敬に満ちていた。


「なぜお嬢様が……いえ、どうして今まで……」


「わからない」


私は正直に答えた。


「ただ……あなたが苦しんでいるのを見て、何かをしなければと思っただけ」


部屋中にちらばった破壊の跡を見渡す。倒れた家具、ひびの入った壁、粉々になったガラス製の置物。


「ごめんなさい、めちゃくちゃにしちゃって」


「とんでもありません」


ユリアンはベッドから起き上がり、私の前に跪いた。


「命を救っていただきました。この恩は、一生忘れません」


「そんな、立てよって……」


「いえ」


彼は顔を上げ、真剣な目で私を見つめた。


「エリザ様、あなたは今、歴史的に重要な瞬間を生きています。この世界に数百年ぶりに現れた、真の魔法使いとして」


私は言葉を失った。魔法? 魔法使い? そんなのは童話やファンタジー小説の中だけの話だと思っていた。


「証明してみせましょう」


ユリアンは立ち上がり、壊れた家具の一つを指さした。


「あの椅子を、元通りに直してみてください」


「どうやって?」


「先ほどと同じように。心の中で、元通りになれと願うだけで」


半信半疑だったが、私は言われた通りにした。壊れた椅子を見つめ、心の中で元の姿を思い浮かべる。


すると再び、胸の奥から温かい力が湧き上がった。手から銀色の光が伸び、椅子を包み込む。木の破片が浮き上がり、一つに集まり、継ぎ目なく元の形に戻っていく。まるで時間が逆戻りしているかのように。


ほんの数秒後、椅子は完全に修復されていた。いや、修復以上のものだった。古びていた部分まで新しくなり、漆塗りがより深い輝きを放っていた。


「信じられない……」


「これが魔法です」ユリアンは静かに言った。「そしてエリザ様、あなたにはもう一つ、特別な力があるかもしれません」


「特別な力?」


「夢魔化しかけた私を、完全に鎮めたこと。普通なら、一旦暴走した魔力をここまで制御することは不可能です。ましてや、無傷で」


彼は自分の体を確かめるように見つめた。


「あなたの魔法は、単に物を直すだけではありません。おそらく――人の心や魂にも働きかけることができるのです」


私は改めて、手の中の指輪を見つめた。翡翠の宝石が、優しい光を放ち続けている。


「この指輪は?」


「新しい誓約の指輪です。しかし、普通のものとは明らかに違います。おそらく、あなたの魔法が形になったものなのでしょう」


ユリアンはそっと手を差し伸べ、指輪を取ると、自分の薬指にはめた。


「これで、私は再び保護者を得ました。そしておそらく、これまでのどんな指輪よりも強力な抑制力を持つものでしょう」


指輪がはめられた瞬間、翡翠の宝石が一瞬強く輝いた。そしてユリアンの全身を、かすかな銀色の光が包んだ。


「感じます」彼は目を閉じて呟いた。「これまでにないほどの……安心感。まるで、すべてが守られているような」


彼がそう言うと、私も何かを感じた。ユリアンとの間に、目に見えない糸のようなものが張られたような。彼の存在が、私の意識の片隅に常にあるような感覚。


「これが……保護者としての絆?」


「はい、おそらく」


ユリアンは目を開け、真剣な表情で私を見つめた。


「しかしエリザ様、これからが問題です。あなたの力を、誰にも知られてはいけません」


「なぜ?」


「この世界は、あなたが思っている以上に残酷です」


彼の声には、重い響きがあった。


「真の魔法は、数百年間失われた力です。その力を手にした者が現れれば、王国も教会も、諸侯も――すべての勢力があなたを手に入れようと争うでしょう。あるいは、自分たちの脅威となるなら、消そうとするかもしれません」


「そんな……」


「特に、あなたが女性であることが問題です」


ユリアンは続けた。


「この世界は女尊男卑ですが、それはあくまで『男性が女性に保護される』というシステムに基づいています。しかし魔法は、そのバランスを根本から覆す可能性があります。一人の女性が、国全体を滅ぼす力を持てるなら、現在の社会構造は崩壊するでしょう」


私は理解した。これは単なる「特別な力」の問題ではない。社会の根幹を揺るがす、政治的な問題なのだ。


「では、どうすれば?」


「まずは隠すことです。今日のことは、絶対に誰にも話さないでください。そして魔法の力は、極力使わないこと。緊急時以外は」


ユリアンは部屋の惨状を見回した。


「ここは私が何とかします。何かあったら、夜中に実験でもしていたとでも言いましょう」


「でも、あなたは大丈夫? またあんなことになったら……」


「大丈夫です」


彼は薬指の指輪を優しく撫でた。


「この指輪があれば、少なくとも数年は安心でしょう。それに……」


ユリアンは言葉を切ると、深々と一礼した。


「私はこれから、あなたの従僕であると同時に、保護者としてのあなたを守る盾となります。命にかけて」


その言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。この世界で初めて、本当の意味で信頼できる存在ができたような気がした。


「ありがとう、ユリアン」


「いえ、感謝すべきは私の方です」


彼は顔を上げ、かすかな微笑みを浮かべた。


「さあ、もう夜も更けています。お嬢様はお戻りになった方がいいでしょう。ここは私に任せてください」


確かに、窓の外はまだ暗かったが、東の空がほのかに白み始めている。夜明けが近い。


「わかった。でも、無理はしないでね」


「はい、かしこまりました」


私は部屋を出ようとしたが、ドアの前で振り返った。


「ユリアン」


「はい?」


「今日から……私のことは『エリザ』で呼んでいいよ。『お嬢様』じゃなくて」


彼は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しくうなずいた。


「かしこまりました、エリザ様」


その呼び方に、なぜかほっとした。少しだけ、この世界での自分が「自分」に近づいたような気がした。


廊下を歩きながら、私は胸に手を当てた。まだ温かい感覚が残っている。あの魔法の力の名残だろうか。


(魔法……)


信じがたいことだが、現実だ。私はこの世界で、唯一無二の力を持ってしまった。


ユリアンが言うように、これは祝福であると同時に、危険でもある。でも――


なぜか、怖くはなかった。


むしろ、どこかワクワクしている自分がいた。この完璧すぎる、虚飾に満ちた世界で、初めて「本物」を感じたからかもしれない。


窓から差し込む朝の最初の光が、廊下を黄金色に染め始めた。


新たな一日の始まり。そして、新たな人生の始まり。


私は誰にも知られないように寝室に戻り、ベッドに横たわった。目を閉じると、ユリアンの言葉が繰り返し思い浮かんだ。


「真の魔法使いとして」


これから、何が起こるのだろう。この力とどう向き合えばいいのだろう。


答えはまだ見えない。しかし一つだけ確かなことがある。


私はもう、あの平凡なOLではない。エリザ・デュランドとして、この世界で生きていく。


それだけは――決意した。


窓の外から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。


夜明けが、訪れた。



---


次回予告:

真の魔法使いとしての目覚めを迎えたエリザ。しかしその力は、すぐに試練に直面する。王都で開催される社交界デビューを控え、貴族社会の複雑な人間関係に巻き込まれていく彼女。そこで出会うのは、それぞれの事情を抱えた男性たち――純情な騎士、孤独な神官、狡猾な商人。そしてエリザの力を嗅ぎつけ、近づいてくる影。彼女は自分の力を隠し通せるのか? それとも、運命は彼女をさらなる波乱へと導くのか?

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