魔女は、如何にして不老になったのか。
霜月立冬
魔女は、如何にして不老になったのか。
私は魔女である。それなりに長く生きている。多分、日本の国と同じくらいか。その為、名前は幾つも有る。今は「
私にとっての問題。それは外観、見た目である。
繰り返すが、私は人並み外れた高齢だ。しかし、故有って見た目に関しては、今は十代前半である。外見を弄っている訳ではない。肉体年齢が十代前半なのだ。
その原因、或いは理由は、余り明かしたいものではない。できれば、封印しておきたい。しかし、披露せざるを得ない。そのような出来事に、今日も遭遇してしまった。
現在、私は日本のとある公立中学校に通っている。生国は日本ではない。日本が平和な国と聞いて、態々やってきたのだ。
日本は、確かに平和である。呑気と言ってもいい。魔女であろうとも、普通に授業を受けることができるのだ。私のような日陰者にとって、天国のような国だ。だからと言って、現況に満足しているという訳でもない。
不満なのは「退屈である」ということ。
中学生として授業を受けていることが、実に、実に、実に――退屈なのだ。授業を受ける度、これで何度目だ? 何年目だ? と、同じ内容ばかりを繰り返している。尤も、それは日本の学校教育の問題ではない。
私自身が、何年も同じ学年を繰り返している。実質的な意味で、私は留年しまくっているのだ。授業の内容など、受ける前から理解している。それを無駄な時間と思う。偶には別のことにかまけたい。しかし、学校から離れる訳にはいかない。
見た目が十代前半なのだ。木を隠すには森。これも運命、宿命と諦める他無い。
そもそも、私に必要なのは居場所だけ。現代社会の中で生きていければ、それで良い。それ以外のことは、どうでも良い。無理に他人と関わる必要はない。今の学校でも、一人静かに過ごしている。基本的に、私は独りぼっちが好きなのだ。
しかし、現代中学に於いて、独りぼっちは最悪の事態を招く最大要因である。
独りぼっちには味方がいない。何が有ろうと、誰も助けてくれない。誰にも助けを求められない。
そのような人間は、イジメを生き甲斐とする者にとっては
そう、私はイジメの対象となっていた。
私は、基本的に休み時間は自分の席から動かない。そのように心掛けている。そうしなければ、物を隠されたり、破壊されたり、落書きされたりと、散々な目に遭う。だからと言って、席に着いていても平穏という訳ではなかった。
私が自席でスマホを弄っていると、三人の女子生徒が近付いてきた。そいつらは、私をイジメる主犯格であった。
主犯格達は、それぞれ学年カーストの最上位にいる。その為、手下も多い。
私へのイジメが始まった頃、主犯格達は手下の男子生徒を使っていた。しかし、それも本当に最初期の内だけだ。
私が抵抗したり、教師に訴えたりしないと知ると、主犯格達は自ら手を下すようになった。その行為に対して、周りの生徒達は皆見て見ぬ振りをした。後難を恐れていたようだ。
私は、体の良い生贄である。今も、弄っていたスマホを取り上げられたところだ。
三人の女子生徒は、私のスマホを勝手に弄りながら、その内容を見てケラケラ笑った。その様子を、私は茫洋と見ていた。どうでも良かったからだ。
傍から見れば、無反応と見えただろう。少なくとも、イジメの主犯格達の目にはそのように映っていたようだ。
無反応は無視しているも同然である。イジメる側にとっては、腹立たしいことこの上ない。自分達が馬鹿にされている――と、思ったようだ。
三人の女子の内、一人が私のスマホを右手に握って、それを高く掲げた。そこから腕を勢い良く振り下ろした。
私のスマホは、床に叩き付けられた。しかし、それで終わりではなかった。
スマホを投げた女子生徒は、床に転がったスマホを踏み付けた。すると、それを見た他の二人が、「面白い」「ウケる」とかなんとか言って、先の生徒に倣ってスマホを踏み付け出した。しかし、踏み付ける対象は一つである。三人で踏むとなると、互いの脚を踏み付けかねない。
そこで三人は一計を案じた。なんと、順番で一人ずつ踏み付け出したのだ。その行為は、主犯格達のツボに入ったようだ。
主犯格達は、気が狂ったかのように
しかし、誰も止めようとはしない。教師を呼ぼうともしない。イジメの主犯格達はやりたい放題だ。
流石に、ここまで以上だと、魔女でも首を傾げたくなる。理解不能である。だからこそ、私は原因を「知りたい」と思った。
魔女とは、世界の不思議を探究する者である。分からないこと理解したい。その知的好奇心こそが、長く生きた私に残された最後の生き甲斐であった。
私は、直ぐ様現況の原因の探究を開始した。
先ず、右手を掲げ、その人差し指に魔力を集中させた。
暫くすると、人差し指の先端部分が青白い光を放ち出した。蛍ほどの光になったところで、今度は瞼を閉じた。光る人差し指を瞼に沿えて、そっと撫でる。眼球に霊的なダメージを与えないよう気を付けながら。ユックリ、丁寧に。
撫で続けていると、私の目に魔力が蓄積さていく。それが十分量溜まった瞬間、私の両眼が開いた。このとき、私の正面に立っていた者がいたならば、私の目の状態を奇異に思っただろう。
私の瞳孔には、青白い五芒星が閃いていた。
五芒星は、神の力を解放する
視界に映った像に様々な情報が表示された。それらは、簡潔に言えば「魂のデータ」である。或いは「本質、本性」と言っても良いだろう。
今の私には、像に関する全ての情報が見えている。そこから生物的な状態を知ることなど造作もない。
私は主犯格達の脳の構造を確認した。その瞬間、先程覚えた疑問は氷解した。その理由が、私の脳内に閃いた。
嗜虐心。簡潔に言えば、人を傷付けて喜ぶ気持ちである。尤も、それ自体は誰しもが持っているものだ。
しかしながら、長ずるほどに小さくなっていく。殆どの人間は、それを抑えて生きているからだ。
そもそも、人間の体は後天的な要因に合わせて成長するようにできている。余り使わない部位は退化して、良く使う部位は進化する。
イジメの主犯格達は、幼少期からイジメを繰り返していたのだろう。そうすることで、嗜虐心を進化、肥大化させたのだ。そうでなければ説明が付かない。彼女たちの嗜虐心の大きさは、凡そ人間のものではない。修正は――不可能だろう。
主犯格達は、これからもイジメを続ける。そうすることが、彼女達の生き甲斐なのだ。いや、依存しているというべきか。
今は未だ中学生である。その為、イジメは校内に収まっている。しかし、社会に放逐すればどうだろう? 社会に仇なす存在になることは確実ではないか? それが分かっていて、見て見ぬ振りをしていいものか? それは、現況の無責任な生徒達と同じである。
私が、
こいつらは、今の内に排除しておくべきだろう。
私は決意した。その為に、私が使用できる魔法の中で最も確実性が高いものを選択した。
それこそが、私の見た目の原因であった。しかし、分かっていても、使わずにはいられない。
私は席を立った。続け様に、ゆっくりイジメの主犯格に近付いた。
主犯格達は、今も楽しそうに私のスマホを踏み付けている。その常軌を逸した行為が気に入ったようだ。夢中になっている様子。
私の接近に、誰も気付かない。これは僥倖。私は構わず近付いた。
彼我の距離が、手を伸ばせば届くほど迫った。そこで、私は脚を止めた。
私は両手を掲げて、掌を前面に突き出した。しかし、主犯格達の体には触れない。触れるか触れないかの微妙なところで止めている。
現状を維持しながら、私のは、私が最も得意とする呪文を唱えた。
「
私の視界には、イジメの主犯格達の魂が映っている。そこから、淡い光が溢れ出していた。
私が見ている光景は、他の生徒には見えない。それを視認できる者は、神の目を持つ私だけ。
目に見えない光。それぞれが内包する魂の力、「生命力」である。
溢れだした生命力は、元の魂を離れて一点に流れ込んでいく。その先に、私の掌が有った。
主犯格達の生命力は、私の両手の中にドンドン吸い込まれていく。その行為を続けていると、主犯格達の肉体に変化が現れた。
勢い良く上がっていた脚が、全く上がらなくなった。それに伴って、肩で息を吐き始めた。
最終的に、皆座り込んでしまった。その状態のまま、荒い呼吸を続けている。それが収まったところで、主犯格達は顔を上げて、互いを見た。
その瞬間、老人のようにしわがれた声が教室中に響き渡った。
主犯格達の目に映った顔は、先程まで見ていた中学生ではなくなっていた。それを端的に言うならば「老女」である。それも、生きているのが不思議なくらい枯れ切っている。
事実、今の主犯格達の寿命は短い。以て一年ほどか。それくらいの生命力を吸い取っている。
主犯格達のお陰で、私の肌はピチピチと音がなるほど潤った。当然ながら、見た目も変わっている。その事実を直感した瞬間、私の口から溜息が漏れた。
ああ、また引っ越さないと。
悪を成敗したことに後悔は無い。しかし、引っ越しは面倒だ。私は溜息を吐きながら、悲鳴が上がる教室を後にした。
その後の話。
イジメの主犯格達は、家に引き籠った。中には無理を押して医者に診て貰った者もいた。しかし、現代医学の手に負えるはずもない。
無情な現実を突き付けられ、絶望の余り自ら命を絶った者もいたようだ。全く愚かしい話だ。暫く待てば、直ぐにお迎えが来るというのに。尤も、その事実を知っているのは私だけなのだが。
魔法にかかわる話は、墓場まで持っていく。可能であれば、斯様な冥途の土産は増やしたくないものだ。しかし、私の願いは中々叶わない。
転校する度、冥途の土産が増えていく。遺憾である。しかし、それも仕方がないことなのかもしれない。
この世界には、社会に出す訳にはいかない
魔女は、如何にして不老になったのか。 霜月立冬 @NovemberRito118
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