公爵家の秘蔵っ子~天涯孤独の少年、王国最強の貴族に鍛えられて災害級戦力へと成長していく~
ラチム
第1話 天涯孤独の少年
「お腹すいた……」
少年は虚ろな目で道の中央を歩いていた。
ボロ雑巾のような服を着て歩く少年とすれ違う人々は一様に顔をしかめる。
異臭を放つ少年に触れぬよう道を譲るが、中には舌打ちをしてわざと体当たりをする心無い者がいた。
――ドンッ!
「いってぇな!」
「あ……」
謝罪の言葉を口にできるはずがない。
悪いことをしたら謝るということすら少年は知らないのだから。
鎧を着こんだ男は倒れた少年に唾を吐きかけてから悪態をついて去っていく。
「なんだってんだよ、あのガキはよ……」
「前からこの町をうろついている浮浪児だよ。店が出したゴミを漁るから皆が迷惑してんだ」
男の仲間が振り返りながら少年を冷笑した。
それでも少年は歩く。ゴミを漁る。見つかって追い回される。
その日は運よく歯形がついて腐ったパンを齧ることができた。
腹痛で苦しむことなど意に介さない。
飢えを凌げるだけで少年にとっては御の字だ。
腹痛ならまだいい。
高熱を出して嘔吐をしてしまった日には幼い身ながら少年は自分の終わりを感じた。
死や命という概念を誰からも教わらなかった少年でも漠然とそう予感していた。
少年は七歳になったばかりだ。
少年が最後に人と関わったのはいつだったか。
自分を激しく怒鳴りつける大人達、殴る蹴る鞭で叩くなどの暴行を加える大人達。
そのような日常がどのくらい続いたのか。
いつその日々が終わったのか。
少年にとって今はどうでもいい。
ただ少年はその日を生きることしか考えていなかった。
やがて少年は食べ物を得るにはどうすればいいかを学ぶ。
ある日、恰幅のいい店主が店の外で雇われの男に給金を支払っていた現場を見て知った。
誰かに雇われてお金をもらえばいい、と。
「あぁ⁉ 誰が汚らしいガキなんか雇うか! 失せろ!」
少年を雇うものなど皆無で蹴とばされて道に転がる。
少年が次に学んだのは狩りだ。
いつか自分を突き飛ばした男がハンターという仕事をしていて、魔物を狩って生計を立てていると知った。
しかし魔物を狩るには武器が必要になる。
武器を得るには金がいる。
雇われなくてもハンターの男のように自分の力で魔物を狩ればそれが金になる。
ゴミを漁って獲得したパンを片手に少年は魔物が徘徊する森へと向かった。
少年はその日、ゴブリンと遭遇する。
結果は少年の惨敗だ。
ゴブリンは動かなくなった少年を見て死んだと思って姿を消した。
「あ? ガキが倒れてるぞ?」
「あれって浮浪児じゃないか? ついに野たれ死んだか」
「しゃーねえわな。この世は弱肉強食ってんだ」
「ついに町にもいられなくなってかわいそうにな」
せせら笑うハンター達を背に少年の指がぴくりと動いた。
血を流しながら少年は木陰で身を固める。
どれほどの間、そうしていたのか。
少年は再び動き出す。
ゴブリンを背後から奇襲して羽交い締めにするも、結果は大の字になって視点が空を向いていた。
草を引きちぎって口に詰め込んだ少年は再起する。
味や青臭さなど二の次だ。
自らの怪我や痛みなど三の次、少年の精神や生命力は常軌を逸していた。
来る日も来る日も少年はゴブリンを観察して挑んだ。
そんな少年の噂が町にまで届いて、人々の話題になる。
とっくにくたばっただろうと言えば、森の中で見たと答える者がいる。
惨め、哀れ。
自分よりも下の環境にいる少年は人々にとって安堵の種だった。
あんな風にならなくてよかった、親がいてよかった、と。
しぶとい、気味が悪い。
人々の話題に変化が表れるのにそう時間はかからない。
やがて少年がゴブリンの首を持って町に現れた。
ゴブリンの首は引きちぎられている。
刃物を持たない少年はそうするしかなかった。
生首を脇に抱えて歩く少年にぶつかる者はおらず、ハンターですら道を譲ってしまう。
ある者は絶句して、ある者は思考が停止して、ある者は悲鳴を上げる。
わずか七歳の子どもがゴブリンの生首を抱えている現実は人々にとって刺激が強かった。
しかし少年にそのような空気を読めるはずがない。
「魔物。お金ほしい」
少年に礼節などない。
道の真ん中で少年はゴブリンを持って自身の実績をアピールした。
お金があれば食べ物が手に入る。
少年はその一心で人々に向けて自分を誇示した。
お金さえあれば草を食べなくていい。
少年は腹を鳴らしながら人々の反応を待つ。
「気持ち悪い……」
「なんだよ、あの子どもは……」
「衛兵はなにしてるの?」
汚物でも見たかのように口に手を当てる婦人、嫌悪感を隠さずに眉間に皺を寄せる老人。
言葉を閉ざすのはハンター達のみ。
彼らはいささか冷静に少年の異質さを飲み込めていた。
「お金……」
罵声を浴びせられようともゴミを漁って追いかけられようとも。
石を投げつけられようとも、ゴブリンに痛めつけられようとも。
少年は決して涙など流さなかった。
しかしまだ七歳の子どもだ。
人の心が折れる瞬間はやってきたことが報われなかった時。
少年の感情は決壊寸前だった。
「お、お金、ほ、ほしっ……」
少年の涙腺が緩もうとも人々は硬貨すら取り出さない。
年端もいかない子どもがゴブリンを殺したという事実がある。
しかし人は非現実的な光景を目の当たりにすると、己の中にある常識とすり合わせる。
少年の前に出たハンターの男もその一人だった。
「どこの死体を拾ってきたんだ?」
男の反応は常識的だが人情がなかった。
「拾ってない……」
「お前みたいなガキがゴブリンを狩れるはずがねぇ」
「拾ってないっ……拾ってない!」
「こいつ……」
少年の頬をつたった涙が地面に落ちる。
ハンターが大人げなく握り拳を作った時、彼の後ろに立つ者がいた。
「お前を引き取ろう」
その場にいる者達の注目を集めたのは長身の貴族だった。
シルクハットを被り、銀色の前髪で片目を覆うミステリアスな装いの青年。
ブラックコートに身を包んでポケットに手を入れたまま少年に歩み寄る。
「あ、あれって……ウソだろ?」
「本物か?」
文字通りの絶句、この場に似つかわしくないどころではない。
周辺の空気が凍り付いたと錯覚する者さえいた。
「失礼する」
人々は貴族から無意識に半歩ほど後退する。
優雅に一礼しながらも視線は一切笑っていない。
一方で少年は貴族を見上げた。
町にいるどの人間とも違うその人物はいくら観察しても足りない。
「ひきとる? お金くれるの?」
「そうだ。今日まで生き延びたお前には価値がある。そこの男よりよほどの価値がな」
少年をウソ吐き呼ばわりしたハンターの男を貴族が一瞥した。
自覚があるハンターの男の感情が動かないわけがない。
とはいえ相手は貴族だ。
いつものように胸倉を掴みにかかるわけにもいかなかった。
「お金ほしい!」
「では私の言う通りにしろ。ついてこい」
「ついていったらお金くれる?」
「金以上の価値をくれてやる。ただし私の言うことを聞け。それが条件だ」
貴族の言葉の意味など少年には理解できない。
少年にとっては金が手に入るかどうかがすべてであり、歳相応のプライドなどとっくに消えている。
そんな二人を見送るのはハンター達や町人達だ。
「なぁ、あれって氷の公爵様、だよな?」
「当主ベインハイル、王国内で数人しかいない決戦級戦力の実力者にしてあまりに情がない戦いをするという……」
「噂じゃ国王すら頭が上がらないって話の? そんな人がなんであんな浮浪児を?」
「知るかよ。これだから金持ちの考えることはさっぱりわからん……」
困惑が入り乱れる場だが、人々の中には自分でも気づかない感情があった。
それは嫉妬だ。
ただの汚い浮浪児と思っていた少年が公爵の目に留まるなど誰が想像したか?
あの子どもなら自分にもチャンスが、などと考える者はいた。
しかし庶民が近づける余地などない。
身分、人としての格、何より公爵自身が放つ圧が誰一人として口を開かせなかった。
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