デイリーダンジョン貸し出します

二時間十秒

第1話 プロローグ

「ここがウィンダムか。さすがうちの村とは違ってでっかいなあ」


 俺は生まれて始めて訪れる大小様々な建物がひしめき合う大都市ウィンダムに圧倒されていた。

 故郷の寒村から出たことのほとんどない俺にとっては目が回るような人の多さだ。


 ここでやっていくなんて本当にできるのかすでに心配になっているが、しかしなんとかやるしかない。もう家に帰るわけにはいかないのだから。


 俺は田舎の村の平凡な家の五男で継ぐ家も農地もないし、地元の村には仕事なんてあるわけもない。

 村の多くの若者と同様、食ってくためには村を出て町に行き働き口を探さなきゃいけないのだ。


 ということで、やってきたのがこのウィンダム。

 大都市であれば何かしら仕事はあるはずだ。それに、俺みたいな田舎から仕事を求めてやってきた人も大勢いるって話だし。


 ……しかし、俺が求めているのは普通の仕事じゃないんだ。

 ウィンダムといえば、一番有名なのは――。


「今日こそ『ザムザム森の迷宮』の3階まで行くぞ!」

「おお!」「おお!」「おお!」


 俺とすれ違う四人組が、気合いを入れている。

 剣や斧をそれぞれ携えた姿はそう、ダンジョン攻略を目指す冒険者だ。


 通りを見れば、彼らのような冒険者の姿はそこかしこにいる。

 ここウィンダムは、周囲に多くのダンジョンがあり冒険者たちの聖地となっている迷宮都市とも呼ばれる町なのだ。


 そして、何を隠そう俺も冒険者志望。

 現在この国を熱狂させているダンジョンの噂は田舎までも届いていた。

 やれダンジョンで家が建っただの、スラムの子供がダンジョンで強くなり騎士団長に成り上がっただの、ダンジョンで見つけたアイテムで魔法学校の落第生が万能薬を作って最年少で教授に就任しただの。


 そんな噂話がいくらでも入って来るのだから、どうせ村を出るなら俺も冒険者になりダンジョンで一山あてたいと思ってしまった。

 そのために、迷宮都市ウィンダムに来た。


「さて、一山当てるか!」




「えっ!? ジョージも辞めてしまうんですか?」

「ああ。もっと見入りのいい仕事が見つかった」

「そうですか……残念だけどしかたありませんね」

「ディーツも考えた方がいいぞ、このギルドは未来ねえよ。遠からず潰れる。そんなとこでギルド職員してもなんもならねえ」

「それは……」

「まあ、そういうこった。じゃあな」


 ――迷宮都市ウィンダムに来てから一年後。


 ディーツ=バージェス。『ヤジルシ冒険者ギルド』職員。

 それが今の俺だ。


「もう残ってるのは俺だけか……」


 しかも、潰れかけの冒険者ギルドの。


 俺は冒険者を諦めた。

 ダンジョンにはもちろん行ったのだが、俺の力じゃモンスターを倒したり宝を取ったりなんてことはまともにできず、冒険者ブームで大勢の冒険者の競合がいれば尚更で、飢え死に寸前に。


 そんな時にこの『ヤジルシ冒険者ギルド』に拾われ、なんとか糊口をしのぐことができた。それ以来このギルドで働いているのだが、ここがなんとこの町でも一番の弱小ギルドだったのだ。


 冒険者ギルドは情報提供や素材の買い取り。採取、討伐、その他依頼の斡旋。など冒険者をサポートする場だ。また冒険者同士が集まる場所としての役割も大きい。


 ウィンダムは冒険者がたくさん集まることからそんな冒険者ギルドがいくつもある。有名冒険者を多数抱える大きなところもあれば、細々とやっているところもあるが、そもそも冒険者ギルドとして成り立たないような崖っぷちのところもある。


 その崖っぷちがうち『ヤジルシ冒険者ギルド』。

 登録している冒険者はもう10人に満たない。

 その冒険者たちも名のある冒険者は0で、討伐や素材買い取りもごく少ない。

 そうなると当然、そういった業務の手数料で運営されているギルドも立ちゆかなくなる。職員の給料も減っていく。


 そんなわけで、俺が働き始めた時は四人いた職員もついに俺一人になってしまった。

 

「いよう! 景気はどうだいディーツ! ああ言わなくていいぜ、いいわけないからな! ヒャッハハハ!」


 入り口のドアが、軋みながら勢いよく開いた。

 入って来たのは、全身を外套なのかローブなのかすらよくわからない大きなボロ布でくるんで顔すら見えない異様な風体の冒険者。


「セトがたっぷり働いてくれたら景気がよくなるんですけどね」


「ひゃはは! 俺様はいつでも働きまくりだろ! まあ気にすんな、大地の歴史から見れば人の営みなど儚いものだぜ!」


「視点が巨大すぎますよね」


 うちに登録している数少ない冒険者の一人であるセトが持ってきた素材を受け取り、品質を鑑定しそれに応じて買い取り金額を渡す。

 セトは金を受け取ると、「最後の一人ってのもオツなもんだ! アゲてけ兄弟!」と格好に見合わぬ陽気さで去って行った。

 君が毎日素材もってきてくれればアガるんだよな。


 この雑多な素材を必要な人それぞれに売却していけばセトに渡した買い取り金額との差額がギルドの利益になるけど、これでは全然足りない。


 俺の給料、建物の修繕費のツケ、国と町に払う税金。

 このままじゃ今年を乗り切れるか心配だ。

 というか確実に乗り切れない。

 

「……やるしかないか」


 俺はギルドの壁に立てかけている剣に視線を向けた。


 俺も元は冒険者志望。夢破れたとはいえ、剣を振らなかった日はない。

 悲しいかな、過疎ギルドゆえ素振りをする時間は十分にあった。


 一年の特訓を経た今なら俺もダンジョンで少しはやれるかもしれない。

 というかやらなきゃ多分潰れる、うちのギルド。

 だからやるしかない。


「行くぞ!」


 俺は久しぶりのダンジョンへと出発した。




【ザムザム森の迷宮 1階】


 迷宮都市ウィンダムの南に広がる広大なザムザム森、そこにあるダンジョンがザムザム森の迷宮だ。

 森の中にぽっかり口を開けた洞窟の内部は、まるで誰かが作ったような構造の迷路になっていて、まさに代表的なダンジョンの姿。

 ここにはダンジョンらしくモンスターが徘徊し財宝が見つかる時を待ち眠っている。


 ――はずなのだが。


「おい! 押すなよ!」

「しかたねえだろ混んでるんだから」

「いったぁ! 誰よ私の足ふんだの!」

「うるせえ騒ぐなモンスターが寄りつかなくなるだろ!」


 俺の視界に入るのは、人、人、人。

 迷宮内は冒険者たちでひしめき合い、怒号と足音に満ち満ちていた。


「おいガキ! ぼさっと突っ立ってんじゃねえ邪魔だ! ったく、ダンジョン黄金時代のせいでニワカだらけで嫌になるぜ」


 俺を押しのけて禿頭のベテラン冒険者が迷宮の奥へと大股で歩いて行った。


「ダンジョン黄金時代……一年前よりさらにひどくなってるな」


 大昔、ダンジョンは危険の象徴でしかなかった。

 一部のもの好きが入ることはあるが、そのまま帰ってこないか、帰って来てもリスクに見合わないちょっとした宝や魔石を持ち帰るくらいのこと。


 だが、文明が発展し武具の性能が上がり、魔法の体系が整い、様々なスキルを人々が身に着けたことで、ダンジョンの奥深くへと行けるようになってきた。


 そしてこれもウィンダムの北部にあるメスヴィル遺跡の奥深くにおいて、メスヴィル石と呼ばれる非常に高純度な魔石が見つかり、採掘してきた冒険者が一夜にして大富豪となった。

 その噂が広がるとダンジョン攻略の機運が一気に高まったのだ。


 それが今から20年前のこと。

 そこからダンジョンの攻略が本格的に始まり、ダンジョン黄金時代と呼ばれる、老若男女多くの人間がダンジョンに入るようになる時代が始まった。

 ダンジョンによって財を成す者、出世する者、そんな噂が辺境の田舎村にまで届くくらいに。


 そのおかげでダンジョンの中は冒険者だらけだ。一年前もひどかったが、さらに増えている。20年経っても未だにブームの勢いは衰えることがない、むしろ加熱している。


 人混みにもまれながらなんとか奥へ進んで行くと、さすがに入り口近くに比べると人口密度は減ったが、しかし、それでもひっきりなしに他の冒険者とすれ違うくらいには人が大勢いる。

 そして、冒険者はいれどもモンスターや財宝や素材は一つもない。


 つまり、大量に冒険者がいるせいで、全て狩り尽くされているってことだ。

 これがダンジョンブームのリアル。


 その後も数時間ダンジョン内を彷徨ったが収穫は何もなかった。

 手に入れたのは疲労だけ。


 ……これは詰みか?


 俺が自ら稼ぐこともできないし、うちのギルドに登録してる冒険者達もこの状況じゃろくに稼げないだろう。

 景気の良いギルドは、挑む人が少ない高難易度ダンジョンにアタックできる、名のある冒険者を抱えてるところだし、それ以外のギルドはもう駆逐される定めなのか……。


 俺の心の希望の光が弱まっていく。


 だがその時、俺の両手は逆に光に包まれていた。


「えっ!? えっ!?」


 青白い光は両手から腕を伝って全身へと広がって行き、頭を包みこんだ瞬間。


「この感覚――まさかこれが――『ユニークスキル』!!」


 ダンジョンのような高濃度の魔力で満たされた空間にいると、人間の内に眠る特殊な力が覚醒することがある、と言われている。

 それは各々に固有の『ユニークスキル』と呼ばれている。


 ユニークスキルがあれば飛躍的に人間の能力は向上する。


 『ベルセルク』ならば、あらゆる武器を本能的に使いこなせるようになり、武器を持つと肉体も強固になるし、『精霊魔法』なら炎や水や風の魔法が燃費も威力もユニークスキルがないものの何倍も優れる。 

 『死者の王』『ギアマスター』『潜伏穏殺』……色々なユニークスキルが確認されているが、いずれもその有無で関連分野の能力が桁違いに変わってくる。


 冒険者としてやっていくつもりなら、ユニークスキルなしでは話にならないと言われる由縁だ。


 俺はこのウィンダムの町に来た当初、ダンジョンに潜っていたがユニークスキルが覚醒しないまま、飢え死にしかけてギルド職員になった。

 もっと粘ってれば目覚めたのか、それとも一年間ギルドで素振りをして多少なりとも強くなったから、それでユニークスキルに目覚める資格を得たのか。


 どちらなのかはわからないが、いずれにせよ今目覚めた幸運に感謝しよう。

 さて、俺のユニークスキルはなんだ?


 ユニークスキルに覚醒したものは、頭の中の本をめくるように、自分のユニークスキルの情報を知ることができるという。

 俺も目を閉じ意識の深くを探ってみると、感覚ではっきりとわかった。

 青白い光が見え、それに触れた瞬間、ユニークスキルの情報が頭の中に流れ込んできた。




『ユニークスキル:デイリーダンジョン』

・日替わりで変化するダンジョンを創造する。




「なにこれ?」

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