第3章 怠惰の女
第10話 A級からE級まで
病院を出た僕たちは、作戦会議のためタクシーでファミレスに場所を移した。
ここは駅から離れていて、いつもあまり人がいないし、深夜までやっているから話し合いにはもってこい。
今日もほとんどお客さんはいない。
少し離れた席に聡美さんが一人で座っているだけだ。
「ねえ…なんでわざわざファミレスなの?君のマンションの方が近くない?」
目の前の彼女はここに来るまでに何度も繰り返していた不満をもう一度つぶやいた。
「すみません…。金曜日とか週末は関係者の千尋さんが突然来ることがあるんです。今週は出張に出てるんですけど、万が一鉢合わせをしたら大事になるので…。」
「それはしょうがないわね。というか、また新しい名前が出て来た!!関係者っていったい何人いるのよ!!」
「はい…。整理しますね…。」
僕は鞄からメモ用紙を取り出してペンをサラサラと動かす。
S級:紅羽さん
A級:若葉さん
B級:綾乃さん、千尋さん、麻梨香さん
C級:聡美さん
「レギュラーの関係者はこんなもんです。D級とかE級は挙げきれないので省いています。」
「こんなにいるの…?」
彼女は僕が書いたメモを手に取って大きく目を見開いている。僕はなるべく深刻そうな顔を作ってうなずく。
「それと、S級とかA級とかって何よ?前にちょっと聞いたことがある気もするけど。」
「ああ…これは僕との関係が深い関係者レベルを表しています。1回だけセックスした相手はE級、1回リピートしたけどレギュラーに昇格しなかった相手はD級、月1回程度がC級、月に2回以上がB級、週1ペースでA級、週2回以上がS級です。」
「‥‥。」
「ちょっと!!美香さん!自分でもひどいことを言ってるのはわかってます!そんな海辺に流れ着いたゴミを見るような目で見ないくださいよ!」
「その美香さんって呼び方も…まあいいや、そんなことにこだわってたら論点がズレて話が進まないし…。」
彼女の本名は、天使美香絵瑠(あまつかみかえる)。救急外来でそれを知ってからファミレスに移動するまで、悪魔なのに天使なんですか?ミカエルなんですか?と、散々コスッたらすっかりむくれてしまい、「もう、デビル美香って呼ばないと無視する」とまで言われてしまった。
さすがにデビル美香はセンスが壊滅的なので、美香さんと呼ぶことにした。
「はい…。それでどの人から話し合いを進めるべきか相談させてください。」
「まあ普通は関係が深い方からじゃないの?向こうにとってもショックが大きいだろうし。まずはS級?の紅羽さんって人からじゃないかな…。」
美香さんは頬杖をつき憮然としながらも真面目に答えてくれる。ありがたい。だけど…。
「すみません。紅羽さんは最後にしてくれませんか?」
「な~に~?もしかしてまだ未練があるとか?君にも人間らしい感情があったんだ~。わかるよ~。」
美香さんは頬杖をつきながらニヤリと笑いかけてきた。
「いえ、紅羽さんは今の職場の上司だからです。こじれると仕事に影響しそうなのでしっかり準備してからにしたいかなって…。」
「おいこらっ!!公私混同!見境なしか?おいっ!!」
美香さんは一瞬呆れたような表情になったけど、それでも気を取り直してくれたようでリストを見つめ、他の人の名前を指さした。
「じゃあ、このB級の千尋さんって人は?」
「千尋さんはお金持ちで…今住んでいるマンションのオーナーなんです。関係を清算したら引っ越さなきゃいけなくなるかもしれないので、後にしたいかなって…。」
「じゃあ、この綾乃さんって人は?」
「綾乃さんは家庭的で、平日に料理を作って冷蔵庫に入れておいてくれたり、掃除をしてくれたりして助かっているので、もうちょっと後がいいな…。」
「ちょっと!!あんたさぁ!女性を性欲のはけ口にしてるだけじゃなくて、そうやって利用してるわけ?それはどうかと思うわよ!」」
美香さんはテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
「い、いや…。すみません。みんな向こうからそうしたいって言ってくれるから…。」
「だから、みんな君のことをちゃんと好きだから、そうして尽くしてくれるんでしょ?それに甘えて利用するんじゃなくて、ちゃんと誠実に向き合わなきゃだめだよ!!」
「すみません…。」
美香さんはそれ以上は何も言わずおとなしく席に座ってくれたけど、腕組みして憮然とした表情で黙り込んでしまった。
なんとなくバックに怒りの炎が見える気がする。
美香さん、悪魔なのにやけに潔癖で倫理観が強いんだよな~。
「あの…、この麻梨香さんから話し合うのはどうでしょうか?」
「どんな人なのよ?」
「麻梨香さんは大学の先輩で、マイペースにのんびりと人生を楽しむダウナーなタイプです。いつも向こうの気が向いた時に連絡が来て関係を持って、それ以外はお互いを束縛しない気楽な関係です。しかも彼女は気まぐれで、立て続けに関係を持つこともあるけど、1か月以上連絡がないこともあって…。あんまり執着しないタイプなので僕との関係を清算したいと伝えても、あっさり納得してくれると思うんです。」
「そんな簡単なことじゃないと思うけど…。あれっ?待って、一郎を好きになるタイプって、『これまで何か一つのことに打ち込んで、恋愛とか二の次だったけど、ふとこのままずっと一人なのか、寂しいなって思っちゃった女性』 じゃなかった?なんでそんなマイペースにのんびり生きてるダウナー系の彼女が君と関係を持っているの?」
「僕も不思議なんです。もともと彼女は、大学時代はプロのミュージシャンを目指して留年を繰り返しながら人生のすべてをバンド活動に全振りしていたくらい夢に一途でストイックな人だったんです。」
その時ちょうど美香さんが頼んでいたカレーを載せたネコ型配膳ロボットがやって来た。美香さんが「やっと来たよ~」と言って皿を受け取ったので話が中断された。
「それで。僕とは大学の音楽サークルで一緒だったんですけど、彼女がギターとしてバンド活動に打ち込む姿に憧れて、積極的に話しかけたり、ライブを観に行ったりしているうちに、少しずつかわいがってくれるようになったんです。」
「それで…家でギターか何かを教えてもらっているうちに、彼女の指使いにムラムラしてきて、抱きしめちゃって、それをきっかけに性的関係を持つようになったとかそんな感じでしょ?」
「えっ?よくわかりますね!」
「本当にそうだったんかい!!まったくもんげ~なやつだのう。」
美香さんはカレーを口に運びながら、じとっとした目で僕を見つめてきた。
「も、もんげ?」
「それはいいから!それで、どうして、そんなストイックな彼女がスローライフを楽しむダウナー系になったの?」
「実は僕もよくわからないんです…。麻梨香さんは留年を繰り返した挙句に大学中退しちゃって、そのまま僕との関係も自然消滅したんですけど、ちょうど1年くらい前に偶然再会したんです。そしたら、麻梨香さん、今はギターもバンドも辞めて、仕事もしないでのんびり世界を旅してるなんて言ってて…。」
「へぇ~、スナフキンみたいだ。どうやって生活してるんだろ?音楽で一発当てて印税収入があるとか?」
「いえ…、デビューにたどり着く前にバンドも解散しましたし…、きっと実家がお金持ちなんじゃないですか。」
「う~らやまし~い!!」
唇を歪めた美香さんは、投げやりな口調で心底うらやましそうな顔をしながら、グイッと水を飲んだ。
「それで、さっきちょうど、その麻梨香さんからメールが来たんです。『今すぐファックミー、Wow』って!」
「ブッフォ!!なんだそれっ!ゴホッ…、君たちは、ゲホッ、どんな世界で…生きてんのよ。グホッ!!リンドバーグに謝れ!ゲフッ!」
美香さんは水が気管に入ったのか、激しく咳きこみ始めた。
僕は隣の席に移り、背中をさすってあげる。
「もう大丈夫だから…、それよりも…次から驚くような…ことを言う時…はちゃんと予告…してちょうだい…。」
ようやく咳がおさまったようで、しゃがれ声の彼女はまた水を口に含む。
「はい。すみません。それで明後日ラブホに呼び出されたんで、美香さんも一緒にそのラブホに来ませんか?」
「おいっ!!グッフォ、ゲッホッ、ちょ…、グフッ!殺す気?」
またしても水が気管に入ってしまったのか、激しく咳きこみながら鋭く睨んできた。
「水を飲むときは慎重に…。」
「誰のせいだ!!私は君たちのただれた関係に関わるつもりはないからね!」
「違うんです。僕がちゃんと話し合いできるように美香さんに見守って欲しいんです。」
「やだね!」
「僕が一人だと、ついつい甘えて話を先延ばしにしちゃうと思うんです。美香さんがいれば心強いです。隣にいてくれるだけでいいんです!!お願いします。」
縋るような目で見つめた後、シートに手をついて頭を下げた。
そのままずっと下げ続けていると、頭の上から「しょうがないわね」という声が落ちて来た。
「ありがとうございます!!」
喜び勇んで顔を上げると、美香さんは渋い顔をして唇を尖らせていたけど、口の端とブラウスにカレーとご飯粒がついていて、チョロい様子が少しかわいかった。
次の更新予定
美香さんは僕の色欲を食べる悪魔 ~色欲に苦しむ僕が悪魔と契約したら人生が変わった話~ 行木カナデ @Yourekey
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