美香さんは僕の色欲を食べる悪魔 ~色欲に苦しむ僕が悪魔と契約したら人生が変わった話~

行木カナデ

第1章 色欲の女 

第1話 悪魔が来たりて…

それはある雷雨の夜。帰宅してダイニングの電気をつけた瞬間だった。


「遅かったわね。山口一郎。」


僕のマンションのダイニングの中央、ダイニングテーブルの前。

その彼女は腰に手を当てて仁王立ちしながら僕を待っていた。顔に不敵な笑みを浮かべながら。


身長は低い。170㎝ちょっとしかない僕から見ても見下ろすくらいだ。

年齢は30歳くらい?

童顔だけど僕より4、5歳くらい年上かな?

スレンダーな体形で胸はほとんど目立たない。

白いブラウスに黒いスーツを着て、ロングの黒髪をなびかせて、いかにも大手町あたりのオフィスでバリバリ働いているお姉さんという感じ。


まずい…。誰だかさっぱりわからない。


僕の関係者なのかな?記憶力には自信があるのに名前が出て来ない。


関係者だとしたら、名前を忘れたなんて不義理は絶対に許してもらえない。なんとかしてこの難局を乗り切らないと…。


「とりあえず、暗闇の中でずっと立っててお疲れでしょうから、どうぞ腰かけてください…。」


僕が彼女から目を離さないまま、つとめて平静を装って声を掛けると、彼女は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとダイニングテーブルの前の椅子に腰を下ろした。僕も向かいの椅子に腰を下ろす。


「それで、今日はいったい…。」


頑張って平静を装おうとしたけど、声が震えてしまった。

そんな僕を見て、彼女は肩を揺らしながら忍び笑いを漏らした。


「クックック…。子羊のようにおびえているな。無理もない…。悪魔に会うのは生まれて初めてだろう?」


その瞬間、窓の外で稲妻が光った。遅れてゴロゴロと雷音が聞こえてくる。


「初めて…?今初めてって言いました?」


思わず立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出した。


「あっ、ああ…そうだな。お前とは初対面のはずだ…。」


悪魔を名乗る彼女は僕の態度に面食らったようで少しのけぞる。


少し戸惑いが見える彼女の様子に、僕は力が抜けてしまい、椅子にどさっと腰を下ろした。


「よかった~…。てっきり、またどこかで関係を持ってしまった関係者が乗り込んで来たのかと…それで名前すら忘れてたら修羅場は避けられないと思って冷や冷やしました…。いや、安心しました~。」思わず表情も緩む。


「おい…。安心するのはまだ早い…。吾輩は悪魔だぞ!!」


「ああ、はいそうですか。いや、でも初めて会う人だったか。忘れてたわけじゃなくてよかった~。」


安心のあまり表情が緩むのを抑えられない。


そんな僕の反応に、彼女はいかにも心外といった感じで眉をひそめ、それから興奮して僕を指さした。


「その反応おかしいだろ!!そもそも悪魔が現れて家で待っているんだぞ?驚き、恐れおののいて腰を抜かすのが普通じゃないのか?緊張感がなさ過ぎるじゃろが!」


「いや、家の中に勝手に誰かが入り込んでいることはよくあるんで…。修羅場じゃないなら別にいいですよ。それで、それで宅間さん?佐久間さん?今日はどうしました?」


僕の言葉に、彼女は咳ばらいを一つして、また不敵な笑みを浮かべる。


「吾輩は悪魔だと言っただろう。愚かな人間よ。今日はお前に取引を持ち掛けに来た…。」


「あ~、ごめんなさい。ネットワークビジネスの勧誘だったら…もう誘える友達とか親戚とかいなくて…。なにせ親にも縁を切られてるくらいなんで…。」


「違う!マルチの誘いじゃない!!」


「じゃあ、生命保険とか?ごめんなさい。たくさん入り過ぎて、この間、保険会社の調査が入っちゃってもう入れないみたいで…。」


「それも違うから!!というか、お前は保険金殺人のターゲットにでもなってるのか?」


「じゃあ宗教ですか?これ以上は聖書が本棚に入らないので困ります。」


「宗教の勧誘じゃね~よ!!悪魔だって言ってんじゃろ~が!!悪魔が聖書持ってきたら面白過ぎるじゃろ~が!!」


彼女は、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。真っ赤になって頭から湯気が出そうだし、肩で息をするくらい興奮している。


「ごめんなさい。他にできることがあれば…。あっ、そういえば…。」


「黙って話を聞け!!」


大声でピシャリと言われてしまった。あまりの剣幕に思わず僕も気圧される。

その謙虚な反応に満足したのか、彼女はニヤリと口元を歪める。


「お前は、七つの大罪と呼ばれる、人の罪の源となる七つの欲を知ってるか?」


僕は黙って首を横に振る。下手に口を挟まない方がいいとさっき学んだ。


「フフン…。では教えてやろう。無知なる子羊よ。七つの大罪となる欲は、傲慢、嫉妬、怠惰、憤怒、貪欲、暴食、そして色欲だ。すべての人間がその中に原罪として抱えている大欲だ。」


固唾を飲んで、次の言葉を待ちながら彼女の目を見つめると、彼女の瞳が真紅であることに気づいた。まるで燃え盛る炎のように。


「吾輩は、その人間の大欲を喰らう悪魔だ!お前の大欲をどれか寄越せ!さもなくばお前ごと食らいつくしてやる。よし、情けをかけてやろう。お前が選んでいいぞ!どの欲を吾輩に寄越すのだ?」


「えっと…じゃあ、色欲……。」


「フハハハッ!やっぱりな!人間という奴はみんな同じだ!嫉妬とか、怠惰とか、憤怒とかばかりを選ぼうとする。残念だな。そういうのは食い飽きているのだ…って色欲って言った?本気?」


彼女は手の甲を口に当てて高笑いを始めてから、ハッとした表情になって硬直し、それから目を見開いて僕の方をまじまじと見つめてきた。


「はい…色欲でお願いします。」


「えっ?それでいいの?色欲がなくなると恋愛もできないし、性の悦びを楽しむこともできなくなっちゃうよ?老人になっても性愛を楽しむために危険な薬飲んだりする人もいるんでしょ?ちゃんと考えてから選んだ方がいいよ。」


彼女は眉を寄せ心配そうな表情になった。


「僕は女難で悩んでるんで、色欲を引き取ってもらえると助かるんですけど。あっ、ごめんなさい。もしかして色欲はだめでした?そしたら…。」


「い、いやいや。大丈夫。色欲でお願いします。色欲を渡すなんて言った人初めてなんです。ぜひお願いします!!」


彼女は手をこすり合わせながらペコペコと頭を下げてきた。傲慢なのか卑屈なのか、キャラが安定しないな…。


「まあ、いいですよ。別に…。」


「じゃあ、とりあえず試食させてもらっていいかな?ほら…実は契約した後に、もう枯れてるとか不良品だったら嫌だし…。」


彼女は頭を下げながら上目遣いで様子をうかがってくる。


「ああ、いいです…ムゴッ!!」

答える前に唇を塞がれた。彼女の唇で。


彼女は、そのまま僕の頭に手を回しながら激しく唇を吸った。舌ごと引っこ抜かれそうな勢いだ。


なんだ、彼女もやっぱりそういうつもりだったか。

知らない人だけど顔は好みのタイプだしまあいいか。じゃあ、そろそろと寝室の方に移って…。コンドームのストックはまだ残ってたかな?


そんなことを思いながら舌の動きに応じていると、彼女が唇を離した。


「甘美…。これが色欲…。」


彼女は、うっとりした耽美な表情を見せていた。ああ、この表情かわいいな。そう思って今度は僕からキスをしようとした瞬間に気づいた。


なくなってる!!

あの追い詰められるような焦燥感も、悶々と常に頭に付きまとっていた熱っぽさも、汲めども汲めども尽きないむらむらした欲求不満も…。

まるで何度も果てた直後の賢者のような研ぎ澄まされた感覚…。


間違いない。僕を苦しめて来たあの性欲が消えてる!!


「えっ?本当に色欲を食べてくれる悪魔…?」


僕がそうつぶやきながら見つめると、だらしない表情のままぼんやりしていた彼女は、ハッと正気を取り戻した。


「ど、どうだ!か弱き子羊よ!色欲を失う現実に直面して、後悔に打ち震えているのか?」


「ぜひ…。」


「なんだ?後悔して前言を撤回しようというのか?悪魔相手に二言は許されんぞ!」


「ぜひっ!僕の色欲をすべて食べてください!一生分!」


「えっ、えぇ~っ?」


その時の彼女の表情は、眉を険しく寄せているが口元は緩んでいて、戸惑っているような喜んでいるような、何とも中途半端な感じだった。


僕はこの機会を逃すわけにはいかない。彼女こそは、僕を地獄から救ってくれる神の使いに違いない!僕が陥ってる女難地獄から…。

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