無生物モンスター専門のテイマーさん

野生のイエネコ

第1話

 森の中を、ティーセットが飛び回っている。


 カップにソーサー、ティーポットにシュガーポットまで。白地に金彩の紋様がなかなかに高級感があっておしゃれだ。


 私の背後からソーサーが襲いかかってくるのを、身を低くしてかわし、すれ違い様にさっと確保する。


 ソーサーに魔力を全力で注ぎ込みつつ、上から降ってきたティーポットに回し蹴りを入れる。割れはしない程度に、手加減も大切。


 一体一体は強くないものの、数が多いとなかなか厄介だ。飛び回るティーセットたちを躱しながら、ソーサーに魔力を注ぎ終えると、ティーセットは少しおとなしくなった。


 「さあ、私の仲間になりなさい。悪いようにはしないわよ」


 迷うように、ティーポットがゆらゆらと揺れる。それを説得しようとしてか、私が魔力を注ぎ込んだソーサーがカタカタカチカチとティーポットを叩いた。


 テイム。


 それは、魔物を魔法で支配し、自らに従属させる技術。


 私は、無生物モンスター専門のテイマーだった。


 魔道具が瘴気を受けて魔物化した無生物モンスターは、テイムしてしまえば便利で可愛らしいものだ。


 私は早速、おとなしく従属するようになったティーセットを、野営用の敷布に広げる。


 「紅茶を淹れてくれる?」


 私がそう頼めば、ティーポットはぴょこん、と飛び跳ねて、張り切ってプルプルと全身に力を入れて震え始めた。

 しばらくすると、浮かび上がったティーポットが、待ってましたと言わんばかりに構えたティーカップに向けてその身を傾けた。


 あたりには、馥郁たる香りが広がる。


 何もないところからお茶を生み出せる魔道具。それがこのティーセットたちの本来の姿だ。


 カップを指先でつまんで、一口。香りのいい液体を口の中で転がす。爽やかな渋みとコクのある味わいに、思わずほう、とため息が漏れた。


 疲れた体で一気に飲み干すと、2杯目が注がれる。そこへクリーマーがぴょんと飛び出し、あたたかなミルクを紅茶に加えてくれた。ミルクティーも、なかなか美味しいよね。


 少しばかりゆっくりと休憩し、体力が十分に回復したら、「さて」と立ち上がる。


 あんまり、のんびりしている時間もないのだ。


 私の今回の仕事は、暴走した魔剣を討伐すること。使用者もいないままに暴走して、片端から人を襲って回って大変らしい。


 マジックバッグから、空飛ぶ絨毯を取り出す。


 絨毯は私を乗せようと平らになった後、ティーセットの存在に気づいて縦に広がり、ぱたんと上半分だけ折れ曲がった。

 どうやら新入りの存在に気づいて挨拶しているらしい。


 絨毯にお辞儀をされたティーセットたちも、ぺこり、と辞儀を返す。


 顔合わせが終わるのを待って、私は絨毯の上に飛び乗った。

 さあ、魔剣が暴れている街へ向けて、出発だ。

 

 「ああ! テイマー様! よかった、いらしていただけたのですね。ダンジョンの中で魔剣が暴れて、大変なのです。これがなかなかに強くて、低階層で暴れているものですから、初心者冒険者が危険に晒されてしまって」


 依頼者であるダンジョン街の顔役の人が、歓待してくれる。この街は初心者向けのダンジョンで栄えているから、初心者の手に負えない魔剣モンスターが現れては大変だろう。街に居着いているのも低ランクの冒険者ばかりだし、そこで無生物モンスター専門のテイマーである私に声がかかったのだ。


 「早速、お話を伺ってもいいですか?」


 「はい。奴が現れたのは一月前。どうやら金持ちの新人冒険者がダンジョン内で死亡して、持ち込んだ高ランクの魔剣が瘴気に当てられてモンスター化してしまったようなのです」


 ああ、貴族のお坊ちゃんが冒険者に憧れて出奔して、家から持ち出した魔道具の類がダンジョンでモンスター化してしまうアレだな。


 時々聞く話である。

 

 情報によると、暴れているのは赤い魔石が埋め込まれた炎の魔剣。ランクはBクラス。遠方からは火球を飛ばしてきて、近接戦では炎を纏った状態でそれなりの剣技を見せる、厄介なモンスターだ。


 情報収集を終えると、早速、ダンジョンへと潜っていく。


 今回は初心者向けダンジョンだし、ティーセットの戦闘力を確認がてら戦わせてみようかな。


 ソーサーを割れないように魔力で強化し、高速回転させながら飛ばす。

 ぽよぽよとそこら辺を歩いているスライムにぶつけると、スライムは見事に弾け飛び、小さな魔石を落としていった。

 小指ほどの大きさの屑魔石で、10個集めてようやく小銭と交換できるかどうかというところだ。なるほど確かに初心者ダンジョンらしい。

 

 他にも角兎やら、小さな魔犬やらが出てくるのをティーセットで倒していく。ティーポットに毒草を詰め込むと、毒草茶を作って生物型モンスターを倒してくれた。


 ティーポットは磁器製の無生物だから、お好きな毒を使いたい放題で生物型モンスター相手だとなかなかに強い。


 シュガーポットはあたりに角砂糖をばら撒くと、近づいてきた鎧蟻に上からどすんと鈍器のようになって攻撃し潰していた。


 この子たち、なかなか強いんじゃない?


 そうして二階層目に進むと、程なくして魔剣と行き遭った。


 話に聞いていた通り、遠隔から火球が飛んでくる。

 それをティーカップが身を挺して庇ってくれた。さすが磁器製だけあって、熱に強い。


 火球をティーセットたちが上手く弾いてくれる中、私はマジックバッグから魔砥石を取り出した。この子は長年大事に使われていた高級砥石で、良質な剣を研ぐことを生き甲斐にしているモンスターだ。


 高級砥石を前にして、魔剣は動揺したようにぐらり、と揺れた。


 そうでしょう? お手入れされたいでしょう? こんな高級な砥石で研がれたら、よっぽど気持ちいでしょうね。


 誘惑され動揺する魔剣から放たれる弱々しい斬撃を、私は籠手で難なく弾き返し、鉄のプレートを入れたブーツで蹴り飛ばした。


 からんからん、と音を立てて、魔剣が地面に転がる。


 ブーツで魔剣の刃を上から踏んで押さえつけ、鞘に手をかけた。魔力を一気に流し込み、ねじ伏せようとする。


 けれども意外なほどに魔剣の抵抗は強かった。


 魔剣から、とあるイメージが流れ込んでくる。


 丁寧に魔剣の手入れをする新米冒険者。その冒険者をパーティーに誘う、ガラの悪い男たち。ダンジョンの中で罠にかけられ、倒れ伏す冒険者。


 なるほど、この子の持ち主は、ダンジョン内で新人を騙して泥棒を行う賊の類にやられたのか。


 『ぜったいに許さない。あいつらを必ずたおしてやる!』そんな強い意志が魔剣から流れ込んでくる。


 「そのダンジョン賊を倒したいのね? いいわ、あなたの恨み、晴らしてあげる。だから私と契約しなさい」


 無生物モンスターにも意志がある。その意思を尊重するのもテイムする上で大事なことだ。

 この魔剣は元の持ち主に対する忠誠心がきちんとあり、その無念を晴らしたがっている。それなら、元の持ち主に敬意を払いつつ、魔剣の目的を果たすために協力することだ。


 私が魔剣を勧誘すると、魔剣の抵抗は急速に弱まった。


 『本当に……?』と信じていいのかどうか迷った様子で、魔剣はカタカタと震えた。


 「大丈夫。私、そういう卑劣な奴ら嫌いなのよ。一緒に新人喰らいを潰しましょう」


 ついに魔剣の抵抗がなくなり、隅々まで私の魔力で満たされるようになる。


 そうして、ダンジョンのモンスターによる・・・・・・・・脅威は取り除かれた。

 

 「近頃このダンジョンの中で死亡例が多いっていうのは、この魔剣のせいってだけじゃなさそうね」

 

 しかし、取り除かなければならない脅威はまだ他にある。魔剣騒動を隠れ蓑にして、その新人喰らいのパーティーはまだ活動していたみたいだ。


 私は、ダンジョン街に戻って新米冒険者風の装備を整えることにした。


 ちょっとした出費にはなるけれど、冒険者に憧れたお金持ちの能天気な娘を装うため、新人向けのピカピカな装備を一揃い買う。

 まだ馴染んでいなくて硬い革の胸当てに、ブーツ。リネンのシャツとトラウザーは新品の少し質がいいもの。羊毛で編まれた、艶のあるビーバー加工のマントを羽織り、いかにも初心者らしく、体格に合わない長剣を腰に差してみた。


 「うん、完璧」


 どう? とティーセットたちに見せびらかすと、カチカチとカップとソーサーは互いをぶつけ合って拍手してくれた。


 そうして改めて、冒険者協会を訪れる。


 初心者冒険者としてパーティー募集を出し、ターゲットが引っかかるのを待つ。魔剣はターゲットにバレないよう、マジックバッグの中に隠してあるけれど、バッグの中で張り切ってぶんぶん動いているのが伝わってきた。前の持ち主の仇を取るべく、魔剣はウォーミングアップをしているようだ。前の持ち主は世間知らずの新米だったけれど、お手入れを丁寧にしてくれて優しかったから思い入れがあるみたい。


 「お、なかなか可愛い新人ちゃんじゃん」


 数日間待機しながらやり過ごしていると、ついにターゲットとなるガラの悪い三人組が引っかかった。


 「パーティーメンバー募集してるんだ? 俺たちと組むのはどう? 俺ら、ここのダンジョンにはそれなりに慣れているから、案内してやるよ」

 

 「え、本当ですか? ありがたいです。私、まだ冒険者になったばかりで、不慣れなんです」


 そう言って上目遣いに見上げれば、冒険者たちはやに下がって頷いた。


 「よっしゃ、俺、アーク。前衛の剣士だ。そんでこっちは弓士のダリオと盾役のニコル」


 「アーシャと言います。剣士です。よろしくお願いします」


 互いに自己紹介を済ませ、早速ダンジョンの中へと入っていく。


 最初は順調に探索が進んでいった。まだ人気の多い低階層では、手を出してくるつもりがないのだろうか。


 「そっち! ゴブリン二体! ニコル、引きつけておいてくれ!」


 ゴブリン三体の群れと戦っていたところに新たに二体のゴブリンが現れ、私は慌てている演技をした。

 アークが指示を飛ばし、ニコルがゴブリンを引き受ける。


 「アーシャちゃんは下がってて」


 急な挟撃に動揺している(フリをしている)私を後ろに下げて、三人は危なげなくゴブリンに対処していく。


 それなりの実力があるのに、ダンジョン泥棒なんて、もったいないことをしている人たちだなぁ。


 そうして、うまいこと私の実力を勘違いさせつつ、ついに第五階層に到達した。


 降り立って早々、オークの群れが出現する。あちらは五体。こちらは四人。とはいえそのうち三人は潜在的な敵だ。さて、いつ仕掛けてくるか。


 警戒しながら戦っていると、オークの残りが三体になったところで、突然アーク達が後ろへ下がり、私は前線へ取り残された。


 「アークさん!?」


 私は動揺した演技をして、後ろを振り返る。背後のオークへの警戒は、服の裾に仕込んでいるソーサーが担ってくれていた。


 「へへ、お嬢ちゃんには悪いが、ここで死んでもらうぜ」


 「金持ちのくせに冒険者になろうだなんて生意気なんだよ。生まれがいいからって能天気にヘラヘラしやがって。当然の報いだ」


 わざわざ悪事を自白する必要なんてないのに、そう捲し立てるアーク達の顔は酷く歪んでいた。

 なるほど、お金に余裕があって装備を最初から揃えられる新人冒険者への嫉妬と恨み、ってとこかな?


 まあ、この国は貧富の差も激しい。性格が歪むのも無理はないかもしれない。

 けれど、彼らはすでに人を殺すという大罪を犯している。それは償ってもらわなくてはならない。


 私はティーセットを全てマジックバッグから解放すると、オークの隙間を縫ってその背後へと回り込んだ。


 そしてティーセットはアーク達の背後へ回り込み、ダンジョンの通路には、ティーセット、アーク達三人、オーク三体、その後ろに私という並び順になる。


 私はオークの背後からにおい玉を投げた。


 「な、なんだ!? これ。クセェ!」

 

 この臭いはオークが嫌う臭いだ。臭いに追い立てられたオークは、その臭いから逃れようとアーク達の方へ向かっていく。


 「おい! やめろ。来るな、来るなよ!」


 アーク達は慌てて逃げ出そうとするけれど、その背後にはティーセットが待ち構えている。


 「なんだよこの無生物モンスター! 聞いてないぞ!」


 弓士のダリオがティーポットを狙って矢をいかけるが、素早く空中を飛ぶティーポットには当たらない。


 「く、うぅ!」

 

 盾役のニコルとオークが激突する。一人で二体を抱える形だ。随分と負担は重いだろう。

 アークはもう一体のオークと戦っているが、弓士のダリオはティーセットを相手にするのでいっぱいいっぱいで、援護が見込めない。


 乱戦となったその渦の中へ私も接近し、アークへと切り掛かった。


 「テメェ、裏切りやがったな!」


 「最初に裏切ったのはそっちでしょう? ダンジョン泥棒のみなさん。ここで一体何人殺して盗んできたの?」


 「うるせェ! テメェらみたいな金持ちはむかつくんだよ! たまたま生まれに恵まれた程度で偉そうにしやがって。それを俺らがもらって何が悪い!」


 「強盗殺人なんて悪いに決まってるでしょ!」

 

 力技で剣を弾き飛ばされた私は、バランスを崩さないようにその力を受け流しつつ、回し蹴りを放った。

 アークはそれを左手で受け止めるが、そこへオークが棍棒を手に突っ込んでくる。


 「くそっ」


 オークはアークと私をまとめて棍棒で薙ぎ払おうとする。それを身を屈めてかわすと、魔剣を投げ放った。


 アークはそれを首を曲げて交わす。


 オークが私の方へ向かってきたので、アークは少し余裕が出たのか私を嘲笑った。


 「オークにやられて死んじまえ!」


 けれど、そのアークの背後、あらぬ方向へ飛んでいったはずの魔剣が、ぐるりとUターンをしてアークの足を切りつけた。


 「なっ、痛ぅ!?」


 アークは片足の腱を切られ、動きを封じられる。そうこうしているうちに盾役のニコルもオーク二体にやられて気を失っていた。


 さて、こうなると私一人でオーク三体を片付けるしかない。


 「まあ、このくらいの戦いは、一人で切り抜けられないとお話にならないわよね!」


 私の夢は、妖精王の秘宝をテイムすること。伝説のアイテムを手に入れるため、技を磨いてきたのだ。こんなところでやられているわけにはいかない。


 棍棒を手に殴りかかってきたオークの脇をすり抜け、三方から囲まれるような位置どりをする。普通に考えたら囲まれるのは追い込まれることにつながるけれど、オークはそんなに知能が高くない分、互いに向き合って戦えばフレンドリーファイアを狙うこともできる。


 こちらからは攻撃を仕掛けず、交わすことに集中していると、オークの攻撃がもう一体に思いっきり当たった。


 「グオォ」


 私のように膂力が足りない人間が鈍重なモンスターと戦う場合、いくつかの方法がある。


 複数体いるなら、ひたすら避けつつフレンドリーファイアを狙う方法。


 それから、テイムモンスターを用いる方法。


 そして、重力を利用する方法、だ。


 上に手を翳して、魔剣に合図すると、魔剣自身の飛ぶスピードにさらに重力が加わってスピードを増した状態で、剣はオークの首筋にざっくりと刺さった。


 「ギュオ!」


 仲間がやられて驚いているオークの目を、ソーサーが高速回転しながら切り裂く。そうして隙ができたオークの腹を、魔剣で切り裂いた。


 「ふぅ、なんとかなって良かった」


 私はオークの素材を一通り回収すると、倒れ伏しているアーク達の元へ近寄った。


 彼らは気を失っているだけで、死んではいない。彼らの罪は、きちんと裁かれるべきだ。縄で縛り上げた後に、空飛ぶ絨毯に乗っけて運ぶ。


 「テイマーさん。ああ、ご無事だったのですね。彼らは何かと評判が悪かったですから」


 「評判が悪かったのに調査はしていなかったのですか?」


 「それは……なかなか手が回らず」


 「まあ、いいです。彼らは現行犯で捕まえることができたので、死人に口なしといえど、私は生きてますから証言もできます。それに、この魔剣の持ち主も彼らにやられていたみたいですよ」


 そうして、アーク達は正式に裁かれることとなった。


 事が終われば、初心者向けのダンジョン街に用はない。旅立ちの準備をしていると、冒険者協会からふと話し声が聞こえてきた。


 「それでさ、南の方の街では暴れ回る甲冑のお化けが出るらしいぜ。なんでもお金持ちのお嬢様が強盗に殺された後、屋敷の甲冑が一人でに動くようになったらしくて」


 ふーん、甲冑、ね。


 「いいわ、あなたの恨み、私が晴らしてあげる」


 私はひとりごちると、南へ向けて旅立った。

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