冴えない見た目の、おっさん剣士の話

茶電子素

第1話 実力は出し惜しみしない

冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、俺は三人の視線に射抜かれた。

いや射抜かれたというより値踏みされたというべきか。


「あなたが……今日から私たちの援護を担当する剣士さん?」


金髪を揺らしながら勇者のリリアが眉を寄せた。

その横で魔法使いのセレスが露骨にため息をつき、

僧侶のミナは俺の腹を見て目を丸くした。


「え、ほんとに?もっとこう……筋肉とか、鎧とか、そういうのを想像してたんだけど」


「ギルドの手違いじゃないの?この人どう見ても普通のおじさんよ」


「普通以下かもしれません。少なくとも戦場に立つ人の体型ではありませんね」


三人の言葉が、まるで矢のように飛んでくる。

俺は苦笑しながら腹を軽くさすった

別に太っているつもりはないが、まあ若い頃より出てきたのは事実だろう。


「俺はニフネだ。剣は多少扱える」


「多少って……」


セレスが呆れたように肩をすくめる。

リリアは腕を組み俺を上から下まで眺めた。


「まあいいわ。ギルドが推薦したってことは、最低限の腕はあるんでしょう。今日は魔獣退治の依頼よ。ついてきて」


こうして俺は女三人の勇者パーティーに加わることになった。


森に入ってすぐ三人は俺を置いてさっさと先に進んだ。

いや置いていったというより俺を戦力として数えていないのだろう。


「ニフネさん無理しないでくださいね。急ぐと危ないですから」


ミナが心配そうに言うが、その目は完全に“老人を気遣う”それだった。


「大丈夫だ。慣れてる」


俺は淡々と答えた。

実際、この森は昔から何度も歩いたことがある。

だが三人はそんなことなど知る由もない。


「リリア、前方に魔獣の気配。どうする?」


「もちろん私が倒すわ。ニフネは後ろで見てて」


そう言って、リリアは剣を抜いた。

魔獣――巨大な猪のような魔物が茂みから飛び出してくる。


「いくわよ!」


リリアが突っ込む。

だが魔獣の突進は予想以上に速く、リリアは一瞬バランスを崩した。


「ちょっ……!」


セレスが慌てて魔法を詠唱しようとするが間に合わない。

ミナも悲鳴を上げるだけで対応できていない。


俺はため息をつき剣を抜いた。

次の瞬間、魔獣の突進が止まった――魔獣の足元に精緻な線が走る。

その線に沿って魔獣の体が静かに崩れ落ちた。


「……え?」


三人の声が重なった。


「今、何が……?」


「魔獣……もう死んでる……?」


「ニフネさん……斬りました?」


俺は剣を鞘に戻し肩をすくめた。


「多少扱えると言っただろう」


三人は口を開けたまま固まっていた。


その後も三人は俺を見るたびに妙な顔をした。


「ニフネさん、あの……あなた、本当は有名な剣士なんですよね?」


「ん?そんなことはないが?」


「いえ、その……動きが、あまりにも……」


セレスが言葉を探していると、リリアが割って入った。


「ニフネ、次の魔獣もお願いできる?」


「おい?勇者がそれでいいのか?」


「いいのよ。あなたの方が早いし確実だもの」


リリアは素直に認めた。その潔さは嫌いじゃない。


だがミナがぽつりと呟いた。


「でも……なんでこんなに強いのに見た目は普通のおじさんなんでしょう……?」


「ミナ、それは言ってはいけないことよ」


「でも気になります……」


俺は苦笑した。


「若い頃はそれなりに見られたもんだが、歳を取ると色々あるんだよ」


「色々って……?」


「色々だ」


曖昧に答えると三人はますます首をかしげた。


森の奥で依頼の本命――巨大な狼型魔獣が姿を現した。

リリアが剣を構え、セレスが魔法陣を展開し、ミナが祈りを捧げる。


「これは私たちで倒すわ。ニフネは後ろで――」


「いや、ついでだ」


俺は前に出た。


「ちょっと、まだ作戦を――」


リリアの言葉が終わる前に魔獣が跳んだ。

俺は剣を抜くと魔獣の動きを“止めた”。

正確には四肢の腱を瞬時に断ち切ったため、

魔獣は地面に崩れ落ち動けなくなっている。


「……終わりだ」


剣を振り下ろすと魔獣は静かに息絶えた。

三人は呆然と立ち尽くしていた。


「ニフネ……あなた、いったい……」


「ただの剣士だ」


「ただの剣士に、あんな動きができるわけないでしょ!」


リリアが叫ぶ。

セレスもミナも信じられないという顔をしている。


「昔、ちょっと修行しただけだ」


「その“ちょっと”の基準が絶対おかしい!」


リリアが頭を抱えた。


「ニフネ……あなた、やっぱり伝説級の剣士なんじゃ……」


「違う」


「じゃあ何なんですか?」


「中年だ」


三人が同時に崩れ落ちた。


依頼を終えてギルドに戻ると三人は俺を囲んだ。


「ニフネ、お願いがあるの」


リリアは真剣な顔で言う。


「これからも私たちのパーティーにいてほしい……」


「いや、俺はただの臨時で――」


「違うの。あなたがいないと私たちだけじゃ心許ないというか――最悪死傷者が出そうというか」


「そんなことはないだろう」


「ある!実力不足を痛感したわ!」


リリアが机を叩く。

セレスもミナも必死の表情だ。


「ニフネさん、あなたの剣は……その……すごく綺麗でした」


「綺麗?」


「はい。怖いとか強いとかじゃなくて……なんというか、見惚れてしまうような……」


ミナの言葉にセレスも頷く。


「無駄がなくて、静かで、でも圧倒的で……あんな剣技、初めて見ました」


リリアも真剣な目で言った。


「ニフネ、あなたの剣は美しかった!ほんの少しでいいから手本とさせてほしい……です。もうしばらく私たちのそばにいていただけないでしょうか」


俺はしばしの間黙った。そして、ため息をついた。


「……わかったよ。しばらく付き合う」


三人の顔がぱっと明るくなる。


「やった!」


「ありがとうございます!」


「これで安心です!」


俺は苦笑しながら腹を軽く叩いた。


「ただし俺は中年だ。無理はしないぞ」


「それは……まあ、ほどほどにお願いします」


リリアが照れくさそうに笑った。


こうして冴えない見た目のおっさん剣士である俺は、

女勇者パーティーに正式に加入した。


彼女たちが俺の実力をどこまで理解しているかはわからない。

だが、まあ――しばらくは退屈しなさそうだ。

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