【お題フェス11:未知】駒子
野村絽麻子
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最初は蕎麦屋を探していてね。
通話を取るなり、彼女はそう語り始めた。ちょうど出かける準備が出来る頃で、仕事終わりに合流して晩のご飯を一緒に食べる約束をしていた日のことだった。だから最初は、仕事が長引いた言い訳でもしているのかと思ったけれど、どうも常と違ってふざけている訳でもなさそうな口調だった。それで、耳を傾けた。
どう言うわけか無性にお蕎麦が食べたくて。でも詳しくない土地だったから、地図アプリを開いて検索窓に「蕎麦屋」って入力したの。そうするとマップ上にたちまち沢山のアイコンが現れるでしょう? 出てきたひとつひとつが蕎麦屋だと思うと何だか武者震いがしてきてね。こうなったらこの中でいちばん美味しい蕎麦屋に入りたいと思って、ひとつひとつをチェックしていったの。ここは天ぷらが絶品、ここはその日の気候によって返しの味わいを変えている、ここは女将さんが優しくて必ずまた行きたくなる。どこも甲乙つけ難いんだけどお腹は空いていくものだから。困ったなと思ったの。
そうして彼女の指先はマップ上をウロウロと彷徨う内に、弾みで見当違いの箇所をタップしたそうだ。
「駒子だったの」
「え、何って?」
「プレビュー画面は横顔でね、何かしらって見ている内にどうしても会いたくなってしまって」
「ちょっと待って、何のはなし?」
「だから、駒子よ」
「……こまこ?」
そう、と答えたきり沈黙が訪れる。それからスマートフォンに向かって話しかけても返事はなくて、いつの間にか通話は途切れ、一切の連絡がつかないまま二週間が経過した。
と言うことでね、僕も本当は警察に任せておくべきかとは思ったんだ。けどさ、思い出したんだ。そう言えば彼女、「駒子」って言ってたなって。思い出したら居てもたっても居られなくなってね。その日、彼女がどの辺りで仕事をしていたかは警察が調べてくれていたもんだから、行ってみたんだ。そう、街の北側の地区の、住宅地と広い公園が国道で区切られてる、今は使われていないガソリンスタンドと廃業した煙草屋があっただろ? あの辺りだよ。
そこへ行って蕎麦屋を検索したよ。彼女が言ってた通り、マップ上に蕎麦屋が沢山現れた。天ぷらが絶品の店、その日の気候によって返しの味わいを変えている店、女将さんが優しくてまた行きたくなる店。それを辿るうち、僕にも見つけることが出来たんだ。もちろんアイコンをタップした。プレビューもたしかに横顔だった。日本人形みたいなおかっぱ頭の女の子でさ。でもね、面白いんだ。横顔の頭の上に手がね、乗ってて。それがどう見ても彼女の手なんだ。つまりは、そういう事だったんだ。
「いや、お前何言ってんの?」
「だから駒子だよ」
「こまこ?」
「そう、駒子だったんだ」
それきり、友人からの通話は途絶えた。ご丁寧にだいたいの居場所まで説明してくれた訳で、俺はその場所へ行ってみたくてたまらなくなる。行ったが最後、マップを開いてきっと検索してしまうだろう。最初に蕎麦屋。それから次に「駒子」と。
【お題フェス11:未知】駒子 野村絽麻子 @an_and_coffee
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