青春オールグリーン

蝌蚪蛙

プロローグ

「いやー、春だねー」

 中学二年生の石山いしやま美鳥みどりは暖かな春の日差しに思わず声を漏らした。吹き抜けるさわやかな風が彼女の深緑色のショートヘアを揺らす。心地よい春の風だ。

 しかし、美鳥ののんきな声に反応する者はいない。

 のどかさで重くなっていた瞼を上げる。黄緑色の瞳が輝く力強いつり目。そのつり上がった目尻をだらしなく垂れ下げながらつぶやく。

「独り言は虚しいな~」

 というのも、この場にいるのは美鳥だけ。なぜならここは学校の屋上。当然一般の生徒は進入禁止。美鳥が屋上にいられるのは彼女が特別であるからに他ならない。

 今日は桜舞う四月、一学期の始業式の日。現在の時刻は朝の七時過ぎ。

 こんな時間に一般生徒とは一線を画す美鳥が屋上でしていること。

 それは日光浴である。

 そもそも屋上にある設備と言えば三人がけのベンチが一つと小さなプレハブ小屋があるだけ。小屋の方は修繕中で今は入れないときている。そもそも日光浴くらいしかできない。

 とはいえ美鳥にとって日光浴はついでだ。彼女はこの時間特有の〝青春〟を精一杯感じることに注力していた。

 グラウンドを見下ろすと、野球部の姿が見える。素振りや投球練習、走りこみで汗を流し、志を同じくする仲間たちと互いに笑みを交わす。

 実に青春だ。

 今度は下に耳をすませる。聞こえてきたのは様々な楽器の音色。吹奏楽部が自身のパート練習に熱中しているのだろう。毎日聞いているからかその上達ぶりが確かに感じられる。

 実に青春だ。

 突き抜けるような青空。

 その向こうに輝く昇りたての朝日。

 それを全身で浴びる自分。

 実に青春だ。

 日光と青春を全身で受け止め、美鳥はこの特別な時間を一人で楽しんでいた。

 実際、美鳥にとっての日光浴は一般的な日光浴とは違う意味を持つ。

 外の野球部員のほどよく焼けた小麦色の肌。美鳥は別にそれになりたいわけではない。

 吹奏楽部員の日焼けを知らない白い肌。むしろそれに少し憧れてさえいる。

 それでもこの日光浴は美鳥の肌の色と無関係ではない。

 世界にはいろんな肌の色がある。

 白い肌。黒い肌。黄色い肌。

 そして、彼女のような緑色の肌。

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