第3話 元アイドル、誰からも気付かれず

 ドリンクとケーキを注文したのでようやくお話ができます。

「自己紹介から始めましょうか。西峰伯水にしみね はくすいです。年は二十五で電気機器のメーカーに務めています」

 会社員ですね。派手な世界でないところが良いです。

「最初に言っておきます。僕、アイドル好きなんです」

 はっ?! アイドル好き? えっ、それって私のこと木田英空保きだ えくぼだと気付いているってことですよね。


 ところが西峰さんはドリームアイドルのことにも英空保のことにも触れずに一通りの自己紹介を終えてしまいました。

「福屋さんはお仕事は何をされているんですか?」

 アイドル好きだと言っているのに、西峰さんは私に気付いていないようです。きっとドリーム・アイドルとは違うグループがお好きみたいです。

「私、もう引退しちゃったんですけど、実は以前はアイドルをしていました」

 賭けでしたが正直に元アイドルだと白状しました。少しは興味を持ってくれるでしょうか。

「そうですか。アイドルでしたか」

 あれ? 思ってたのと何やら反応が違います。もっと『おぉ! アイドル! どこのグループですか?』くらいのことは言われるかと想像していたのですが。

 西峰さんの推しさんはどちらの方なのでしょう。

「西峰さん、推しはいたりしますか?」

「僕の推しはもう引退しちゃったんですよ」

 へぇ。偶然ですね。西峰さんの推しも引退しちゃったんですね。うーん、それはちょっと寂しいですね。

 でも、その推しさん、引退した後でもこうして推し続けてくれるファンの方がいてちょっと羨ましいです。私にもこういうファンがどこかにいるといいなぁ。

「誰推しだったんですか?」

「ドリームアイドルの木田英空保きだ えくぼさんです」

 はっ? はっ? はっ?? 木田英空保? それ私ですけど!

 えっ、私推しなんですよね? 眼の前にいるのに分らないんですか?

「木田、英空保が推しだったんですか?」

「ええ。今年の三月に引退しちゃったんですよ」

 知ってますよ。だって私なんですから。引退したからここにいるんです。

「それで?」

「それだけです。引退した後、どうしているのかは全く分らないので」

 この人、大丈夫でしょうか。推しが眼の前にいるというのに気付かないなんて。


 はっ、もしかしたらエア推し? 推しがいる振りをしてるだけとか。それとも私だと分かっていて敢えて木田英空保の名前を出したとか。このひとの考えていることが全く読めません。

英空保えくぼちゃん、可愛かったですよね」

 適当に相槌を打ってジャブをかましました。

「そうなんですよ。バースデーライブにも行きましたし握手会にも行きましたけど実物は画面で見るよりももっと可愛いかったですよ」

 呆れた。バースデーライブにも握手会にも来ていたなんて結構なファンじゃないですか。それなのに数十センチの距離にいる英空保えくぼ本人に気付かないなんて。


 はっ! もしかして私、引退してからのこの数ヶ月間で劣化しちゃってる? だからバースデーライブに来るようなファンであっても本人だと気付かれない。

 そう言えば今日もここに来るまで誰からも声を掛けられませんでした。アイドルしてた時には何処に行っても追いかけられて、いつ何時なんどきでも人の目を気にしないといけなくて大変だったのに。

 ただ、誰だか分らないほど劣化しているとすれば、それはそれで私、ヤバいんじゃないでしょうか。

「あの業界も大変なんでしょうね」

「えっ、あぁ、そうですね。芸能界も大変です。ちょっと特殊な社会ですから」

 私の引退は仕組まれた罠に引掛かってしまったのが原因でした。足の引っ張り合いが普通に行われるのが芸能界あのせかいなのです。

「見た目は派手なんですけど中身は古いままです。このお店よりも古い体質ですよ」

 ホント、辟易します。


「ところで、マッチングの方の話なんですけど」

 そうですね。そっちの話が全然できていませんでした。

「はい」

「子供が欲しいとありました」

「ええ、正直に言うと子供だけが欲しいくらいです。もちろん結婚するのは嫌ではありませんが、そのぉ、恋愛をしたことがないので」

「僕も同じですよ。恋愛した経験はありません。子供は僕も欲しいです」

 良かった。恋愛が不得意で子供が欲しいという人でした。

「ただ、やっぱり一人で育てるのは大変かなとも思うのです。夫というよりも子供を一緒に育てる同志のような方を求めているというのが一番近い表現かもしれません。だから子供の種の提供者であると同時にそういう子育ての協力者となって頂ける方がいたら心強いなと思っています」

「なるほどね」

 そう言うと西峰さんは暫く考えてからこう言いました。

「徴婚法についてはどうですか?」

「正直、回避したいです。私、来年二十六才になるので自動的に対象者になるので」

「もしかしてそれもアプリで相手を探している理由ですか?」

「ええ。イキナリこの相手と結婚しろと言われても性格が合わなかったら嫌ですもん」

「僕とも今日、初めて会いましたが?」

「少なくとも西峰さんに嫌な印象はありません」

「それは良かった。僕も福屋さんに嫌な印象はありません」

「では、お互いに合意できるのであれば子供を作り、一緒に育てるということでよろしいでしょうか?」

「はい。それで構いません」

「よかったです。福屋さんが気の合う方で」

「さすがマッチングアプリですね」

 ホント良い人とマッチングできて良かった。

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