河うそ次郎先生との日々、えくせれんと

品画十帆

第1話 かなりのキラキラネーム

 僕は毎日、暗い顔をして、自宅から高校までの15キロの道を、中古の自転車で通学している。

 

 先輩の海老名さんから、もらった物なんだが、実用車って言うらしいんだ。

 ただ丈夫な形に、深いグレーで、タイヤは大口径だいこうけいだ、武骨ぶこつな精神を表しているぞ。

 自転車で配達かよ、おっさん臭いとしか言われたことがない。


 中学はもっと近かったし、バスだったのに、僕は選択をミスったんだな。

 背伸びして入った高校は、遠いし授業も難しくて、ほんと嫌になってしまうな。

 まだ一月しかたっていなけど、もうめたい、と思っているくらいだ。


 やっと退屈な授業が終わり、ヘロヘロと僕がペダルをこいでいると、県道の道路脇に茶色ものを見つけたんだ。


 「うわっ! 動物が死んでいるぞ」


 死んでいるのは、見たことがないほど、大きな動物だった。


 「デカいな。 これはなんだ?」


 よせばいいのに、僕はそれが気になってしまって、何の動物か確かめるため、近づいていったんだ。

 その動物は体全体に、茶色の短い毛が生えていた。

 体の長さに比べて、短い手と足が、ちょこんとついているし、口の周りに長いヒゲもあるな。

 いかにも尻尾って感じの尻尾もある。


 口からしか血は流れていないな。きっとトラックにぶつかったんだ。

 衝撃で内臓がぐちゃぐちゃにやられたんだろう。内臓破裂が死因だと思う。


 長細い体だから、大きなイタチらいしいな。

 イタチの最大なんて、よく知らないけど、1m以上あるじゃないか。


 「うわぁ! 動いたぞ」


 大きなイタチが、ピックとしたんだ。


 「ビックリしたな。 死んでいると思ったら、まだ生きていたのか」


 しまったな。

 このままにして帰るのは、なんとなくだけど、嫌な気分になってしまうよ。

 生命あるものに対して、僕は冷たすぎるんじゃないか。


 動物病院なんかに連れて行く気は、全く持っていないけど、せめてアスファルトの道路脇から、土の上に移してあげよう。

 自然から生まれたんだ、死ぬ時も自然の中なら、きっと安らかにいけるはずだろう。


 手で直接、触るのは怖いので、近くに落ちてあった、板の上に乗せようとしたんだ。

 風に飛ばされて、泥だらけの穴も開いている板だけど、何とかなるはずだ。


 大イタチの体の下へ、板を差し込むように、したんだけど上手くいかない。

 大イタチの体が横へずれてしまうんだ。板が体の下に入ってくれない。

 何回か繰り返しても、上手くいかないな。

 どうしたもんか、と考えている時に、僕の視界へ飛び込んできた物があった。


 「えっ! 杖じゃないか」


 大イタチの体の下に、立派な杖が隠されていたんだ。

 隠されていた、とは違うかもしれない。

 落ちている杖の上に、大イタチが飛ばされたんだろう。


 それにしても、どうして、こんな場所に杖が落ちているんだ。


 先には透明なガラスみたいなたまがついているし、杖の本体はずっしりとした黒い木で出来ている。


 僕の家は、街から少し離れた場所にあるため、自転車で一時間近くかかるんだが、もう直ぐ家に着く、この辺りには家が全く建っていない。

 まばらに木が生えているだけなんだ。


 それを考えると、走っている車から落ちたんだと思うな。

 そうなると持ち主を探すのは、絶望的だけど、かなり高価な物に見えるから、交番へ届けるしかないか。

 じゃまくさいな。


 この杖からは玩具じゃない、本物感がヒシヒシと伝わってくるぞ。

 ただし、全長は50cmもないから、お年寄りが使う杖ではないな。

 それなら何の本物なんだよ。


 「はははっ、まさか、この大イタチの持ち物じゃないよな」


 僕は誰に向かって、話しているんだろう。

 この大イタチだったら、ダブルでおかしい。

 動物だし、死にかけているからだ。


 この杖が立派過ぎるから、僕の頭は混乱しているのだろう。

 理屈は良く分からない。

 なぜか、この杖が大イタチの物だ、と感じてしまうんだ。


 「まぁ、いっか。 変なことをしても、誰も見ていないんだ」


 僕は、ちょこんとした手に、本物感がある杖を握らせてあげることにした。

 この時の僕の心情を聞かないでほしい、自分でも説明出来ないんだよ。


 その直後、大イタチの体がまばゆい光に包まれ、僕の目はくらんでしまった。目を開けていられない。

 何が起こっているんだ。


 この後の僕の心情も聞かないでほしい、パニック状態になってしまって、良く覚えていないんだよ。




 これが僕と、〈河うそ次郎先生〉と出会いである。

 先生は一番目に生まれた雄らしいけど、名前が次郎とうそなのは、先生も良く分からないみたいだ。


 「吾輩は、賢者である。 命を救ってくれた礼を申す。 何なりと望みを言ってみろ」


 先生は動物のくせに、立って話をしているな。そして偉そうである。

 細長い体を、しっかりと立たせているぞ。体幹が強いのか。

 それにあの杖を右手に持ってもいる。動物が道具を握れるのはおかしいよ。


 「えぇっと、救ってはいません。 杖を持たせただけです」


 僕は人語を話す、大イタチとどうして、普通に会話しているんだろう。

 杖から出た光と関係があるんじゃないかな。僕はそう思う。


 「その行為が吾輩を救ったのだ。 杖が無ければ魔法が使えぬ。 それにしても、謙虚なことだ。 そなたは良い人のようだが、欲が無さ過ぎるぞ。 吾輩は賢者だから、かなりの事が可能だ」


 「うわぁ、さすがは賢者ですね。 どうして僕の名前が〈奏和太そなた〉と分かったのですか?」


 僕はこの名前があまり好きじゃない。

 両親が一生懸命に考えてくれたらしいが、かなりのキラキラネームじゃないか。

 おまけに僕は楽器が弾けないんだ。


 「はぁ、そなたはそなたなのか?」


 「えぇ。僕はそなたです。 んー、そう言いましたよね」


 「うーん、そうであったな。 そなたとは、吾輩がこの世界におった頃に使用されていた、二人称の代名詞だ。 面白い偶然だが、あまり気にするでない」


 「だったら、気にしません。 ちょっとキラキラネームですけど、気にしたら負けなんです」


 「それで良い。 ところで、望みは何なんだ?」


 「それじゃ、魔法が使いたいです」


 「魔法は無理だ。 魔法の修行は、な。 そうだな、百年以上もの刻を費ときをついやすのだ。 そなたが生きている間には、無情であるが、取得はかなわぬな」

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