第5話 滅びた王都の記憶

王都は、静かすぎた。


高い城壁は崩れ、白かったはずの石畳は灰色にくすんでいる。

風が吹くたび、どこかで瓦礫が転がる音だけが響いた。


「……大きな街だったんだろうな」


キースの呟きに、ミィが小さく鳴く。

黒猫は崩れた塔を見上げ、シャオは足元の割れた石を慎重に避けて歩いた。


ここは、かつて王国の中心だった場所。

滅びた理由は「魔王の襲来」「内乱」「疫病」――記録ごとに違う。


だが、街に足を踏み入れた瞬間、キースは感じていた。

どれも、違う。


王城の広間に辿り着いたとき、空気が変わった。

玉座の前、淡い光が揺れ、人の姿をかたどる。


「……来訪者か」


現れたのは、王冠を戴いた男の記憶だった。

亡霊ではない。ただ、残された思念。


「我らは、滅んだのではない」


王は、淡々と語る。


「選んだのだ。

 民を守るため、世界の歪みをこの都に引き受けた」


王都は、ダンジョンの原型だった。

歪みを封じる“蓋”として、都市そのものが犠牲になったのだ。


「……英雄譚には、ならないな」


キースが呟くと、王は微笑んだ。


「語られぬ方が、よい真実もある」


【スキル〈まねきねこ〉が微かに反応しています】

【対象:記憶残滓】


招けば、この真実は外へ出せる。

世界を震わせる暴露になるだろう。


だが――


キースは、首を振った。


「これは、あんたたちの選択だ」


真実を知る権利と、

真実を背負わせる責任は、同じじゃない。


王の姿が、少しずつ薄れていく。


「……感謝する、探索者」


その言葉だけを残し、記憶は消えた。


王都は、再びただの廃墟になる。


ミィがキースの足元に擦り寄り、黒猫は静かに目を閉じた。

シャオは、何かを埋めるように地面を引っかく。


「俺たちは、何も持ち帰らない」


キースは、そう決めた。


英雄譚も、暴露もない。

ただ、この街が選んだ終わりを、尊重する。


滅びた王都の記憶は、ここに眠る。

語られなくても、無意味じゃない。


キースと猫たちは、振り返らずに歩き出す。

世界を巡る探索者として――

知らなくていい真実を、守るために。

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