第4話 海上国家と人魚の盟約

潮の匂いが、風に乗って届いてきた。


キースが辿り着いたのは、無数の船を土台にして築かれた海上国家だった。

桟橋と甲板が幾重にも連なり、街全体が波に揺れている。


「……落ちたら、面倒そうだな」


ミィは興味津々で海を覗き込み、シャオは足元の揺れに戸惑っている。

黒猫だけが、遠くの海面をじっと見つめていた。


「最近、人魚が船を襲う」


港で出会った水兵は、苛立ちを隠さずに言った。


「航路は荒らされ、交易は止まった。

 このままじゃ、戦になる」


だが、その夜。

静かな海に、歌声が響いた。


哀しく、透き通った旋律。

海面が揺れ、蒼い影が浮かび上がる。


人魚だった。


「……敵意はないな」


キースがそう呟いた瞬間、頭の奥が静かに熱を帯びる。


【スキル〈まねきねこ〉が穏やかに反応しています】

【対象:海棲知性体】


だが、キースは力を使わなかった。


「理由があるはずだ」


小舟を借り、キースは一人で海へ出た。

猫たちは船縁に残り、静かに見守る。


人魚は逃げなかった。

むしろ、近づいてきた。


「奪っているのは、人間の方」


人魚の言葉は、波のように胸に響く。


「海底の柱を壊し、

 私たちの住処を崩した」


――それは、港を拡張するための工事だった。


翌朝、キースは海上国家の評議場に立っていた。


「戦えば、どちらも滅びる」


そう告げ、キースは提案する。


「柱の再建と、航路の変更。

 その代わり、人魚は船を守る」


沈黙。

だが、誰かが頷いた。


夕暮れ、海上で再び人魚と向き合う。


「約束を」


キースは手を差し出した。


【スキル〈まねきねこ〉が、静かに発動】


力は、縛らない。

ただ、信頼を結び直す。


人魚は微笑み、歌声が変わった。

祝福の旋律だ。


波は穏やかになり、船は静かに揺れる。


港に戻ると、ミィが胸を張り、黒猫は満足そうに目を細めた。

シャオは、海に向かって小さく鳴く。


「……戦わなくてよかったな」


キースは海を見つめる。


海上国家と人魚の盟約。

それは、力ではなく、選択で結ばれた約束だった。


探索者の旅は続く。

今度は、波の向こうへ。

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