第2話 砂の国の迷宮都市

灼けつくような日差しが、砂の大地を黄金色に染めていた。

どこまでも続く砂漠の中に、その都市はあった。


「……街、だよな? これ」


キースは目を細め、遠景を見つめる。

城壁のように見えたものは、近づくにつれて複雑に入り組んだ建造物だと分かった。塔、回廊、橋、階段――すべてが無秩序に重なり合い、まるで巨大な迷宮そのものが街になったような姿をしている。


ミィは興奮した様子で砂の上を跳ね回り、シャオは足元の熱さに驚いてぴょんと跳ねた。

黒猫は静かに都市を見上げ、その全体像を記憶するかのように視線を巡らせている。


「ここが……砂の国の迷宮都市、か」


街の入口に立つ石碑には、古い文字が刻まれていた。


――迷える者よ、剣を収めよ。

――この街では、道が試練であり、争いは答えではない。


「……なるほどな」


キースは剣から手を離し、背中に固定し直した。

都市に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。熱はあるが、不思議と息苦しさはない。


中に入ると、さらに驚かされた。

街中を、モンスターと人間が普通に行き交っているのだ。


砂蜥蜴が荷運びをし、石人形が建物の修復を行い、人々はそれを当たり前のように受け入れている。


「……共存、か」


ミィが蜥蜴に近づくと、相手は驚くどころか軽く頭を下げた。

黒猫とシャオも、周囲の視線を浴びながらも警戒される様子はない。


「探索者さんだね?」


声をかけてきたのは、砂色の布をまとった若い女性だった。

彼女は迷宮都市の案内人だと名乗る。


「この街では、力で進むと必ず迷う。道は“選び方”で応えてくれるの」


案内人に導かれ、キースたちは都市の内部へ進む。

道は何度も分岐し、同じ場所に戻ってきたかと思えば、まったく違う景色に出る。


「普通なら、イライラする構造だな」


「でも、焦らなければ迷わないわ」


その言葉通り、キースは急がず、猫たちの動きに合わせて歩いた。

ミィは気になる方向を示し、黒猫は遠回りを選び、シャオは立ち止まって考える。


【スキル〈まねきねこ〉が穏やかに反応しています】


今回は、敵意も警戒もない。

招く必要すらない場所だった。


やがて辿り着いた広場の中央には、水と緑が広がっていた。

迷宮の中心――この街の心臓部だ。


「この都市はね、昔は争いの迷宮だったの」


案内人は静かに語る。


「でも、誰かが気づいたの。

 倒すより、招いた方が、道は短いって」


キースは、その言葉を噛みしめる。

まねきねこ――争いを減らすためのスキル。

この街は、それを世界として体現していた。


「俺たちも……答えを一つ、もらった気がするな」


猫たちは、広場の木陰で気持ちよさそうにくつろいでいる。

ここでは、戦う必要がない。


だが、旅は続く。


「次は、どっちに行こうか」


キースがそう言うと、ミィが砂漠の向こうを指し、黒猫は山の方向を見、シャオはその間に座った。


「……意見、割れてるな」


苦笑しながらも、キースは歩き出す。

迷宮都市の外へ、新たな地平線へ。


砂の国で学んだのは、強さではなく“選び方”。


世界を巡る探索者としての旅は、静かに、しかし確かに深まっていくのだった。

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