世界巡遊探索録 ――キースとまねきねこたち
塩塚 和人
第1話 世界へ
ダンジョンの出口を抜けた瞬間、眩しい光が視界を満たした。
思わず目を細めたキースの頬を、温かな風が撫でていく。
「……外、か」
久しぶりに嗅ぐ、土と草の匂い。
湿った石と血の匂いに満ちたダンジョンとはまるで違う、生きた世界の空気だった。
ミィが真っ先に外へ飛び出し、草原の上を転がるように走り回る。
黒猫は慎重に一歩ずつ踏みしめ、シャオは空を見上げて小さく鳴いた。
「そんなに珍しいか?」
そう言いながら、キース自身も胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
最深層を越えた。
試練も、影の王も、防衛線も――すべてを乗り越えた。
だが、そこで終わりではなかった。
「探索者ってさ……ダンジョンだけを歩く存在じゃ、ないよな」
誰に言うでもなく、キースは呟く。
猫たちはそれぞれの仕草で応えた。ミィは尻尾を立て、黒猫は静かに座り、シャオはキースの足元に寄り添う。
遠くには街道が見え、その向こうには山並みが連なっている。
海も、砂漠も、雪原も――まだ見ぬ世界が、この地平線の先に広がっている。
「ギルドに戻れば、英雄扱い……か」
そうなれば、安定した生活も約束されるだろう。
だが、その未来を思い浮かべても、心は少しも躍らなかった。
キースは、猫たちの方を見下ろす。
「なあ、みんな。俺はさ……世界を見たい」
ミィが小さく鳴き、黒猫が一歩前に出る。
シャオはキースの膝に前足を乗せ、じっと見つめてきた。
【スキル〈まねきねこ〉が微かに反応しています】
頭の奥で、そんな感覚が走る。
だが今回は、無理に力を使わなかった。
「招くんじゃない。一緒に行くんだ」
その言葉に、猫たちは一斉に鳴いた。
まるで、それを待っていたかのように。
キースは剣を背負い直し、荷物を整える。
特別な目的地はない。ただ、歩きたい方向へ進むだけだ。
「ダンジョンを巡る探索者から――世界を巡る探索者へ、か」
自嘲気味に笑いながらも、その言葉は不思議としっくりきた。
草原を抜け、街道へと足を踏み出す。
背後で、ダンジョンの入口がゆっくりと閉じていく音がした。
もう振り返らない。
前を見れば、青い空がどこまでも続いている。
その下で、最底辺だった探索者と猫たちは、並んで歩き始めた。
英雄でも、支配者でもない。
ただ、世界を知り、出会い、選び続ける探索者として。
旅は、ここからだ。
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