13

いつも読んでいた本を、直が読まなくなった。

それに一番戸惑ったのは雪乃だった。静かな読書仲間と認識していたのに、これでは読むことができなくなる。


「本はもう、いい」


その一言に、雪乃の眉が下がる。

借りたい本はずっと貸し出し中になっているし、そこから新しい世界を見つけたと思っていた。


「私は、ここにいてもいいの?」

「なんで聞くの?」


図書室ここは直のものではない。

誰でも自由に過ごしていい場所だ。

それなのに雪乃は、直の反応に息が詰まると感じてしまった。


「……いいよって言ってほしい」

「うん」


求めた回答ではないことに、雪乃は知らず知らず唇を噛んだ。




*   *   *




昼休みの教室でサイレントモードの雪乃のスマホがずっと光っている。

“碧葉くん”の文字に「出なくていいの?」と綾が心配をしているが、首を横に振るだけだった。


「……喧嘩でもしたのかな」


山田と直のもとにやって来た綾が、声を潜めて呟く。

「でも、今朝も車は見かけたけど」と山田は首を傾げる。


「雪乃ちゃんが一方的に怒ってるとか?」

「いや、あの表情はそうには見えないけどな」


心細そうにスマホを見つめていた。


「直はどう思う?」


問われた直は、頬杖をつきながら「さあ?」の一言。

薄情者のように映った綾は苛立ちを隠さなかった。


「その言い方はないんじゃない?」


まずいと焦った山田が間に入る。

「こいつが口下手なのは、お前も知ってるだろう!」と。


「でも、綾の言いたいことは分かる。どうしたんだよ、直?」


聞こえているはずなのに、直は何の反応もしなかった。




*   *   *




放課後のグラウンドを重い足取りで雪乃が歩いている。

周りの人間は軽やかに去っているのに、そこだけ時間がゆっくりと進んでいるようだった。


直は教室の窓からそれを見つけた。

そこにいるのが分かっているかのように、雪乃は振り返る。でも、何も起こらない。

2人の視線は交わらない。


やがて雪乃を乗せた車が去って行った。




*   *   *



見た目には何の変哲もない。

それでも、長い年月を隣で過ごした山田は違和感を覚えていた。普段の直なら行う習慣が削ぎ落とされている。

一つに気付いてしまえば、あれもこれもと気になり出す。だから、山田は踏み込んだ。


「最近、何かあった? 」

「別に」

「隠すな。俺は騙せないからな?」


確信していると言いたげな様子に、直は僅かに口角を上げた。


「もう迷わなくなった、それだけだ」


すっきりとした表情は、これ以上の答えは与えないと言いたげで、彼の性格を知る山田は口を閉じるしかなかった。


「……そうだ、これを返しておいて」


直は鞄から一冊の本を取り出した。

条件反射で受け取った山田は困惑する。


「なんだこれ? 昔流行ったシリーズ本?」

「……もう、必要ないみたいだから」




*   *   *




それは綾が何気なく口にした言葉だった。


「雪乃ちゃんの肌って白いよね。雪みたいに綺麗。この透明感は内面が綺麗だからなのかな」


褒めているのに、雪乃は「やめて」と小さく否定をした。

その肩は震え、涙を隠すように顔を手で覆う。


「私は綺麗なんかじゃない」


はっきりと口にした。綾がその反応に「え? どうしたの?」と慌てふためく。

教室の中がちょっとした騒ぎになった。


雪乃は縋るように直の方を見た。

しかし、直は雪が降りそうな空を見上げているだけ。


それが残酷な真実のようで、雪乃の心は軋んだ。



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