白百合を喫する
こはく
可憐なる白百合、静かなる我が空よ
目が覚めた。
白生地の窓掛けの隙間から、茜色の空がこちらを覗いている。可憐とは言い難い、鵯の鳴き声だけがこだまする。いつものように——否いつも以上に静かで、穏やかなる朝の芳香を嗜みつつ、閑静な屋敷に住まう気品ある老婦人のごとく淑やかなる所作で——同時に、産まれて間もない幼子のように軽やかな挙動で——身を起こす。
こざっぱりとした、藤色の花柄の掛け布団を3つ折りに畳む。それから台所へ向かい紅茶を淹れる。今日の紅茶は一段と赤く、松明花の芳しい香りが鼻腔を通り、顔の奥底で露と消える。こんな日には是が非でも、窓掛けをあしらい、静かなる我が空を拝みたいものだ。
しかし窓掛けに手をかけることはなく、紅茶を飲み干すと同時に、私は寝室に戻った。
白百合の花が咲いていた。鼻を刺すような甘い香りがむんむんと纏わりつく。そうだ。昨晩は白百合が咲いた夜だった。
私が咲かせた、芳しき白百合の花——
燻んだ小麦色の敷布団の上には、山程の白百合の花弁が積まれていた。水平線の遥かなる先、風光明媚なる湖上を優雅に舞う白鳥のごとき白色を覆い隠すには、分不相応な皺だらけの黄ばんだ藤色の掛け布団。
夥しい数の白百合を私は片付けなければならなかった。少なくとも、まだ清き空を拝む為には。
ひとしきりその場に佇んだ。
やがて私は無我夢中で白百合の花弁を頬張った。鼻を突く甘い香りが体に流れ込む。じっとりとした花弁が喉の奥にへばりつく。体がとにかく忌避感を明示する。絶え間なく漏れ出す嗚咽とは正反対に、滔々と、白く清らかなる花弁を喉奥に流し込んだ。切々と、早くこの悍ましき儀礼を終えたかった。
どれ程時間が過ぎたか。私は全ての白百合を喫した。
空は清々しい程の青色を既に取り戻していた。私は窓掛け越しの空をじっくりと、寸刻眺めた。そして漸く窓掛けをあしらった。可憐なる白百合の花弁、静かなる我が空よ。今日は素晴らしき朝だ。
白百合を喫する こはく @kohaku17
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